クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」

(P)ソロモン 1952年11月15,16日&21,22日録音





Beethoven:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」 「第3楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」「第4楽章」


後期の頂点へと駆け上がっていく作品

後にも先にも、これほども巨大なソナタを書くことはありませんでした。その意味では、ピアノソナタの最高傑作と言うよりは「異形の作品」というイメージの方が強いようです。

特に、作品57の熱情ソナタ以降は、どちらかと言えばこぢんまりとしたソナタを書いてきただけに、突然に表れたこの作品の異形ぶりは際だちます。

そして驚くべきは、この作品は生活面において大変な困難を抱えている時期に作曲されたと言うことです。
当時のベートーベンは、思うように作曲の筆が進まずに売るべき新作もなく、またナポレオン戦争とその後の混乱の中でパトロンからの支援も途絶えていました。
そのために、新作ができるたびにあちこちにそれを売り込んでいます。
この異形のソナタもそのようにして売り込まれた一つでした。

ベートーベンは手紙の中で次のように述べています。
「もし、このソナタがロンドンに向かないとしたら、別のをお送り出来るとよいのですが、或いは終楽章でラルゴは外して、フーガのところから直ぐ始めてもよろしい。
 または、第一楽章、次がアダジオ、その後に第三楽章としてスケルツォ、そして第四楽章のラルゴとアレグロ・リゾルート(フーガ)を含めて全体的にカットしてしまう、というのでも良いのです。それとも、まず第一楽章で、その次にスケルツォが来る、というだけで良い。2楽章で全ソナタを形付けるのです。
 このソナタは押しつめられた状況下で書かれました。」

ベートーベンは生活のためにこの偉大なソナタの切り売りさえ辞さなかったのです。
しかし、このソナタを生み出すことによって彼は一つの壁をうち破ったことは事実です。そして、堰を切ったように後期の傑作群をこれに続くように生み出されていきます。

まさに、後期の頂点へと駆け上がっていくきっかけとなった作品であることは間違いありません。

ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」


  1. 第1楽章: アレグロ 変ロ長調 2分の2拍子 ソナタ形式

  2. 第2楽章: アッサイ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 4分の3拍子 スケルツォ

  3. 第3楽章:アダージョ・ソステヌート 嬰ヘ単調 8分の6拍子 ソナタ形式(おそらくはピアノ音楽というジャンルにおいてもっとも人の心を打つ音楽の一つです。ウイルヘルム・フォン・レンツは、このアダージョについて、「全世界のすべての苦悩の霊廟」と評しました。)

  4. 第4楽章: ラルゴーアレグロ・リゾルート 変ロ長調 4分の4拍子ー4分の3拍子 フーガ


  5. 静謐さに満ちたベートーベン


    少しばかり調べたいことがあってCDの棚をゴソゴソと探し回っていると、奥の方からソロモンのセット物が出てきました。ソロモン・カットナーが本名ですから、ファーストネームで活躍したことになります。イチローみたいです。
    そんなことはどうでもいいのですが、ふと、吉田大明神が彼のことを絶賛していたことを思い出し、さらには今まで一度も取り上げていなかったことを思い出し、調べ物は一時中断して彼の演奏を聴きなしてみることにしました。
    ファーストインプレッションは「静謐」です。

    例えば、有名な月光ソナタの第1楽章や悲愴の第2楽章、そしてハンマークラヴィーアの深遠なる第3楽章などの静けさはただ者ではありません。私は遅いテンポ設定というのは基本的に好きではないのですが、ここでの遅いテンポは「緩み」や「硬直性」とは全く無縁です。吉田大明神がいみじくも述べているように、それは「歩みではなく流れ」そのものです。そして、その流れはこの上もなく静かで、そして緩やかなのです。

    確かに、こういうベートーベンのソナタは他ではちょっと聴けない類の物です。もしかしたら、アファナシエフが演奏したらこれに近い雰囲気になるかもしれないと「妄想」はするのですが、聞いたことがないので何とも言えません。とにかく、「力ずく」という言葉から最も遠いところで、この上もなく繊細で静けさに満ちたベートーベンを作り上げえいます。
    よって、吉田大明神は彼に対して「今世紀は幾人かのベートーベンの名手を持ったが、ソロモンは、その中でも最高級、最上級にしか数えようのないピアニストである」と絶賛しているわけです。

    しかし、私ごときがその評価に異を唱えるなどとは恐れおおいことなのですが、心のどこかに「でも、ベートーベンを聴くときのファーストチョイスじゃないよな」という思いはあります。何故ならば、私の中にはベートーベンの本質は「驀進」だと言う思いがあるからです。
    ソロモンが演奏するベートーベンのソナタは静謐極まる雰囲気が全曲を支配しているのですが、それでも終結に向けて音楽は盛り上がりを見せます。しかし、その盛り上がりは極めて抑制されたクライマックスの中で幕を閉じます。

    ホロヴィッツがこれを聴けばきっと「ふん!」と鼻で笑うでしょうね。
    もちろん、両者の音楽に対するスタンス(哲学という言葉はホロヴィッツには似合わないので)は全く違いますからそれは当然のことなのですが、だからといって私はホロヴィッツの月光ソナタが効果だけを狙った質の低い演奏だとは思えません。
    ソロモンのような上品な音楽は疑いもなく素敵な一級品ですが、そしてその事は認めながらも、しかし、そのような上品さだけが「一流」ではないと言うことだけは心にとどめておきたいと思います。

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