メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調, Op.64
(Vn)ヘンリク・シェリング:アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 1964年7月録音
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [1.Allegro molto appassionato]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [2.Andante]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [3.Allegretto non troppo - Allegro molto vivace]
ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
「完璧」さを追求する演奏スタイル
ピエール・モントゥと録音したブラームスの協奏曲を聞いたときに「悠然たるテンポとスケールで開始される導入部を聞くだけで、これが幸せな結果を招くであろう事は察しがつきます、と書きました。
それと比べれば、ドラティの音楽は楷書体です。もちろん、合わせものでも好き勝手をやるミンシュなどよりははるかに有り難い指揮者なのでしょうが、それが物足りないという人もいるかもしれません。しかし、シェリングのヴァイオリンさはただただ音の美しさで勝負するような音楽ではなくて、基本的には「硬派」、言葉をかえれば完璧なプロポーションを提示するところに真骨頂がありました。
その意味では、ドラティ&ロンドン交響楽団というバックアップは完璧な外枠をつくり出しています。
つまりは、完璧なプロポーションを持った外枠に、完璧なプロポーションを持ったシェリングのヴァイオリンが見事なまでにすっぽりと収まっているのです。
オケと独奏楽器が火花を散らすような音楽も良いのですが、お互いが音楽に対する共通理解を持って完璧な造形物をつくり出すような演奏もまた魅力的だと言うことをこの録音は教えてくれます。
録音は1964年と言うことですから、シェリングにとっては絶頂期と言える時期です。彼は、その後、己の演奏の完璧さを追求しすぎた結果、アルコールに頼らざるを得なくなってしまい、70年代に来日した頃には完全にアルコール依存症になっていました。
確かに、この完璧さを年を重ねても維持するのは容易なことではなかったのでしょう。
まあ、深みや重みに欠けるという人もいるでしょうが、こういう「完璧」さを追求する演奏スタイルは、ある意味ではその後のクラシック音楽の演奏スタイルを予告するような演奏だったのかもしれません。
最後にもう一つ付け加えれば、この録音はMercuryによるものなのですが、1961年にフィリップス・レコードに買収されてからは往年の凄みある音は聞けません。それが実に持って残念です。
もちろん、十分すぎるほどに優秀な録音ではあるのですが、Mercuryの本当の凄さを知っている人にとっては残念であることは理解していただけるでしょう。
よせられたコメント
2023-02-19:joshua
- 「70年代に来日した頃には完全にアルコール依存症に」といいますと、わたしが大阪フェスで聞いた演奏は、ちょうどその頃に当たります。集中して聞いたのは覚えていますが、格別感動したわけでもなく、さりとて演奏に破綻があったようにも思いませんでした。・・・依存症という事実が気になって英語版日本語版でWikiを読んでみましたが、そういう記述はみつけられませんでした。(よろしければ、この点に触れた出典をお知らせいただければ有難いです。)シェリングは、ポーランド特有のZを含むSzeryngと綴られます。(Szymon Goldbergも同様です。) 昔Szeryngのパイロットレコードが廉価版で出ていました。協奏曲がbachの2番、mozartのトルコ風、それにvitaliのシャコンヌが収められており、来日前に繰り返し聞いていました。何しろ、彼の演奏は清潔そのものであり、感情の発露といったものは求められません。その分、感動しにくいのかもしれませんが、心に残るものがあって、ふとした折にSzeryngで聞きたくなる、といった具合です。mozartの5番など、同時期聞いていた女流オークレールと大違い。どちらも好きですが、高貴さといいましょうか、その点で誰とも違う弾き方なのがSzeryngです。
このような楷書体風演奏が、また7か国語を操り、メキシコとポーランドの友好大使の役を務めてきた優等生的生き方が、Szeryngに過度の緊張を強いて、私生活でアルコールに頼ったにせよ、舞台上では立派でしたし、1988年69歳という若さでの脳出血死に至るまでに残してくれた録音は優れたものばかりでした。彼には妻や子、その他道楽という、芸術・政治以外に潤いを与えてくれるものが無かったのかもなあ、と凡人の私には気になってしまいます。
2023-02-20:アドラー
- 今までこの曲を色々な人の演奏で聞いてきたのです(誰の演奏がどうだったとか、あまり憶えていません)が、それらに比べ、この演奏が最も私の耳には入りやすいと感じます。“普通にいい曲のいい演奏”というか。。ということは、今まで私が聞いてきたのはどれも名人芸披露みたいな派手な演奏だったのかも、と思います。その点、この演奏は、きれいな音で内省的なところは内省的で、でも余り疲れずに聞けて、そういう意味でいいなあ、と思います。
アルコール依存症になったんですね。完璧を求めて?“完璧な演奏”と言ってもジョージ・セルとグールドでは意味が違うだろうし、シェリングはどういうのを“完璧”と考えていたのかな? 私には、例えばこれなど、完璧な演奏に思えるので、そう思うと、むしろ、シェリングにとっては完璧ということが壁になってしまって、それを突き破れない苦慮を、アルコールに頼ってぼやかそうとしたのかな、などと思ってしまいます。ともかく、気分良く聞けました(ということをアルコールを飲んでいたシェリングさんにお伝えしたい気持ちです)。
2023-02-22:koinu
- 記憶に間違いがなければ、今から40年前NHKFM放送をモノラルのラジカセでエアチェックでテープがすり切れるほど聴いた曲でした。懐かしく、こんな素晴らしい演奏だったと改めて認識しました。演奏がセルならと少し想像を豊かにしてしまいました。懐かしく素晴らしい演奏のアップに感謝です!!
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