クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴(Pathetique)」

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1953年11月30日 & 1954年4月14日録音



Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [1.Adagio - Allegro non troppo]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [2.Allegro con grazia]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [3.Allegro molto vivace]

Tchaikovsky:Symphony No.6 in B minor, Op.74 "Pathetique" [4.Adagio lamentoso]


私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。

チャイコフスキーの後期の交響曲は全て「標題音楽」であって「絶対音楽」ではないとよく言われます。それは、根底に何らかの文学的なプログラムがあって、それに従って作曲されたというわけです。
もちろん、このプログラムに関してはチャイコフスキー自身もいろいろなところでふれていますし、4番のようにパトロンであるメック夫人に対して懇切丁寧にそれを解説しているものもあります。
しかし6番に関しては「プログラムはあることはあるが、公表することは希望しない」と語っています。弟のモデストも、この6番のプログラムに関する問い合わせに「彼はその秘密を墓場に持っていってしまった。」と語っていますから、あれこれの詮索は無意味なように思うのですが、いろんな人が想像をたくましくしてあれこれと語っています。

ただ、いつも思うのですが、何のプログラムも存在しない、純粋な音響の運動体でしかないような音楽などと言うのは存在するのでしょうか。いわゆる「前衛」という愚かな試みの中には存在するのでしょうが、私はああいう存在は「音楽」の名に値しないものだと信じています。人の心の琴線にふれてくるような、音楽としての最低限の資質を維持しているもののなかで、何のプログラムも存在しないと言うような作品は存在するのでしょうか。
例えば、ブラームスの交響曲をとりあげて、あれを「標題音楽」だと言う人はいないでしょう。では、あの作品は何のプログラムも存在しない純粋で絶対的な音響の運動体なのでしょうか?私は音楽を聞くことによって何らかのイメージや感情が呼び覚まされるのは、それらの作品の根底に潜むプログラムに触発されるからだと思うのですがいかがなものでしょうか。
もちろんここで言っているプログラムというのは「何らかの物語」があって、それを音でなぞっているというようなレベルの話ではありません。時々いますね。「ここは小川のせせらぎをあらわしているんですよ。次のところは田舎に着いたうれしい感情の表現ですね。」というお気楽モードの解説が・・・(^^;(R.シュトラウスの一連の交響詩みたいな、そういうレベルでの優れものはあることにはありますが。あれはあれで凄いです!!!)

私は、チャイコフスキーは創作にかかわって他の人よりは「正直」だっただけではないのかと思います。ただ、この6番のプログラムは極めて私小説的なものでした。それ故に彼は公表することを望まなかったのだと思います。
「今度の交響曲にはプログラムはあるが、それは謎であるべきもので、想像する人に任せよう。このプログラムは全く主観的なものだ。私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。」
チャイコフスキーのこの言葉に、「悲愴」のすべてが語られていると思います。

本当の悲劇に直面したときには、人間というのは泣くことも出来ず能面のように凍り付くだけなのです


第1楽章の冒頭部分を聞いただけで、これはとても端正でスッキリした音楽だなと予感させます。チャイコフスキーの「悲愴」ともなれば「ドロドロ路線」の演奏も多くてそれはそれで面白いのですが、そう言う路線とは真逆の演奏であることが宣言されています。
ただし、ムラヴィンスキーのような剛直な演奏とも異なります。

あれは剛直でありながらも熱がありました。それに対して、スタインバーグの「悲愴」は驚くほどに「低体温」です。
名前は失念しましたが、とある評論家がマルティノン&ウィーンフィルによる演奏が悲愴の基準だとして、これよりもアクが強くても罪にはならないが、これより低体温だと犯罪ものだと書いている人がいました。

当時は、あれよりも低体温の演奏なんてあるんだろうかと思っていたのですが、なるほど探せばあるものです。
チャイコフスキー自身が「私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた」と書いている作品でありながら、ここには一粒の涙もありません。いや、第1楽章と最終楽章で、もしかしたら一粒、二粒の涙がこぼれそうな場面がないわけではないのですが、それでも問われれば「泣いてなんかいない」と言い返されそうな風情です。

さらには、第2楽章の踊ろうとして踊りきれぬ5拍子のワルツも何故か不気味な雰囲気で踊り切れているように感じます。
なんだかこの辺まで聞いてくると、最初はからりと乾いた脳天気な音楽のように聞こえていたのが、少しずつ恐くなってきます。

そして、第3楽章の行進曲にまでたどり着くと、それはまるで明るい行進曲に乗って「Arbeit macht frei(働けば自由になる)」というスローガンが掲げられた強制収容所に進んでいくような情景が浮かび上がってきます。

そうか、誰かが言っていたように、泣けるうちはまだ幸せなんだ。
本当の悲劇に直面したときには、人間というのは泣くことも出来ず能面のように凍り付くだけなのです。

そんな能面のように凍り付いた表情で、まるで白昼夢のように地獄の情景を眺めて音楽は虚無の彼方へと消えていきます。

もちろん、それは穿ちすぎかもしれません。
それはただの犯罪的なまでに「低体温」な演奏なのかもしれません。しかし、物事は突き抜けてしまうと、今まで見えなかった世界をみせてくれることがあるものです。

ありとあらゆる「悲愴」の録音を聞いてた果てにこういう演奏を突きつけられると、クラシック音楽というものの懐の深さ、解釈の多様性には驚かされます。

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