サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品22
(P)ジャンヌ=マリー・ダルレ:ルイ・フーレスティエ指揮 フランス国立放送管弦楽団 1956年録音
Saint-Saens:Piano Concerto No.2 in G minor, Op.22 [1.Andante sostenuto]
Saint-Saens:Piano Concerto No.2 in G minor, Op.22 [2.Allegro scherzando]
Saint-Saens:Piano Concerto No.2 in G minor, Op.22 [3.Presto]
「J.S.バッハに始まり、オッフェンバックに終わる」とも言われることのあるこのコンチェルト

サン=サーンスのピアノ協奏曲の中では第4番と並んでこの第2番がもっとも有名です。
サン=サーンスと言えば凡庸で時代遅れの音楽を書き続けた音楽家というレッテルが定着しています。しかし、その評価の背景にはフランクに対するサン=サーンスの許し難い仕打ちと、その仕打ちを絶対に忘れることのなかったフランクの弟子達による集中砲火が大きく影響しています。
確かに、サン=サーンスの音楽には時代を切り開いていくような革新性は希薄でした。
しかし、多くの人が長い時間をかけて学ぶべき作曲上の技術に関してはわずか10代にして完璧に身につけていました。
そんなサン=サーンスの本質を鋭く見抜いていたのがベルリオーズでした。
彼は10代にして完璧に仕上げられているサンーサーンスの交響曲を見て「彼はすべてを知っているが、未熟さに欠けている」と喝破したのです。
サン=サーンスの魅力は、どの作品を見ても完璧に仕上げられていることです。
バッハから12音技法に至るまでの時代を貫く音楽技法の全てを完璧に身につけることによって、彼の作品はどれをとっても端正な美しさに彩られていました。
例えば、いきなりピアノカデンツァで始まるこの協奏曲の第1楽章は、明らかにバッハの音楽を想起させます。
それが第2楽章になると、急にオッフェンバックをおおわせるようなフレンチ・カンカン風の音楽になってしまうのですから驚かされます。
そして、最終楽章ではロマン派のコンチェルトらしい華やかで堂々としたフィナーレによって締めくくられるのですからみごとなものです。
そして、それら異質なものどもが見事に一つの形式の中に収まっているのです。
しかし、聞き終わってみて、何か物足りない部分が残ることも事実であり、その物足りなさの原因はと聞かれれば、それはおそらく「完璧に仕上げられている」からだろうと思ってしまうのです。
ベルリオーズの言葉を借りれば、まさにサン=サーンスに欠けていたのは「未熟」さであって、最後までそれは変わることはなかったのです。
「未熟」さに欠けると言うことは、反対側から光を当ててみれば、「自分の手に余る領域」には踏み込まなかったと言うことです。
そう言えば、ウィーンの人気ピアニストとして名声を獲得していたベートーベンは、そこで留まることは良しとせずに「これからは新しい道を進むつもりだ」と己を叱咤しました。
そして、ベートーベンは歴史に名を残す偉大な革命家となったのですが、そう言う泥田の中でのたうち回ることを良しとしなかったサン=サーンスは結果として偉大なる音楽の職人として人生を終えたのです。
とは言え、彼は偉大なる職人であったのです。
ですから、サン=サーンスの作品の全てを「凡庸」だと決めつけるのはいささか行き過ぎだったかもしれません。
「J.S.バッハに始まり、オッフェンバックに終わる」とも言われることのあるこのコンチェルトなどは、まさに見事なまでの職人の手になる逸品なのですから。
ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品22
- 第1楽章 Andante sostenuto
- 第2楽章 Allegro scherzando
- 第3楽章 Presto
エスプリに溢れたテクニック
これもまた中古レコード屋さんをめぐっていて出会った一枚です。実にもって、中古レコード屋とは一期一会の場です。
では、何故にこのレコードが目に止まったかというと、それは「ジャンヌ=マリー・ダルレ」というピアニストが私の視野には全く入っていない存在だったからです。クラシック音楽などと言うものを40年以上も聞いて生きてきたのですが、それでも偏りというものはあるものです。
一人の個人がクラシック音楽という広大な世界の隅から隅までめぐるのは到底不可能なことなのでしょう。それだけに、こういう出会いは大切にしたいと思うのです。
さて、このレコードのライナーノートにはサン=サーンスのフランス音楽史での位置づけや2曲の協奏曲の解説に大部分が費やされていて、ピアニストの「ジャンヌ=マリー・ダルレ」に関してはわずか5行程度しか費やされていませんでした。
おまけにその解説と言えば、すでに中年の婦人であるとか、フランス人らしいエスプリに溢れたテクニックなどと言うどうでもいいような内容しか記されていませんでした。
しかし、実際に聞いてみれば、これが素晴らしい演奏だったのです。レコードの盤質も良かったので、私としては二重丸の「獲物」でした。
そして、最初はわけの分からないと思った「エスプリに溢れたテクニック」という表現にもいたく感心させられたのです。限られた文字数の中では、なるほどこれは実に的確な表現だったと言わざるを得ませんでした。
「エスプリ」とはユーモアという意味ではなくて、英語の「ウィット」とは明らかに違います。それは、もしかしたら日本語の「粋」に近い心の有りようかもしれません。
「粋」の反対は「野暮」です。
このサン=サーンスの協奏曲はピアニストにとってはかなりの難曲と思われます。例えば、第2番の冒頭部分などはどこかバッハのトッカータかフーガを思わせる雰囲気があります。ただし、それをドイツ音楽のように重々しく演奏すればそれは阿保です。
そして、実はとんでもなく難しいことをやっているにもかからず、そう言う「汗」は微塵も見せず、たとえそれが「やせがまん」であってもどこまでも涼しげな表情で弾き終えなければいけないのです。
それは言うは容易く行うのはかなりの困難を伴います。そして、そこに楽曲を冷静に分析する乾いた知性も必須です。
ジャンヌ=マリー・ダルレの師はイシドール・フィリップです。そして、イシドール・フィリップの師はサン=サーンスでした。
演奏家においてはこういう系譜が意外と重要で、まさにフレンチ・ピアニズムの精華とも言うべき存在がジャンヌ=マリー・ダルレだったのです。
まあ、事はそれほど単純ではないのでしょうが・・・、それでももう一人の師がマルグリット・ロンだったのですから、師弟関係は血脈のようなものです。
なお、指揮者のルイ・フーレスティエに関してはほとんど詳しいことは分かりませんでした。1938年からパリ・オペラ座の首席指揮者を務め、1946年から翌年にかけてニューヨークのメトロポリタン歌劇場の指揮者を務めた事くらいしか分かりません。
この録音でも、とりわけ2番の協奏曲ではオーケストラ伴奏付きのピアノ独奏曲かと思うほどに、伴奏に徹してジャンヌ=マリー・ダルレを前面に押し出しています。
晩年は指揮の教育活動がメインだったそうですから、基本的には控えめなタイプの劇場指揮者だったのでしょう。
ちなみに、ジャンヌ=マリー・ダルレも教育活動に熱心だったようで、1958年から1975年まで母校であるパリ音楽院の教授をつとめていて、夏にはニースで講習をおこっていたようです。
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