ハイドン(レオポルド・ホフマン):フルート協奏曲 ニ長調 Hob.7 f-D1
(Fl)オーレル・ニコレ :カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団 1960年~1962年録音
Haydn(Leopold Hoffman):Flute Concerto for Flute and Strings in D major, Hob.VIIf:D1[1.Allegro moderato]
Haydn(Leopold Hoffman):Flute Concerto for Flute and Strings in D major, Hob.VIIf:D1[2.Adagio]
Haydn(Leopold Hoffman):Flute Concerto for Flute and Strings in D major, Hob.VIIf:D1[3.Allegro molto]
愚かしさを演出することが多い「オーラによる目眩まし」の功徳
この世の中の評価というのは、その内実によって為されるのではなくて、それが纏っているオーラによる目眩ましによって為されることが多いものです。
例えば、フルトヴェングラー指揮による名演と持て囃されていたものが、後になって別人の指揮による演奏であることが判明すると、あっという間に姿を消してしまったりしたのはその典型と言えるでしょう。さらに言えば、そう言う取り違えが単純な勘違いではなくて、確信犯的な捏造だったことが判明してくると、「音楽」そのものだけと向き合う事の難しさを痛感してしまいます。
しかしながら、一見すると愚かしさとしか思えないこの「目眩まし」も、時には大きな功徳をもたらすことがあります。
そんな功徳の一つがこのフルート協奏曲でしょう。
この作品が今日まで多くの人の記憶に留まったのは、それがハイドンという偉大な音楽家の作品だったからでした。
そして、これこそが大切なことなのでしょうが、このフルート協奏曲はハイドンに相応しい古典手均衡を失わない音楽だったことです。
しかしながら、今日の研究では、ハイドンはフルート協奏曲を1曲しか書いておらず、さらにはその楽譜は失われて残っていないことが分かってきたのです。そうすると、このフルート協奏曲の立場はどうなるのかと言うことになるのですが、そちらの方も、これはハイドンと同時代に活躍した「レオポルド・ホフマン」の作品であることが分かってきたのです。
「レオポルド・ホフマン」と言われても、そこに明確なイメージを持つことが出来る人は殆どいないでしょう。しかし、18世紀のウィーンにおいてハイドンやグルックと肩を並べるほどの存在であり、とりわけ優れたヴァイオリン奏者であり、聖シュテファン大聖堂の楽長も務めた人物でした。また、作曲家としても数多くの作品を残していて、フルート協奏曲だけでも12曲も残しているのです。
そして、その中の1曲が「ハイドン」の作品と誤解されて今日まで残り続けたのです。
虚心坦懐に聞いてみれば、このホフマンのフルート協奏曲は、ハイドンの協奏曲と較べてみても全く遜色がないほどの古典的な均衡と明晰さに溢れています。
しかしながら、もしもこの作品が正しくホフマンの作品として継承されていれば、これほどの認知度は持ち得なかったでしょう。
ホフマンにとっては不本意な話でしょうが、そこには「ハイドン作」というブランドがあったから残ったと言われても仕方がないのです。さらに言えば、「レオポルド・ホフマン」と言う名前もこの作品と誤解があったからこそ記憶に留まった部分が大きいのです。
しかし、それでもこのようにすぐれた作曲家とその音楽が記憶から失われずに残ったのは、時には愚かしさを演出することが多い「オーラによる目眩まし」の功徳であったことはも事実なのです。
パキパキと縦割りで音楽を進めて行くやり方が見事にツボにはまっている
ニコレとリヒターがこの作品を録音したときに、それがハイドンではなくてレオポルド・ホフマンの作品であったことが明らかになっていたのかどうかは分かりません。
しかし、初出時のレコードジャケットなどを見るとシンプルにハイドンの作品だと表示されていますから、学者はともかくとして、リヒターとニコレはハイドンの作品として録音したのだろうとは思われます。
そして、バッハの時と同じようにパキパキと縦割りで音楽を進めて行くやり方は、モーツァルトの時にはいささか違和感を感じてしまったのですが、ハイドン風の音楽であればそのやり方は見事にツボにはまっているように思えます。
最近はイッセルシュテットやケンペと言う保守的な指揮者の音楽を聞く機会が多かったのですが、そう言うときにこのリヒターとニコレによるこのような音楽を聞くと、彼らがどうしてこういう方向性の音楽を求めたのか、その気持ちがいたいほどに伝わってきます。
彼らの傍らには、岩盤のように強固な保守的な演奏スタイルが存在していたのであって、そう言う音楽の形に彼らはウンザリもし、飽き飽きもしていたのでしょう。
そして、そう言う岩盤に穴を開けようとする営みはミュンヘンの街角で「僕たちと新しい音楽をしませんか」と呼びかけるビラ配りから始まったのでした。
今の世の中で「岩盤規制に穴を開ける」というのは、そのほとんどが長い歴史の中で弱者を守るために作られてきた防波堤を、強者がその権力でもって取り払うことを意味することが多いので、あまり使いたくな用語です。
しかし、彼らが為そうとしたのは伝統という名の強固な岩盤に向かって若者達が異議を申し立てる事だったのですから、力関係で言えば真逆だったのです。
そして、時代は少しずつ若者達の声に耳を傾け始めるようになっていくのです。
しかし、この時代が豊饒だった思うのは、そう言う流れがあっても、それでもその底流に「徹底的に保守的で、新しいことには一切興味を示さない」伝統の守護者が厳然と存在し続けていたことです。
また話はそっちへ行くのかと言われそうなのですが、ピリオド演奏というムーブメントが不幸だったのは、それに対して静かに異議を申し立てる古き良き伝統の守護者がいなかったことです。
結果として、猫も杓子もそちらの方向に雪崩を打って靡いてしまえば、本当の意味での「深化」はあり得なかったのです。
結果として、その中で聞くに値するもはそれほど多くはなかったのです。
ですから、あのムーブメントが一時の流行であったかのように鎮火してしまったこれからの時代に於いて、それでもピリオド演奏には意味があると主張して演奏活動を続ける連中にこそ聞くべきものがあるのかもしれません。
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