ベルリオーズ:レクイエム(死者のための大ミサ曲) Op.5
ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 ニュー・イングランド音楽学校合唱団 (T)レオポルド・シモノー 1959年録音
Berlioz:レクイエム Op.5 「入祭唱とキリエ(Introit et Kyrie)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「怒りの日(Dies Irae)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「そのとき憐れなるわれ(Quid sum miser)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「恐るべき御稜威の王(Rex tremendae)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「われを探し求め(Quaerens me)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「涙の日(Lacrymosa)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「主イエス・キリストよ(Domine Jesu Christe)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「賛美の生贄(Hostias)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「聖なるかな(Sanctus)」
Berlioz:レクイエム Op.5 「神羊誦と聖体拝領唱(Agnus Dei et Communion)」
ベルリオーズ渾身の自信作
ベルリオーズはフランス人ですから、おそらくはローマ・カトリックの環境の中で育ったのでしょうが、その言動を見る限りではそれほど深い信仰心を持った人ではなかったようです。しかし、それでも、この「レクイエム」をはじめとしていくつかの宗教的な作品を残しています。特に、このレクイエム(死者のための大ミサ曲)はベルリオーズ渾身の大作であり、「全作品の中で一つだけ残せと言われれば、私は『死者のための大ミサ曲』を残してくれるように慈悲を請うだろう」と述べているほどの自信作だったようです。
ベルリオーズの生涯を振り返ってみれば、創作活動が最も旺盛だったのは幻想交響曲を生み出した1830年から、オペラをかけない作曲家としてパリの劇場から閉め出される1840年頃までの10年間だろうと思われます。このレクイエムは、その10年間の中でも最もやる気に満ちた、そして環境にも恵まれた中で生み出された作品だと言えます。
この作品はフランス政府からの依頼によるものでした。そのために、当初は名の売れたベテランの作曲家に依頼されるはずだったようです。
しかし、内務大臣のガスパラン伯がベルリオーズを強く押したためにすったもんだの末に彼のもとに依頼が舞い込むことになりました。ただし、すったもんだの期間が長かったようで、正式にベルリオーズのもとに依頼が来たのは式典の3ヶ月前でした。しかし、この依頼はベルリオーズを奮い立たせたようであり、さらに「葬送交響曲」に取り組むことを計画していたこともあり、旧作が転用できる部分はドンドン流用することでものの見事に3ヶ月という短期間でこの大作を仕上げてみせました。
しかし、肝心の慰霊祭は政治的な理由によって当初の3日から1日に短縮され、そのためにベルリオーズのレクイエムは式典の中では演奏されることはありませんでした。おかげで、初演に向けて準備を始めていたベルリオーズは資金的に追い詰められることになります。
このあたりの契約がどうなっていたのかはよく分からないのですが、随分と酷い話です。
幸いなことに、この苦境はアルジェリア戦争の犠牲者への追悼式を計画していた陸軍省に売り込むことで何とかクリアする事ができたようです。
さて、この作品の最大の特徴は、こういう書き方をするとおかしな感じになるのですが、コンサート会場での演奏を想定していないところにあります。
この作品は、パリの廃兵院(アンヴァリッド)礼拝堂で演奏されることが決まっていました。この礼拝堂はかなり規模の大きな建物であり、ベルリオーズ自身もこの場所でモーツァルトのレクイエムなどを演奏した経験がありました。そして、その経験から、このような礼拝堂で音楽が演奏されるときはコンサート会場とは全く異なる響き方をする事を熟知していました。
ですから、この礼拝堂で演奏されるレクイエムという依頼を受けたときに、彼はまさにこの場所にジャストフィットするような作品をイメージしました。そのために、静謐な部分はとことん静謐に、そして壮麗なる部分は限りなく壮麗に演奏できるような仕掛けが要求されたのです。
まず目を引くのは4組のバンダです。バンダとは「主となる本来の編成とは別に、多くは離れた位置で「別働隊」として演奏する小規模のアンサンブル」と定義されますが、普通は用いられても1組です。それが4組必要と言うことですから、ここからして常識破りです。
それぞれのバンダに要求しているのは以下の通りです。
バンダ1 - コルネット4、トロンボーン4、チューバ2
バンダ2 - トランペット4、トロンボーン4
バンダ3 - トランペット4、トロンボーン4
バンダ4 - トランペット4、トロンボーン4、オフィクレイド4
トランペット、トロンボーンがそれぞれ16必要です!!
4組のバンダを要求しているのですから、本体のオケの編成もこの時代としては桁外れです。
まずは管楽器ですが、フルート4、オーボエ2、コーラングレ2、クラリネット4、ファゴット8、ホルン12を要求しています。さらに、打楽器がティンパニ8対(奏者10人)、大太鼓2、タムタム4、シンバル10対です。そして、本隊の弦楽器群は最低で第1ヴァイオリン25、第2ヴァイオリン25、ヴィオラ20、チェロ20、コントラバス18を要求しています。
まさにマーラーも真っ青です。
さらに、合唱はソプラノ・テノール・バスが各2部で200名程度を要求しているのですが、これもまた多ければ多い方が好ましいと書いています。そして、その数が800人を超えるような場合も想定して、そのようなときは「怒りの日」などの数曲だけは全員で歌い、それ以外は400人程度にとどめるようにという指示まで出しています。そして、言うまでもないことですが、合唱がそのように2倍、3倍と増員されたときは、それに比例して本体のオーケストラも増員することが求められます。
ですから、ベルリオーズの頭の中にあった理想は、マーラーの1000人の交響曲をしのぐような壮大な響きによって最後の審判と復活の日を表現することだったのでしょう。
創作の絶頂期にあって、彼の理想は既にコンサート会場におけるチマチマした響きをはるかに超越していという事です。これを類い希なる天才と後世の人は評価するのですが、同時代の人にとってはただの誇大妄想狂としかうつらなかったのは仕方がなかったのかもしれません。
楽曲構成
テクストはレクイエム固有文に基づいています。
- 入祭唱とキリエ(Introit et Kyrie)
- 続唱(Sequence)
- 怒りの日(Dies Irae)
- そのとき憐れなるわれ(Quid sum miser)
- 恐るべき御稜威の王(Rex tremendae)
- われを探し求め(Quaerens me)
- 涙の日(Lacrymosa)
- 奉献唱(Offertoire)
- 主イエス・キリストよ(Domine Jesu Christe)
- 賛美の生贄(Hostias)
- 聖なるかな(Sanctus)
- 神羊誦と聖体拝領唱(Agnus Dei et Communion)
メートル原器
ベルリオーズの要求に従えば、最低でも200名近いオケと300名前後の合唱団が必要になりますから、果たしてこの作品を実演で聞いたことがあるのは何人くらいいるのでしょうか?おそらく日本国内では数年に一度程度しか演奏される機会はないと思いますから、聞けた人はよほど幸運な人です。
私は残念ながらそのような幸運には恵まれませんでしたので、録音を通してしかこの作品とは出会っていません。最近はコンサートからもすっかり足が遠のいていますから、おそらく死ぬまで実演と接することはないでしょう。
そして、これまた当然のことながら、これほどの規模を持った作品となると録音の方もそれほど数は多くありません。
ですから、こういう作品に関しては「いい」とか「悪い」などというのは贅沢な話です。音にして聞けるだけでも有り難いと思わないといけません。
そう思えば、50年代にボストン交響楽団のようなメジャーなオーケストラを使ってこういう作品を録音してくれたミュンシュはやっぱりエライと言わざるを得ません。
彼は、最晩年にバイエルンのオケを使ってもう一度録音していますから、本当に彼こそは「ベルリオーズの使徒」とも言うべき存在です。ですから、彼のベルリオーズ演奏に関しては「いい、悪い」の評価をこえて、それがそのままスタンダードになっています。
そして、レクイエムのような作品であれば、まさに「スタンダード」という表現をこえて、「メートル原器」みたいなものになっています。つまりは、全てはこれをもとに測定されるのです。
そして、この録音から50年を超える年月が経過したのですが、このメートル原器に当てはめて見れば、意味ある演奏をしたのはコリン・デイヴィスとエリアフ・インバルくらいかもしれません。(Ozawa・・・うーん?、デュトワ・・・ねぇ?まあ、それぞれの好みはあるでしょうから決めつけはしませんが)
ただ、評価は無意味といいながらも少しふれておけば、よく言われるようにボストンの金管群は出色です。そして、その金管群に引っ張られるように、実に男性的で一本筋の通った力強い演奏に仕上がっています。
そして、それが私の中に刷り込まれているので軟質形の響きがする演奏には違和感を覚えてしまうのです。それが、「Ozawa・・・うーん?、デュトワ・・・ねぇ?」の正体なので、あまり深く突っ込まないでください。(^^;
よせられたコメント
2013-04-13:しょうじま 美香
- 小澤征爾と村上春樹の対談の本で、小澤さんが「ベルリオーズは音楽がクレイジーでわけがわからにところがある、だけど、だから東洋人に向いているかもしれない、この曲も僕の好き勝手、自由自在に演奏できた」とあったので、いろいろ検索してみました。この曲の背景を詳しく知る事ができて納得。感謝します。
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