フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調
(Vn)エリカ・モリーニ (P)ルドルフ・フィルクスニー 1961年2月録音
Franck:Sonata for Violin and Piano in A major [1.Allegretto ben moderato]
Franck:Sonata for Violin and Piano in A major [2.Allegro]
Franck:Sonata for Violin and Piano in A major [3.Recitativo - Fantasia]
Franck:Sonata for Violin and Piano in A major [4.Allegretto poco mosso]
ヴァイオリンソナタという形式は不思議な形式です。
もとはヴァイオリン助奏付きのピアノソナタと言った方がいいようなスタイルでした。
しかし、ヴァイオリンが楽器としても完成され、さらに演奏者の能力も高まるにつれて、次第に二つの楽器が対等にわたりあえるようになっていきます。
この移り変わりは、モーツァルトの一連のヴァイオリンソナタを聞いていくとよく分かります。
初期の作品はヴァイオリンはおずおずとピアノに寄り添うだけだったのが、後期の作品になると二つの楽器が対等に自己主張をするようになり素晴らしい世界を展開してくれます。
ベートーベンはヴァイオリンが持つ表現力をさらに押し広げ、時にはヴァイオリンがピアノを従えて素晴らしい妙技を展開するようになります。
ヴァイオリンが自己主張する傾向はロマン派になるとさらに押し進められ、ここで聞けるフランクのヴァイオリンソナタはその頂点をなすものの一つです。
それにしても、これほどまでにロマン派らしいヴァイオリンソナタが他にあるでしょうか!まさに、ヴァイオリンという楽器の持つ妖艶な魅力をいかんなく振りまいています。
もともとユング君はこのような室内楽のジャンルはあまりにも渋すぎてどうも苦手でした。
でも、初めてフランクのヴァイオリンソナタを聞いたときは、「室内楽は渋いなんて誰が言ったの?」という感じでたちまち大好きになってしまいました。
誰だったでしょうか、この曲を聞くと、匂い立つような貴婦人が風に吹かれて浜辺に立っている姿がイメージされると言った人がいました。
まさにその通りです。
「どうも私は室内楽は苦手だ!」と言う方がいましたらぜひ一度お聞きください。
そんな先入観なんかは吹っ飛ばしてくれることだけは保証します。
聡明な演奏
ヴァイオリンという楽器には、他の楽器にはない悪魔性が存在しています。
パガニーニはその超絶技巧ゆえに「悪魔に魂を売った」と言われました。不思議なことに、リストの超絶技巧には「悪魔」のレッテルが貼られることはありませんでした。
それから、弾くものを次々と不幸にする「呪われたヴァイオリン」というものは存在しますが、同じように弾くものを次々と不幸にする「呪われたピアノ」等というものは聞いたことがありません。
そして、演奏に使ったヴァイオリンが呪われていたかどうかは分かりませんが、ヴァイオリンという楽器には、それを演奏する人間の心と体を蝕んでいくような「怖さ」を持っていることは疑いがないようです。
マイケル・レビンとクリスチャン・フェラスは薬物やアルコールにおぼれて自宅で不慮の死を遂げます。ヘンリック・シェリングは不慮の死は遂げなかったものの、その晩年は深刻なアルコール中毒に蝕まれていました。
また、ジネット・ヌヴーとジャック・ティボーは飛行機事故でその生涯を閉じていますし、コーガンも列車の中で心臓発作に見舞われて不慮の死を迎えています。
もちろん、こういう悲劇的な事は全体の母数からみればごく限られた事例であることは確かなのですが、それでも、そう言う悲劇に対してヴァイオリンという楽器は(おかしな言い方ですが)よく似合ってしまいます。
ですから、これもまたおかしな言い方なのですが、そう言う悪魔性に絡め取られないように、凛と背筋を伸ばして悪魔と対峙するようにヴァイオリンを演奏した人がいます。すぐに思い浮かぶのが、ジョコンダ・デ・ヴィートにミシェル・オークレール、そして、ここで紹介しているエリカ・モリーニあたりでしょうか・・・、って、みんな女性じゃないですか(^^;。
デ・ヴィートとオークレールは若くして第一線のソリストからは引退して教育活動に重点を置いてしまいましたが、モリーニは70歳過ぎまで第一線で活躍し続けました。そして、その引退後も20年近くの余生を過ごしたのですから、彼女こそは見事なまでに悪魔を飼い慣らしたヴァイオリニストだったのかもしれません。
ただ、残念なのは、驚くほどに録音が少ないことと、そのレパートリーが頑固なまでに狭いことです。
そして、共演者の選り好みも厳しかったのか、共演したピアニストはレオン・ポマーズとルドルフ・フィルクスニーの二人くらいです。そして、この二人との組み合わせもはっきりしていて、ベートーベンやモーツァルト、ブラームスのようなキッチリした作品はフィルクスニー、それ以外のもう少し肩のこらない作品の時はポマーズと組むという感じです。もちろん、ポマーズとは56年にブラームスのソナタを録音していますから例外はあります。
また、同じヴァイオリニストとしてはミルシテイン、指揮者で言えばワルターやセルが共演者のメインだったので、その選別の潔さは際だっています。
彼女の演奏を一言で言えば「聡明」という言葉が最もピッタリでしょう。そして、その事はデ・ヴィートとやオークレールにもあてはまるのですが、その事を最も強く感じさせてくれるのがモリーニです。
彼女は、自分という存在をよくわきまえていて、それ以上に見せようと力むこともなく、それ以下だと嫌らしく卑下することもなく、自分自身が納得できる音楽をひたすら追求し続けた人でした。ですから、そう言う音楽に相応しくない音楽家と組むことは絶対になかったのです。
結果として、彼女が残した録音の数は本当に少ないのですが、驚くほどの粒ぞろいです。そして、その音楽はどれもがモリーニに相応しく、背筋がしっかりと伸びた清潔な佇まいを崩すことはありません。そして、それはヴァイオリンという楽器がもっているある種の官能性とは遠いところにあるものなので、彼女以外では聞くことのできない佇まいを持っています。
フランクのソナタと言えばどうしても「匂い立つような貴婦人が風に吹かれて浜辺に立っている姿」がイメージされるのですが、此処に聞ける貴婦人の姿はこの上もなく高貴です。それはまた、モリーニ自身の姿であったのかもしれない、等と思ってしまいます。
よせられたコメント
2023-12-29:小林 正樹
- これはえらいものを聴いてしまった!20年前に聴きたかったなぁ。月並み表現やけど、ここにはヴァイオリンとピアノという組み合わせの「最高」の姿がありますね。まぁ録音のやり方にもあるのでしょうが(オンマイク?の面白さ)、これだけスコアに忠実に練習されて録音の本番で、ここまで美しく「芸術的に」仕上げるというのは、たとえ取り直しがあったとしても、凄いことです。この作品をかなりの数、本番と録音含めて聴いてきましたが、どれもこれも、相当な巨匠といわれる人たちのものでもどこかで、うーん難しいわなぁと思ってばかりでした。ところがどうだ!このお二人の凄いこと。アンサンブル「芸術」の極北ではないの?こんなのありえまへーんってなりましたわ。PCの前で演奏聴きながら、ひそかに体が指揮者の動きをしまして(よくあるでしょ)この作品はスコアを大体覚えてるので、ここあそこそれあれとやってるともう気分はジョージ・セルやぁ!!いやあ年の暮れにえらいもんを見つけましたわ。ええ年越しになります。
モリーニ+フィルクシュニー+ユングさん万歳や。ありがとうございました!
2024-04-17:大串富史
- フランクと、モリーニに。そして管理人様にも忘れずに感謝を申し述べつつ。
#アップしてくださった(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッティの演奏も、特にカサドシュの、管理人様曰く、いわゆる中国語で言うところの「大人」な演奏も引き付けられるのですが、うーん、わたし的にはフランクのこの曲はモリーニがよく似合うように感じます。特に第2楽章と第3楽章の、女の怖さ?を知れ!みたいな演奏は格別です(まて
そんなわけで、この曲は中国人の学生さんたちの日本語多人数レッスンのバックグラウンドミュージックの定番曲でして… 第1楽章が5分間休憩の長さにピッタリ、第4楽章が余韻を残しつつお疲れ様でしたーまたお会いしましょうーな曲調でピッタリなものですから。
#それにしてもフランクはいいですねー わたしの中ではバルトークと双璧です。今聴き巡りでベートーベンのピアノ・ソナタ第12番「葬送」まで来たですが、ごめんなさい勉強ということで聴かせていただいています。ラズモフスキーなんかは、おや?これは…とも思うのですが、うーん…
管理人様がアップしてくださった音源によるこうした聴き比べの悦は、クラシック音楽ファンとしては感謝以外の何物でもありません。ありがとうございます(りではなくざにアクセントが移った、ただただ感謝の意の発音)。この機会にエールもお送りしつつ。
#それで本題なのですが(違)、霜降り明星・粗品のクラシック音楽番組スタート「攻めているので玄人にも抜群の番組」(お笑いナタリー)というニュース報道を見て、今の時代の日本におけるクラシック音楽またクラシック音楽ファンの立ち位置というものを改めて再認識しました。「霜降り明星・粗品がナビゲーターを務めるクラシック音楽番組「読売日本交響楽団 粗品と絶品クラシック」(日本テレビ)が本日4月17日(水)深夜にスタートする」そうで、「第1回でスポットが当たるのはセザール・フランク作曲「交響曲ニ短調」だ」とのことです。これには納得です。まあもっとも、フランクがこの時代に生き返ってきてこれを知って喜ぶのかどうかは、うーん、うーん…
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