グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音
Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op. 16 [1.Allegro Molto Moderato]
Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op. 16 [2. Adagio]
Grieg:Piano Concerto in A Minor, Op. 16 [3.Allegro Moderato Molto E Marcato]
西洋音楽の重みからの解放
この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。
その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。
ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。
そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。
グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。
この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。
なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。
ですから、現在一般的に演奏される出版譜はこの改訂稿に基づいていますから、私たちがよく耳にする協奏曲と、グリーグを一躍世界的作曲家に押し上げた初稿の協奏曲とではかなり雰囲気が異なるようです。
ピアノとオケとのバランスという課題を見事にクリアしている
ルービンシュタインはよほどこの作品が気に入っていたのでしょう。調べてみると、都合4回もスタジオ録音を行っています。
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1942年3月6日録音
アンタル・ドラティ指揮 RCAビクター交響楽団 1949年8月22日録音
アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1956年2月11日録音
アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音
この中で目を引くのが、56年と61年の録音です。
指揮者も同じならば、オケも同じで、さらにともに「ステレオ録音」なのです。
ただし、オケの方は録音用オーケストラである「RCAビクター交響楽団」なので、メンバーは随分と入れ替わっているかもしれません。
「RCAビクター交響楽団」の実体については諸説があるのですが、概ねはニューヨークに本拠を置いているオーケストラ(ニューヨーク・フィ・メトロポリタン歌劇場管弦楽団・NBC交響楽団など)や放送局のスタッフ・ミュージシャンなどによって構成されたオーケストラだったと言われています。ですから、5年も経てばメンバーは随分と入れ替わっている可能性はあるのですが、それでもほぼ同一の組み合わせによる録音と言っていいでしょう。
ただし、わずか5年で再録音した理由は56年に録音された演奏を聞いてみれば何となく納得は出来ます。率直にいって、ルービンシュタインのピアノが芳しくないのです。
ただし、RCAにしてみれば、56年に録音したものが不出来なので、そのわずか5年後にもう一度録音を仕直したいというのは随分と我が儘な話だと思ったはずです。その「我が儘」が通ってしまうところがルービンシュタインの大物ぶりをあらわしているのでしょう。
しかし、そう言う申し出の背景には、協奏曲におけるピアノとオケーケストラとのバランスに関する彼なりの模索があった可能性は指摘できそうなのです。
よく知られたエピソードですが、1960年にクリップスとのコンビでモーツァルトを録音したときに、「自分が弾くピアノの音はくまなく聞き手の耳に届かなければいけない」という彼の哲学を貫き通したことによって、オケとのバランスが全く崩壊した録音を作ってしまうと言う「惨事」を引き起こした事がありました。
その時の録音は商品になるような代物ではなかったので発行もされず、その録音はその後も「何かの間違い」で表に出ると言うこともなく、今も「幻の録音」のままなのです。
ルービンシュタインほどのピアノニストにとって「売り物」にもならないような録音を作ってしまうと言うことはいたくプライドが傷ついたはずです。
しかし、オケとのバランスなどは一切考慮しないで好き勝手に弾きまくるルービンシュタインの悪癖にはRCAも手を焼いていました。ですから、たとえルービンシュタインにへそを曲げられてもその事伝える多恵の絶好の機会と考えて「没」を申し渡したのでしょう。
しかし、ルービンシュタインはただの我が儘なだけの音楽家ではありませんでした。おそらく、彼はレーベルから突きつけられた課題と真剣に向き合ったはずです。
その証拠に、この61年に録音されたグリーグの協奏曲では、見事なまでにその課題をクリアしているのです。
ピアノ協奏曲というのは録音する側からすれば難物です。
ヴァイオリンやチェロのような協奏曲ならば、独奏楽器がオケに対して非力なのはもとから分かっている話なので、ある程度オン気味に録ることは許されるでしょう。
しかし、ピアノであるならば、それはオーケストラと五分に渡り合えるパワーを持つわけですし、その五分に渡り合うところを録音ですくい上げなければその魅力は伝わらないのです。
ですから、録音によってその魅力を伝えようとすれば、肝心の演奏においてオケとピアノとの絶妙なバランスが実現している事が絶対条件であり、その条件の下で録音エンジニアが最高の能力を発揮してその響きをすくい取ることが出来るのです。
そして、61年から62年に録音した一連のモーツァルトの協奏曲でもそのあたりの課題と真剣に向き合っていることがよく分かります。
ただし、それでもなお、このグリーグの協奏曲に対しては不満が残る部分があります。
何故ならば、ルービンシュタインのピアノは何処まで行っても明るくて逞しいのです。そして、それはオケとのバランスに留意は出来てもその本質は変わることはなく、この音楽の根底に漂う北欧のリリシズムとは何処か相性が悪いのです。
それは、モーツァルトにおいても同様で、そこには明るい陽光に照らし出された世界は現れても、光と影が交錯する世界とは少し異なるのです。
しかし、そうは思いつつも、それでもこれこそがルービンシュタインなんだと納得している自分もいるのです。良くも悪くも、この変わらなさこそがルービンシュタインの魅力なのです。
ですから、面白いのはこのグリーグの協奏曲にカップリングされている小品の方かもしれないのです。
シューマン:ロマンス 英ヘ長調作品28ー2)
ヴィラ=ロボス:「赤ん坊の家」第1組曲~第7曲「道化人形」
リスト:忘れられたワルツ第1番
プロコフィエフ:3つのオレンジへの恋 作品33~行進曲
ファリャ:恋は魔術師」~「火祭りの踊り」
何とも統一感のない選曲なのですが、それを聞いているうちに、聴衆からのアンコールに応えて上機嫌でお気に入りの作品を次々と演奏している姿が浮かんできたのです。
「協奏曲」という骨の折れる仕事をやり終えて、思いっきりの「ドヤ顔」でピアノを弾いているルービンシュタインの姿です。
そして、こんな事を書くと顰蹙をかいそうなのですが、この小品の演奏の方がよりルービンシュタインの魅力が溢れているような気がするのです。
よせられたコメント 2024-02-21:べんじー ジュリー二が伴奏したシューマンの協奏曲のカップリングで、このグリーグの演奏を聞きました。ジュリーニ唯一のRCA録音となったシューマンの方が、細やかさでは一日の長がありますが、このグリーグで伴奏を担当したウォーレンスタインの棒も、元気いっぱい溌剌とした雰囲気で、好ましく思っています(^^)
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