クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調(Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16)

(P)ギオマール・ノヴァエス:ハンス・スワロフスキー指揮 ウィーン交響楽団 1954年発行(Guiomar Novaes:(Con)Hans Swarowsky Vienna Symphony Orchestra Published in 1954)





Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16 [1.Allegro Molto Moderato]

Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16 [2. Adagio]

Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op.16 [3.Allegro Moderato Molto E Marcato]


西洋音楽の重みからの解放

この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。

その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。

ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。

そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。

グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。

この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。

なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。

不思議なカップリング


これ何とも言えず不思議なカップリングです。

  1. ファリャ:スペインの庭の夜

  2. グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調


言うまでもないことですが、この二つでは作品が身にまとう空気感が真逆と言ってもいいでしょう。
そして、この録音の詳しいクレジットはどうしても分からなかったのですが、両方ともにスワロフスキーが指揮するウィーン交響楽団がサポートしていますから、ほぼ同時に録音が行われたと言って間違いはないはずです。

そこでふと思い出したのが、ムラヴィンスキーの言葉です。
ムラヴィンスキーは演奏家にとって最も重要なことは、作品の持つ「アトモスフェア」をつかみ取ることだと述べていました。
この「アトモスフェア」というのはピッタリと来る日本語が見あたらないのですが、作品が演奏されたときに作り出される空間の色合い、たたずまいのようなものです。ですから、作品にはそれぞれ独自の「アトモスフェア」がある故に、その場に居合わせた人間はその作品が持つ特有の「アトモスフェア」に染められてしまうのです。

つまりは、ムラヴィンスキー流に言うならば、このグリーグとファリャの音楽では「アトモスフェア」が全く異なるのです。

そして、クラヴィンスキーはそれに続けて「作品を演奏するときは自分自身の生活をそのアトモスフェアに染め上げて、その中に己を浸すことが大切だ」とまで述べているのです。
つまり、ムラヴィンスキーのような厳しい態度で作品に臨むならば、同時期に続けてこんな作品を演奏し録音するなどと言うことはあり得ないことなのです。
考えてみれば簡単に分かることです。
己の生活をグリーグ的な北欧の「アトモスフェア」に染め上げて演奏したすぐ後に、濃厚なスペイン的な「アトモスフェア」の世界に己を持っていくなどと言うことは絶対に不可能なのです。

もっとも、そこまで厳しいことは言わないでも、こういう二つの作品を同時期に演奏することはソリストにとってはかなり困難を伴うであろう事は容易に想像されます。

と言うことで、個人的には聞く前から興味津々だったのですが、この二つを続けて聞いてみてなるほどねと思ってしまいました。

まず、グリーグの方は一つ一つの旋律を実に丹念に、そして思いを込めてノヴァエスは演奏しています。俗な言い方をすれば、北欧のカラリとした空気感に情感豊かな表現を与えることで「加湿」しているのです。
逆に、ファリャの方は硬質な響きで全体をサラリとした感じで弾ききっていて、その事によってスペインのどこかじっとりとした夜の闇を「除湿」しています。
もちろん、それだけで二つの作品が身にまとう空気感がイコールになることはあり得ないのですが、それでもこの雰囲気ならばこの二つの作品を続けて演奏するという強烈な違和感は随分と緩和されたはずです。

そして、そう言うヴァエスの意図を汲んで、彼女が思うがままに演奏できるようにスワロフスキーが万全のサポートを行っている事にもふれておかなければいけないでしょう。

とは言え、どうしてこんなカップリングで一枚のレコードを作ろうと思ったのかは謎と言うしかありません。
正直言ってプロデューサーの意図が奈辺にあったのかは私のようなものには想像することは出来ませんが、それでもその「無茶ぶり」に何とか応えたノヴァエスは見事なものだった言うしかありません。

まあ、しかし、昨今は依頼されればどんな作品でも演奏しますと世界中を駆けめぐる演奏家はいくらでもいますから、今や作品の「アトモスフェア」なんてのは「死語」かもしれません。

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