モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467(cadenzas:Busoni)
(P)アニー・フィッシャー ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年2月28日&3月1日,2日&10日録音
Mozart:Piano Concerto No.21 in C major, K.467 [1.Allegro maestoso]
Mozart:Piano Concerto No.21 in C major, K.467 [2.Andante]
Mozart:Piano Concerto No.21 in C major, K.467 [3.Allegro vivace assai]
ここには断絶があります。

- 第20番 K.466:1785年2月10日完成
- 第21番 K.467:1785年3月9日完成
- 第22番 K.482:1785年12月16日完成
- 第23番 K.488:1786年3月2日完成
- 第24番 K.466:1786年3月24日完成
- 第25番 K.491:1786年12月4日完成
9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。それが20番以降の作品の特徴です。
そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。
しかし、事実は少し違うようです。
たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。
そして、これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。
そして、この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。
ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。
ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。
それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。
とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。
また、第3楽章の巨大な変奏曲形式もきくものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。
それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。
これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えます。
何だ、このカデンツァは?!!
オーケストラの導入部がいささか威勢がよすぎて繊細さに欠けます。指揮者は誰なんだろうと確認してみるとサヴァリッシュ大先生でした。(^^;
サヴァリッシュもこの時は未だに30代半ば、一つ一つのフレーズのエッジが立ちすぎていて、これがモーツァルトに相応しいかどうかは好みが分かれるところでしょうね。
ただし、そう言うオーケストラの響きに対して、当然と言えば当然なのでしょうが、フィッシャーのピアノはベートーベンの時と較べればやや丸みを帯びた響きで入ってきます。とは言え、それはあくまでもベートーベンの時と比べての話ですから、あくまでも比較の話です。
一般的なレベルから見れば、きわめて粒立ちのよい透明感のある響きで音楽が紡がれていきます。
モーツァルトの音楽に強めの光を当てて、白黒はっきりさせる二分法のような演奏ですから、そこにふんわりとした繊細さの欠如を見いだすのか、クリアな透明感を見いだすのかによって好みは分かれるかもしれません。
例えば、そう言うオケとピアノの響きが第2楽章のような音楽とであうと、そこに精緻に削り出されたクリスタルの造形物を見るような思いになることも事実だからです。
ただし、個人的に言えば、このオケの響きはいささか無神経に過ぎるような気はします。
そして、そう言う響きに我慢が出来なくなったのか、最終楽章になると、フィッシャーもまたベートーベンの時のような雰囲気でピアノを鳴らし始めるので、まるでベートーベンのコンチェルトを聞いているかのような錯覚に陥ります。
しかし、実は、この演奏に関してはそんな事はどうでもいいのです。
なぜならば、第1楽章の終わりにオーケストラがピアノのカデンツァを招き入れて、フィッシャーのピアノが歌い始めると、そんな細かいな事などどうでもよくなるのです。
何だ、このカデンツァは?!!
そして、その「何だ!!」は最終楽章のカデンツァでも再現されるので、結果としては未だかつて聞いたことがないような音楽を聞かされたという感覚だけが残って、オケの響きがどうの、フィッシャーのピアノのタッチがどうのと言うような事は、どうでもいい「些細」な事のように思えてしまうのです。
そこで、慌てて録音のクレジットを確認してみると「cadenzas:Busoni」となっていました。
確かに、モーツァルトはこの作品のカデンツァを書き残していませんから、その部分をどのように料理しようとソリストの自由です。
しかし、調べた範囲では、このブゾーニのカデンツァを採用しているピアニストはそれほど多くはありません。
大部分のピアニストは、この時代にカデンツァのお約束にしたがって楽章の主題を再現して、それを当たり障りの内阿範囲で簡潔に展開させてオーケストラに引き渡しています。
その意味では「自作のカデンツァ」を採用しているのですが、あくまでも「お約束」に従っているだけなのでみんな似たり寄ったりの特徴のないカデンツァです。
しかし、さすがはブゾーニです。
それがモーツァルトの時代の様式にどれほどそっているのかというような「細かい話」は脇におけば、聞いていてこれほど楽しい「カデンツァ」はありません。
そして、この「カデンツァ」を聞いているうちに、このモーツァルトはフィッシャーという人の主観に徹底的に従った造形であったことに気づかされるのです。
外連味のない演奏というのは一般的に褒め言葉として使われるのですが、これはそれとは真逆の、まさに頭の先から足の先まで外連味でおおわれた演奏です。
そして、その事は彼女の演奏を貶めることにはならず、最上の褒め言葉になっているのです。
そう言えば、フィッシャーという人はピアノを弾いているとき以外は常に煙草を口にくわえていた女性だったそうです。そして、はっきりと自分の考えを口にする女性であり、あのクレンペラーに対してもはっきりと異議を唱える人だったそうです。
その意味では、これはそんなフィッシャーの自画像のような演奏であり、サヴァリッシュもまたそんな強い女性の言い分に従って指揮をしたのかもしれません。
「1958年2月28日&3月1日,2日&10日録音」というクレジットを眺めていると、オケも指揮者もフィッシャーに随分と絞り上げられたのかもしれません。
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