グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調(Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16)
(P)シェル・ベッケルント:オッド・ギュンター・ヘッゲ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 1964年発行(Kjell Baekkelund:(Con)Odd Gruner-Hegge Oslo Philharmonic Orchestra Published in 1964)
Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16 [1.Allegro Molto Moderato]
Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16 [2.Adagio - 3.Allegro Moderato Molto E Marcato]
西洋音楽の重みからの解放

この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。
その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。
ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。
そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。
グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。
この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。
なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。
純正のノルウェー産によるグリーグ
この音源はアナログ・レコードからの板おこしなのですが、そのレコードはちょっとした曰くがあります。
と言っても大した話ではないのですが、随分と昔の話です。その頃はよく日本橋の中古レコード屋をめぐっていたのですが、今となっては記憶にも残っていないのですが、なにがしかのボックス盤を買い込んで帰宅しました。そして、家でゆっくりと中味を確認していると、そのボックス盤とは全く関係のないレコードが底の方から5枚も出てきたのです。
はてさてどうしたものかと思ったのですが、中古レコードなのでそのレコードも含めて買ったという理屈でまあ自己の専有物としても問題はないだろうと判断しました。(これって法的にはどうなのかな・・・^^;)しかし、友人連中に聞いてみるとそう言うことは意外によくあることのようで、流石に5枚も出てきたのはその時だけなのですが、1枚とか2枚程度が紛れ込んでいることはたまにありました。
そして、その5枚紛れ込んでいた中の1枚にこのグリーグのピアノ協奏曲が含まれていたと言うことなのです。
ソリストが「シェル・ベッケルント」、指揮者が「オッド・ギュンター・ヘッゲ」と言うことで、これはもう全く未知との遭遇であり、こういうけったいな事がなければ絶対に手にとらない録音だったことでしょう。
まあ、オーケストラはオスロ・フィルハーモニー管弦楽団と言うことで、これも今まで一度も聞いたことがないオケなのですがその名前からどの様なオケなのかはだいたいは想像がつきます。
ネットで調べてみれば、ヘルベルト・ブロムシュテットとかオッコ・カム、マリス・ヤンソンス等が歴代の音楽監督を務めていますから、その名前の通りにノルウェーを代表するオケなのでしょう。
さて、問題はソリストと指揮者です。これはもう全く耳にしたことも目にしたこともない人たちです。
これもまたネット調べてみれば、シェル・ベッケルントは8歳にしてオスロ・フィルハーモニー管弦楽団と協演してデビューしたという経歴を持っています。そして、ハンス・リヒター・ハーザーやヴィルヘルム・ケンプのもとで学び、さらに驚いたのは60年代以降はバロック音楽と古典ロマン派音楽からなる作品を主なレパートリーとして活躍したピアニストらしいのです。
と言うことは、私にとっては未知であっても、ノルウェーでは国を代表するピアニストだったと言えるのでしょう。ちなみに、2003年に亡くなっています。
このレコードはジャケットもないので録音クレジットは一切分からないのですが、おそらくは1964年頃に録音されたようです。となると、すでにプログラムのメインはバロック音楽と古典ロマン派音楽になっていたと思われますから、ロマン派のコンチェルトというのは珍しいと言うことになるのでしょうが、流石にグリーグの作品だけは別格だったと言うことなのでしょう。
指揮者の「オッド・ギュンター・ヘッゲ」も調べてみればグリーグに才能を見いだされ、指揮はワインガルトナーに学んだというノルウェー出身の人らしいです。そして、1945年から1961年までオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めています。
と言うことで、この録音は純正のノルウェー産によるグリーグのコンチェルトと言うことになります。
全体としては、非常にスッキリした佇まいで、おそらくこれこそがお膝元にノルウェーにおけるグリーグなのでしょう。録音も悪くなく、本当に思いもよらぬ拾いものでした。(いや、拾ったものを勝手に自分のものとすれば占有離脱物横領の罪に問われるからこの表現はまずいか・・・。)
よせられたコメント
2024-02-23:大原
- この音源が紹介されるなんて(^0^)
このレコード、今でも我が家の棚に鎮座しています。
もう50数年前の高校生時代、この曲はラジオで聴いてからけっこう気に入ってて、そのうち行きつけの個人経営のレコード店でリパッティの試聴盤をタダでもらってずっと愛聴。数年して当時1000円盤のこのレコードに出合いました。
当然ながら、洗練されたリパッティ盤に比べればずいぶん印象は違うけれど、なんたって「地元」。
まだ見ぬこの曲が生まれたあの国の空気感はこんなもんかとすっかり愛聴盤になりました。
久々に聞き直したけれど・・・いいですよね。
この歳になると、なんとも初々しいあのころの自分の感性を思い出します。小難しい理屈は別にして、これぞまぎれもない「”音”の”楽”しみ」。
2024-02-23:大津山 茂
- うれしいアップです。同じレコードもっています。「河出書房 世界音楽全集」の一枚です。二枚組で「プレートル指揮シベリウス五番」が同封されてました。久しぶりに聞きなおしました。ちなみにグリークピアノ協奏曲のマイ愛聴盤は、「フライシャー/セル」w@r>
2024-02-24:万物流転
- 遥か昔の1981年か82年、学生時代を過ごした街での公開収録でこのピアニストの演奏を聴きました。チェル・ベッケリンという表記になっていたと思いますが(プログラムを探しあぐねて記憶で書いていますので間違っているかも知れません)、同一人物だと思います。
モーツァルトの23番の協奏曲を弾かれたのですが、恰幅の良い、黒縁眼鏡のおじさん(失礼ー黒縁眼鏡はプログラムの写真だけだったかも知れません)が、小粒の珠を掌中慈しむように、大事に大事に弾いていて、いっそ微笑ましく思いました。
第2楽章の途中で、客席の酔漢(と、翌日の新聞に書かれていました)が騒ぎ出して演奏は一旦中断しましたが、事が治まった後、第2楽章の冒頭からやり直した演奏はやはり掌中の小珠でした。
以後40年余り、このピアニストの演奏を聴くことも、名前を聞くことすらありませんでした。
アップして戴いたグリーグの協奏曲は、その時聴いたモーツァルトとはやや趣きの違う演奏のようですが、ここで思いがけず出会えて嬉しく思いました。ありがとうございました。
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