ワーグナー:ワルキューレ~ヴォータンの告別と魔の炎の音楽
ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団 1960年2月20日録音
Wagner:Wotan's Farewell And Magic Fire Music from "Die Walkure"
わが槍の切っ先を恐れる者は、けっしてこの炎を踏み越えるな
おそらく、「ワルキューレ」の上演において、そのエンディングであるヴォータンとブリュンヒルデの告別の場面こそは最大の聞かせどころです。
事の起こりは、ブリュンヒルデが父であるヴォータンの命に背いてジークリンデとジークムントを助けようとしたことです。
何故ならば、ブリュンヒルデはヴォータンからジークムントに死を宣告する役目を与えられていたからです。
彼女は二人の愛の強さに心打たれ、父であるヴォータンに背いて彼らを助けようとするのです。しかし、ヴォータンによってノートゥングの剣を打ち砕かれたジークムントはフンディングの槍によって倒されてしまいます。
ジークムントを失ったジークリンデは生きる希望をなくすのですが、ブリュンヒルデは彼女にジークムントの子供を宿していることを告げて生きることを説得します。
そして、生きることを決心したジークリンデに対して、ブリュンヒルデはその子供に「ジークフリート」と名づけ、ジークリンデもまた一人森の奥へと逃れていくのです。
そこへ自らの命に背いたブリュンヒルデへの怒りを漲らせてヴォータンが登場します。
ヴォータンはブリュンヒルデをワルキューレから除名し父娘の縁も切ることを告げます。ワルキューレ達はその過酷な罪の軽減を嘆願するのですがヴォータンは聞き入れず彼女たちを追い払ってしまいます。
ブリュンヒルデもまた神の力を奪われた無防備な状態で眠らされるのならば、臆病者は近づけないようにまわりに火を放つことを願います。
壮大な「ワルキューレの動機」と「まどろみの動機」によって告別の場面に入っていくのですが、この場面が演奏会などでも独立して取り上げられる「ヴォータンの告別」と呼ばれる場面です。
ブリュンヒルデの必死の願いに心動かされたヴォータンは「神たる自分よりも自由な男だけが求婚する」ことを了承します。
そして、彼女のまぶたに最後の口づけをして神性を奪い岩山に横たえ身体を盾で覆います。
やがて、槍を振りかざして岩を三度打ち鳴らして火の神ローゲを呼び出すと「魔の炎の音楽」の場面に入ります。
ローゲはヴォータンの指示に従って彼女のまわりを火で囲むと、ヴォータンは槍を高く掲げて「わが槍の切っ先を恐れる者は、けっしてこの炎を踏み越えるな」と叫びます。
そして、一面の炎に包まれたブリュンヒルデから名残惜しげに去ってゆくうちに幕は下りるのです。
ワーグナーのミニチュア作品
ポール・パレーという指揮者の最盛期はデトロイト交響楽団を率いて新興レーベルだったMercuryと組んで次々と録音活動を行っていたころでしょう。しかし、1963年にデトロイト交響楽団を退任したあとは、驚くほどに何の業績も残していません。
この上もなく優秀なMercury録音によって聞くことのできるデトロイト交響楽団との演奏を聞けば、彼がいかに優れた「オーケストラ・トレーナー」であったかがよく分かります。そして、実際のところは分からないのですが、その「オーケストラ・トレーナー」としての結果を残すために、セルやライナーのような「恐い話」は聞こえてきませんし、マルケヴィッチのようにオケから追い出されると言うこともなかったようですから、オケから見ても貴重な存在であったことは間違いないはずです。
しかしながら、デトロイト響の音楽監督を退いてからも長生きをして1979年にモンテカルロで93歳の長寿を全うするのですが、その後は特定のポストに就くことはありませんでした。
確かに、デトロイト響を退いたときはすでに70代の後半だったのですからそれで「引退」という思いがあったのかもしれません。しかしながら、それでも80歳になっても90歳になっても指揮台にしがみつくのが「指揮者」という人種ですから、潔いと言えば潔い人だったのでしょう。
パレーの音楽は、そのすぐれたトレーニング能力によってスキルを向上させたオーケストラを自在に操って一音といえども蔑ろにしないで音楽の形を提示しきることでした。
その意味では、この一連のワーグナー録音を聞くと、方向性としてはセルやマルケヴィッチと同じだと言えます。おそらく、これほどスコアの隅から隅までクッキリと光を当てたようなワーグナーの録音はセルやマルケヴィッチと相似形です。
ただし、ワーグナーが理想としたバイロイトの歌劇場ではオーケストラ・ピットには蓋がされています。それは、視覚的に不要なものが聴衆の目にはいるのを嫌ったこともあるのですが、その蓋をすることによってオーケストラの音が渾然一体となってクリアになりすぎることを嫌ったからでもありました。
ですから、こういうスコアの隅から隅までクッキリと浮かび上がらせた演奏スタイルをワーグナーが良しとするとは思えませんし、そう言う思いでもってフルトヴェングラーやクナパーツブッシュのような演奏こそを最上と評価する人がいることも理解できます。
しかし、芸術作品というものは(異論はあるかもしれませんが)、作者の手を離れてしまえば一人歩きをはじめるものであって、それをどのように受け取るかは他者にゆだねられます。ですから、このようなワーグナーもまた「いとをかし」なのです。
ただし、セルやマルケヴィッチと方向性が同じと言っても、やはりそれなりの違いはあります。
マルケヴィッチのワーグナーには精緻さの向こうにある種の野蛮さというか狂気のようなものが潜んでいたのですが、パレーの精緻さにはその様な「恐い」ものは何処を探しても出てきません。そして、セルと較べてしまうと、デトロイトのオケがいかに頑張ってもクリーブランド管に対してはいささか分が悪いですし、さらにはセルの精緻さの奥底に潜んでいる世紀末ウィーンの空気感のようなものもありません。
しかし、パレーの演奏には、そう言う内面的なものは取りあえず横に置いて、とにかくスコアに書かれている全ての音を明瞭に聞き手の耳に届けようとする「執念」は抜きんでています。
ですから、これが誉め言葉になるかどうかは分からないのですが、それはまるで極めて精巧に作りあげられた「ワーグナーのミニチュア」のように聞こえるのです。何だ、それって、ただ単にスケールの小さな音楽だと言っているのと同じじゃないかと言われるかもしれないのですが、そこはしばしお待ちください。
精巧に作りあげられたミニチュア作品というものは他にない魅力を湛えているものです。
そして、それは「工芸作品」などでは広く周知されているのですが、それが「音楽」の世界ではあまり認められては来なかったのです。ましてや「巨大」さが「売り」のワーグナーでミニチュア化をはかるなどと言うのは本末転倒のように思えるのですが、不思議なことにそのパラドックス故にこのミニチュア化は大成功しているように思えるのです。
つまりは、「いとをかし」なのです。
とりわけ、1956年に録音されたものよりも1960年に録音されたものの方が、より鋭利な刃物で細部の細部に至るまで実物そっくりに彫り上げられているように聞こえます。
そして、その精巧さを聞き手にしっかりと伝えきったMercuryの優秀録音による貢献も忘れてはいけないでしょう。
よせられたコメント 2022-09-20:小林正樹 クナ爺のWPみたいなドイツ語の危険な風情が全く聞こえなくてもまぎれもないヴァグナーだよ!歌心がいっぱいのしっかりした健康的な演奏ですね。
しかもフランス人の指導!!
フルトヴェングラーもドイツロマン派の何たるかも何も知らない21世紀の日本のアマチュア吹奏楽団の人々、いやプロフェッショナル団体も、その指導者、指揮者も含めて、斯様な表現と方法が、最も規範になるかもしれまへんなぁ!
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