ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68
ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1956年4月17日録音
Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [1.Un poco sostenuto - Allegro]
Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [2.Andante sostenuto]
Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [3.Un poco allegretto e grazioso]
Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [4.Piu andante - Allegro non troppo, ma con brio - Piu allegro]
ベートーヴェンの影を乗り越えて

ブラームスにとって交響曲を作曲するということは、ベートーヴェンの影を乗り越えることを意味していました。それだけに、この第1番の完成までには大変な時間を要しています。
彼がこの作品に着手してから完成までに要した20年の歳月は、言葉を変えればベートーヴェンの影がいかに大きかったかを示しています。そうして完成したこの第1交響曲は、古典的なたたずまいをみせながら、その内容においては疑いもなく新しい時代の音楽となっています。
この交響曲は、初演のときから第4楽章のテーマが、ベートーヴェンの第9と似通っていることが指摘されていました。それに対して、ブラームスは、「そんなことは、聞けば豚でも分かる!」と言って、きわめて不機嫌だったようです。
確かにこの作品には色濃くベートーヴェンの姿が影を落としています。最終楽章の音楽の流れなんかも第9とそっくりです。姿・形も古典派の交響曲によく似ています。
しかし、ここに聞ける音楽は疑いもなくロマン派の音楽そのものです。
彼がここで問題にしているのは一人の人間です。人類や神のような大きな問題ではなく、個人に属するレベルでの人間の問題です。
音楽はもはや神をたたるものでなく、人類の偉大さをたたえるものでもなく、一人の人間を見つめるものへと変化していった時代の交響曲です。
しかし、この作品好き嫌いが多いようですね。
嫌いだと言う人は、この異常に気合の入った、力みかえったような音楽が鬱陶しく感じるようです。
好きだと言う人は、この同じ音楽に、青春と言うものがもつ、ある種思いつめたような緊張感に魅力を感じるようです。
ユング君は、若いときは大好きでした。
そして、もはや若いとはいえなくなった昨今は、正直言って少し鬱陶しく感じてきています。(^^;;
かつて、吉田秀和氏が、力みかえった青春の澱のようなものを感じると書いていて、大変な反発を感じたものですが、最近はこの言葉に幾ばくかの共感を感じます。
それだけ年をとったということでしょうか。
なんだか、リトマス試験紙みたいな音楽です。
早めのテンポでスタイリッシュに仕上げ、どの場面をとっても必要以上に剛直になることも居丈高になることもないブラームス
この録音を聞いていて一つの記憶が蘇ってきました。
それは、一度だけなのですが、大フィルをOzawaが指揮したコンサートを聴いたことがあって、その時のプログラムが武満の弦楽のためのレクイエムとブラームスの1番でした。
武満の音楽はとても素晴らしかったのですが、それは脇に置いておいて、その時のブラームスがこのスタインバーグ&ピッツバーグ響の録音を聞いているうちに思い出されてきたのです。
それこそ何十年も前の話で記憶も定かではないのですが、それでも颯爽としたテンポでスタイリッシュに造形しながら、弦楽器が表に出てきて歌い上げるところでは徹底的に響きを磨き上げて、その美しさを誇示する演奏でした。日頃はどちらかと言えば気合いと根性で勝負して、響きという点ではどちらかと言えば「がさつ」なところのある大フィルだけに、指揮者によってここまで変わるんだと驚いたことだけはしっかりと記憶に残っています。
そして、その時に感じたことが、そのままこのスタインバーグのブラームスにもあてはまるように思えたのです。
おそらく、このブラームスを聴けばあまりにも屈折感のない明るすぎる音楽だと感じるかもしれません。実際その通りです。
全体は早めのテンポでスタイリッシュに仕上げているのですが、どの場面をとっても必要以上に剛直になることもなければ居丈高になることはありません。そして、歌うべき場面での弦楽器群の響きは徹底的に磨かれていて、聞いていて非常に気持ちのよい美しさに溢れています。
そして、そう言うやり方は、基本的にカラヤン流であることにはすぐに気づきました。なるほど、遡ってみれば、カラヤン美学の源流みたいなものは既にアメリカに存在していたのです。
おそらく、黄金の時代と言われた50年代のアメリカ人の気質にもっともピッタリのブラームスだったのかもしれません。
もちろん、「心ある(?)」評論家たちは眉をひそめたのかもしれませんが、多くの聞き手にとっては、このように聞きやすくて美しいブラームスはウェルカムだったのでしょう。
それから、ネット上の評価を散見するとこの50年代のキャピトルの録音には非難殺到ですから、録音についても一言触れておかなければいけないでしょう。
どこかでもふれたと思うのですが、この時代のキャピトルはコスト的には何倍もかかる映画用のフィルムを使って録音をしています。
資本主義の原則から言えば、そこまでのコストを投下して屑を作っているようでは企業は成り立ちません。(^^;
さらに言えば、それだけのコストを投下して実現しなければいけない録音のクオリティはRCAやMercuryによって既に示されています。キャピトルの技術陣もまた、そのクオリティは念頭にあったはずです。
結論から言えば、これは残響過多で音楽の形が分からないような録音でもなければ、阿呆みたいに左右に定位が割り振られた書き割りのような録音でもありませんし、金管群が玩具のように安っぽく響く録音でもありません。それは、このブラームスだけに限った話ではなくて、特に非難の多いブルックナーの4番に関しても同様です。
非常にどっしりとした低域の上にバランスよく積み上げられた音響バランスは、ピッツバーグ響のレベルの高さを見事に描き出しています。
ただし、この録音は低域方向に関してはかなり下の方まで収録されています。その下の方までの響きがきちんと再生できないと全体の響きはかなり雰囲気が変わってきます。
私の場合で言えば、メインシステムは左右にサブウーファーを1台ずつあてがっていてハイカットフィルターは80Hzに設定しているのですが、そのサブウーファーをオフにして聞いてみると全体の印象はかなり変化します。
80Hz以下の帯域と言えば、音と言うよりは殆ど振動に近い領域なのですが、それでもそう言う領域も含めて全体のバランスが成り立っている録音だとすれば、そこまできちんと再生してあげないとその録音のクオリティを正しく評価することは出来ません。
もちろん、それが全てではないでしょうが、かなり本気度の高い録音なので再生するシステムをかなり選ぶことは間違いないようです。
これもまたいつも言っているように、録音のクオリティに関わる評価は常に悩ましいのです。
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