ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:エーリヒ・ラインスドルフ指揮 ボストン交響楽団 1965年4月4日~5日録音
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [1.Allegro con brio]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [2.Largo]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [3.Rondo. Allegro - Presto]
悲愴でもあり情熱的でもあるコンチェルト
この作品の初演はベートーベン自身の手によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーベン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。
偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この第3番のピアノ協奏曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。
つまりは、この作品に関して言えば、ベートーベン自身も満足のいかない部分がいつまでも残り続けて、それ故に最後の「完成形」がなかなか得られなかったのでしょう。
この作品は残された資料から判断すると1797年頃から手を着けられて、1800年にはほぼ完成を見ていたようです。
ところが、気に入らない部分があったのか何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至っても完成を見なかったためにその様なことになってしまったらしいのです。
結局は、翌年に彼の弟子に当たるリースなる人物がウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなって、ようやくにして仕上がることになりました。
ヒラーは手紙の中で「ピアノのパート譜は完全に仕上がっていなかったので、ベートーベンが自分のためにはっきりと分かるように書いてくれた」とうれしそうに記していたそうです。
そんなこんなで、随分な回り道をして仕上がったコンチェルトですが、完成してみると、これは実にもう堂々たるベートーベンならではのダイナミックでかつパセティックな音楽となっています。
過去の2作に比べれば、オーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだものとなっています。
ただし、作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから1番や2番の流れを引き継いだものとなっています。
ところが内容的には4番や5番に近いものをもっています。
そう言う意味において、この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーベンが最もベートーベンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えるかもしれません。
ラインスドルフが用意した舞台とルービンシュタインのピアノが上手くマッチしていないかな
ルービンシュタインは3回ベートーベンの協奏曲をコンプリートしています。
ヨゼフ・クリップス指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1956年録音
エーリヒ・ラインスドルフ指揮 ボストン交響楽団 1963年録音~1967年録音
ダニエル・バレンボイム指揮 ロンドン・フィルハーモニック 1975年録音
クリップスとの録音は56年ですがRCAでの録音なので当然の事ながらステレオ録音です。つまり、彼はステレオによる録音で3回もベートーベンの協奏曲をコンプリートしたのです。
それは、ルービンシュタインにそれだけの愛情があったと言うことであり、その録音を期待する聞き手が多く存在したと言うことでもあります。
演奏のクオリティと年齢の話をすると、偉大な芸術家は年を重ねるにつれて深みを増していくと固く信じている方からはお叱りを受けるのですが、それでもこの3つの全集を並べて聞いてみれば加齢に伴うルービンシュタインの「衰え」は明らかです。
「ピアノの王様」と言われたほどの豪快なルービンシュタインの持ち味がたっぷりと楽しめるのはクリップスとの全集です。
この時、ルービンシュタインは69才でした。
この録音はとあるアメリカの高名な評論家によって「クリップスの指揮がベートーベンを演奏する指揮者としては凡庸の極み」と酷評されたのですが、今は正当な評価が定着しているようです。
ピアニストはヴァイオリニストなどとは違って第一線で活躍できる期間は長いと思うのですが、それでも69才でこれだけ弾けるとは見事なものです。
次のラインスドルフとの全集は集中的に録音されたモノではなくて、76才から80才に至る時期に録音されています。
そして、最後のバレンボイムとの録音は88歳の時のモノです。
このバレンボイムとの録音についてはとある日本の評論家が高く評価したので、この国では「決定盤」扱いをされています。
「ルービンシュタインは1963年にもラインスドルフと組んで「皇帝」を録音しており、非常な名演奏だが、新しいバレンボイムとの共演盤とくらべると、月とスッポンぐらいちがう。・・・僕はルービンシュタインの新盤さえあれば他のレコードは必要ない、とさえ思っている。」
「ルービンシュタインの新盤さえあれば他のレコードは必要ない」という言葉はレコード会社ならば泣いて喜びそうな言葉なのですが、要はそう言うことであって、彼をのぞく大部分の評論家はこれを全く評価していません。
明らかに速くて難しいパッセージには指がついて行かないので、何とか指がついて行ける範囲にまでテンポを落としています。そして、そこだけテンポが落ちると不自然になるので、その「弾ける」テンポをベースとして全体のテンポ設定が為されています。そして、その恣意的なテンポ設定を「雄大であり、悠々と落ち着き、内容ゆたかで、ときにはゆとりをもって遊ぶ」と言うのは詭弁以外の何ものでもないでしょう。
しかし、だからといって、この録音によってルービンシュタインを貶めるつもりはありません。
90才を前にしてもベートーベンへの愛情を失わずに、老いたる己の限界の中で演奏という行為に向かい合った偉大な男の姿が刻み込まれています。ですから、そういう「物語」として受け止めれば、これほど感動的な演奏はありません。
しかし、その「物語」と「演奏のクオリティ」を取り違えて、「月とスッポンぐらいちがう」とか「ルービンシュタインの新盤さえあれば他のレコードは必要ない」などという物言いは、結果としてルービンシュタインを貶めることにしかならないのです。
クリップスとの全集は評論家によって必要以上に貶され、バレンボイム盤は必要以上に持ち上げられました。それらに対して、このラインスドルフ盤の立ち位置は何となくスルーされている感じです。
特に日本では、その高名な評論家によって「ルービンシュタインの新盤さえあれば他のレコードは必要ない」とまで言われたので、静かにフェードアウトしていきました。
しかし、それには幾つか理由があったことも事実のようです。
その最大の要因はルービンシュタインをサポートする指揮者のスタンスに関わる問題です。
クリップスは完全にルービンシュタインに仕えていました。
「自分が弾くピアノの音はくまなく聞き手の耳に届かなければいけない」
このルービンシュタインの信念にクリップスは完全に従っていました。
ルービンシュタインは好き勝手にピアノを鳴らし、それに対して指揮者のクリップスは奇蹟のバランスでフォローしていました。ルービンシュタインは自分の興が趣くままに好き勝手、自由に演奏していて、そう言うわがままなピアノに対して「これしかない」と言うほどの絶妙なバランス感覚でオケをコントロールしていたのがクリップスでした。
しかし、様々な艱難辛苦の末についにボストン響のシェフに上りつめたラインスドルフには、クリップスのようなスタンスを取るつもりは全くありませんでした。
彼は共演する音楽家とたびたび衝突し、規則通りにリハーサルすることを要求する労働組合や管理者とも衝突を繰り返しました。
そんな男がクリップスのような態度を取るはずもなく、それはこのコンビによる最初の録音となった「皇帝」の出始めの第一音を聞いただけで分かります。
そこで、ラインスドルフはルービンシュタインに宣戦布告をしています。そして、その宣戦布告に対してルービンシュタインも受けて立つ姿勢を見せるのですが、残念ながら力の衰えは隠しきれませんでした。
それに続くこの第3番では多少は歩み寄っている感じがしないでもないのですが、それでもラインスドルフはベートーベンらしい縦のラインを明確にした構造的なスタイルを独奏ピアノのための舞台として用意しています。しかし、その舞台に相応しいピア演奏はすでにルービンシュタインにはむずかしくなっていたようです。
ここではルービンシュタインらしい直線的な力強さよりは横への流れを重視した叙情的なスタイルに変わりつつあり、そのスタイルがどうしてもラインスドルフが用意した舞台とは上手くマッチしていません。
おそらく、50年代の録音のパートナーがラインスドルフであり、60年代のパートナーがクリップスだったらよかったのかもしれません。
しかし、ルービンシュタインが偉いと思うのは、これで録音をやめなかったことです。
彼は年を重ねるにつれて、選択と集中をしたピアニストでした。
年を重ねても演奏が出来る、または演奏をしてみたい作品を絞り込み(選択)、その少ない作品を時間をかけて練習(集中)したのです。
ルービンシュタインにとってベートーベンの協奏曲は、最後の最後まで演奏したい作品だったのでしょう。
ですから、彼はこのラインスドルフという、ある意味ではあまり相手にしたくない狷介な性格の男を想定して練習を積み重ね、さらには時間をかけてお互いの溝を埋めながら全集を完成させたのでしょう。
1963年から1967年までの4年もかけて全集を完成させた背後にその様な「物語」を見るのは穿ちすぎかもしれませんが、それでもその様な「物語」とセットで聞いてみたくなる全集ではあります。
ただし、残念なことは、レコード会社の方もこの録音の出来に不安を持っていたようで、録音からリリースまでにかなりの時間を要しています。結果として、この第3番だけが辛うじて1967年にリリースされてぎりぎりでパブリック・ドメインとなったのですが、それ以外の録音は全て1968年以降のリリースになってしまいました。
というわけで、残りの1番・2番・4番が紹介できないのは実にもって残念な話です。
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