モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
ヨーゼフ・クリップス指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 1957年4月録音
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [1.Allegro vivace]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [2.Andante cantabile]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [4.Finale (Molto allegro)]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
音楽をする喜びに裏打ちされたエネルギー感が希薄かもしれない
「Decca」は1957年から突然イスラエルフィルとの録音を開始します。
率直に言って当時のイスラエルフィルは弦楽器と木管楽器に関してはそれなりのクオリティを保持していましたが、金管楽器に関しては明らかに見劣りがしました。ですから、「Decca」のようなそれなりのメジャーレーベルが要求するレベルに達していたのかと言えば、それは大いに疑問と言わざるを得ませんでした。
さらに言えば、当時のイスラエルには「Decca」が求めるレベルを満たせるような録音会場も存在しませんでした。
にもかかわらず、その年を最初として、「Decca」はイスラエルフィルとの録音を継続していくようになります。
そのあたりの事情については
ショルティとイスラエルフィルとの初録音を紹介したときに詳しく述べたのですが、要は、「Decca」の経営陣の一人であるローゼンガルテンの「ユダヤ人としての愛国心」に起因したプロジェクトだったのです。
このスイス在住のユダヤ人であったローゼンガルテンはその愛国心ゆえに、スイス人としてはアンセルメとその手兵であるスイス・ロマンド管弦楽団を重用し(ギャラが格段に安かったというのも重要な理由だったようですが)、ユダヤ人としては突然イスラエルフィルとの録音を開始したのです。
しかし、指揮者にしてみれば、馴染みがあるとも思えないオケを相手に、さらに言えばイスラエルなどと言う毒蛇がうようよいるような(事実、当時のヨーロッパ人はイスラエルをその様な地だと本気で考えていた)地に送り込まれて指揮をさせられるのですから、モチベーションが上がるはずもありません。
そして、それはイスラエルフィルも同様であって、取っかえ引っかえ、いろいろな指揮者がやってきては好き勝手なことを言われて演奏させられるのですから、実際のところとしてはそれほど楽しい日々ではなかったはずです。
結果として、このイスラエルフィルとの共同作業は、苦労が多かったわりにはほとんどめぼしい成果を上げることは出来なかったとカルショーも認めています。
そして、このクリップスとイスラエルフィルとのモーツァルトです。
クリップスは決して悪い指揮者ではないのですが、どうしても矯正できなかった最大の欠点が「喋りすぎる」事でした。
おそらく、クリップスはこの未熟なオーケストラを前にしたときに、その悪癖が最大限に発揮されただろうことは容易に想像できます。
おそらく彼は、主観的には最大限の好意を持ってモーツァルトについての蘊蓄を披露して彼らを導こうとしたのでしょう。しかし、そう言う行為ほどオーケストラのプレーヤーをウンザリさせる行為は存在しないのです。
結果として、この演奏からは音楽をする喜びのようなものがほとんど伝わってきません。
もちろん、クリップスは丁寧にこの作品を整理して自然な形に仕上げているように見えます。イスラエルフィルのアキレス腱である金管群の弱さもモーツァルトのような作品だとほとんど問題となることはありません。
しかし、ここからはモーツァルトの音楽に内在するエネルギーのようなものが伝わってきません。
モーツァルトのような音楽にエネルギー感が必要なのかと言われるかもしれませんが、私はモーツァルトのような音楽には他の誰よりも「音楽をする喜びに裏打ちされたエネルギー感」が必要だと思うのです。
その意味では、指揮者にとってもオーケストラにとっても、「Decca」によるこのイスラエルフィルとの一連のプロジェクトは幸せな結果を生み出す事は難しかったのでしょう。とりわけ、このクリップスによるモーツァルト録音はその不幸の典型のように聞こえるのです。
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