メンデルスゾーン:交響曲第3番 イ短調 作品56 「スコットランド」
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1959年12月7日録音
Mendelssohn:Symphony No.3 in A minor, "The Scotch" Op. 56 [1.Introduction. Andante con moto - Allegro un poco agitato - Assai animato - Andante come I]
Mendelssohn:Symphony No.3 in A minor, "The Scotch" Op. 56 [2.Scherzo. Vivace non troppo]
Mendelssohn:Symphony No.3 in A minor, "The Scotch" Op. 56 [3.Adagio cantabile]
Mendelssohn:Symphony No.3 in A minor, "The Scotch" Op. 56 [4.Finale guerriero. Allegro vivacissimo ? Allegro maestoso assai]
標題をつけるが好きだったみたいです(^^)
3番には「スコットランド」、4番には「イタリア」と副題がついています。
あまりポピュラーではありませんが、5番には「宗教改革」、2番にも「賛歌」と言う副題がついています。
そして、絶対音楽の象徴みたいに言われるシンフォニーですが、何故か副題がついている方が人気がでます。
もちろん、シンフォニーでなくても、副題がついている方がうんと人気がでます。もっとも、その副題も作曲者自身がつけたものもあれば、あとの時代で別人が勝手につけたものもあります。
中には、人気曲なのに名無しでは可哀想だと思ったのか、全く訳の分からない副題がついているものもあります。
あまりひどいものは次第に使われなくなって消えていくようですが、それなりに的を射ているものは結構通用しています。
そう言えば、すてきなメロディーを耳にしたときに、「この曲なんて言うの?」なんて聞かれることがよくあります。(よくあるわけないよな(^^;、時々あるほどでもないけれど、でも、たまーにこういう状況があることはあります。)
そんなときに知ったかぶりをして、「あーっ、これはね『ロッシーニの弦楽のためのソナタ』第1番から第2楽章ですよ、いい曲でしょう!」等と答えようものなら、せっかくの和んだ空気が一瞬にして硬直していくのが分かります。
ああ、つまらぬ事を言うんじゃなかったと思っても、後の祭りです。
でも、そんなときでも、その作品にしゃれた副題がついていると状況は一変します。
「あーっ、これはねショパンの革命ですよ。祖国を失った悲しみと怒りをピアノにたたきつけたんですね、ふふふっ!」と言えば、実にかっこいいのです。
ところが、全く同じ事を言っているのに、「あーっ、これはねショパンのエチュードから第12番ハ短調、作品番号10の12です、祖国を失った悲しみと怒りをピアノにたたきつけたんですね、ふふふっ!」と答えれば、これは馬鹿でなのです。
クラシック愛好家がこのような現実をいかに理不尽であると怒っても、それは受け入れざるを得ない現実です。
流行歌の世界でも、「ウタダの待望の新作「作品番号12の3変ホ長調!」なんていった日には売れるものも売れなくなります。
もっともっと素敵な標題をみんなでつけましょう(^^)
そして、クラシック音楽にいささかいかがわしい副題がついていても目くじらをたてるのはやめましょう。
なかには、そう言うことは音楽の絶対性を損なうといって「僕は許せない!」と言うピューリタン的禁欲主義者のかたもおられるでしょうが、そう言う方は「クラシック音楽修道院」にでも入って世俗との交流を絶たれればすむ話です。
いや、私たちは逆にどんどんすてきな副題をつけるべきかもしれません。
だって、今流れているこの音楽にしても、メンデルスゾーンの「交響曲第3番イ短調作品番号56」、と言うよりは、メンデルスゾーンの「スコットランド」と言う方がずっと素敵だと思いませんか。
それにしても、メンデルスゾーンは偉い、1番をのぞけば全て副題をつけています。有名なヴァイオリンコンチェルトも今では「メンコン」で通じますから大したもです。(うーん、でもこれが通じるのは一部の人間だけか、それに付け方があまりにも安直だ、チャイコン、ブラコンあたりまでは許せても、ベトコンとなると誤解が生じる。)
ピアノ曲集「無言歌」のネーミングなんかも立派なものです。
「夢」「別れ」「エレジー」あたりは月並みですが、「眠れぬ夜に」「安らぎもなく」、「失われた幸福」と「失われた幻影」に「眠れぬままに」「朝の歌」と来れば、立派なものだと思いませんか。
背中ですべてを語ろうとする男のロマン
ふと気がつくとミュンシュ指揮による第3番「スコットランド」をアップしていないことに気づきました。第4番の「イタリア」は随分前にアップしていますし、第5番の「宗教改革」だってすでにアップしています。
ですから、「スコットランド」をアップしていないわけないのであって、どこかに間違って紛れ込んでしまっているのだろうと思ったのですが、やはりアップされていないようです。
だとすれば、何か気に入らないところがあってアップするのを見送ったのかと考えて久しぶりに聞き直してみたのですが、その様な不都合は感じませんでした。
おそらくは、4番や5番と並んでアップするつもりだったものを、何かの事情ですっぽりと抜け落ちてしまったのでしょう。
それにしても、こういう古い時代の録音を聞くと「昔のボストン響は良かった」と年寄りの繰り言のようなことを口にせざるを得ません。
おそらく、アンサンブルの精度などと言う点で言えば、この後を引き継ぐOzawaの時代の方が優れているでしょう。ミュンシュという人は、そもそもそう言うことにはかなり無頓着な指揮者でした。
しかし、ミュンシュの時代にはあって、Ozawaの時代において希薄になってしまったのは「色彩」でした。
そう言えば、Ozawaはボストンからもウィーンからも身を引いて松本で斉藤記念のオケを指揮するようになると、その傾向がますます強くなりました。あそこでのOzawaと斉藤記念のオケはまるで無味無臭の蒸留水のような音楽を聞かせるようになっていきました。
もちろん、それがいいとか悪いとか言う話ではなくて、おそらくは世界中のオーケストラの大部分がその方向へと姿を変えていったのでした。
そして、そう言う流れの中で、いつの間にか聞くことが難しくなってしまったのが、このミュンシュとボストン響のような色彩感あふれるズッシリとした響きだったのです。
例えば、フィナーレのコーダへと突入していく部分での柔らかく暖かみのある響きと歌い回しなんどは、今ではもう絶滅した類の音楽かもしれません。
ただし、この演奏は文句をつけようと思えばいくらでも文句をつけることは出来ます。そう言う「粗さ」みたいなものはあちこちに顔を出します。
その一例が、やけにゆったりとした足取りで落ちついて音楽が進んでいるかと思えば、急にツツと前のめりのように走り出したりしてしまうところです。先にも指摘したように、そう言う細かいことに、ミュンシュという男はかなり無頓着だったのです。いや、そう言う生真面目さによって己の感情の発露を押さえ込むような男ではなかったのです。
ですから、そう言う無頓着さゆえにか、そこからは背中ですべてを語ろうとする男のロマンのようなものが強く匂い立ってくるのです。
とは言え、聞き手というのは贅沢なものです。
あれほどの深い感情を込めてコーダへと突入し、それが極めて剛毅にテンポアップすることによって豪快に音楽が閉じられながら、クレンペラーによる刷り込みあある耳にはどこか物足りなさを覚えてしまうのです。
我ながら、困ったものだと、思わずにはおれません。
よせられたコメント 2019-05-01:原 響平 この演奏は熱血漢ミュンシュの異名を与える程の名演。とにかく明るいオーケストラの音色と、どことなく粘り気の有るお色気満点の弦の響き。アダージョ楽章では人生の悲哀を感じさせながらも最終楽章に向かって力強くリズムを刻んでゆく。この情感溢れる表現はミュンシュならではのもの。さて、当時のボストン響との蜜月の関係を示す演奏は他にも沢山有る。ベートーベンの合唱やシューベルトのザ・グレイトそして、ベルリオーズの幻想、更にはサンサーンスのオルガン。1950年代後半のRCA録音ディレクターの造り出す独特な音色と相まって、どれも本当に素晴らしい。
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