クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

(P)カーゾン フィエルスタート指揮 ロンドン交響楽団 1959年6月22日?23日録音





Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第1楽章」

Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第2楽章」

Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第3楽章」


西洋音楽の重みからの解放

この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。

その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。

ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。

そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。

グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。

この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。

なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。
ですから、現在一般的に演奏される出版譜はこの改訂稿に基づいていますから、私たちがよく耳にする協奏曲と、グリーグを一躍世界的作曲家に押し上げた初稿の協奏曲とではかなり雰囲気が異なるようです。

いろいろな演奏を聴いてきた人には結構楽しめる録音


フェイエルスタートという指揮者に関してはほとんど情報がありません。かろうじて、60年代にオスロフィルの音楽監督をしていたくらいしか分かりません・・・と書こうとしていて、ふと思い出しました。
最晩年のフラグスタートが「神々の黄昏」でブリュンヒルデを歌ったときの指揮者がフェイエルスタートでした。トリスタンの録音でEMIと一悶着があって、表舞台からは引退していたフラグスタートが、地元のラジオ放送でブリュンヒルデを歌ったものです。
そして、デッカのカルーショーがそれに目をつけて、欠落部分のいくつかをセッション録音して完成させる時にもフェイエルスタートが起用されています。ということは、現在では全く忘れ去られた指揮者ですが、50年代から60年代にかけてはノルウェーを代表する指揮者の一人だったようです。

しかしながら、その指揮ぶりは現在の贅沢な耳からすればいささか心許ないものです。一部には「白熱の演奏」とか「日頃は聞き慣れない旋律線が浮かび上がってくる」などと評価している向きもあるようですが、何のことはない、オケのバランスをとるという基本的な能力に欠けているだけのような気がします。金管群はかなり思い切って鳴らし切っているのですが、それも「解釈」と言うよりは手綱が緩くてオケが好き勝手に振る舞っているという方が正解のような気がします。
全体的にアンサンブルも雑で、結果として、北欧の指揮者でありながら玲瓏な北欧的な雰囲気とは全く無縁な音楽に仕上がっています。

ところが、困ったことに、そのような雑な演奏でありながら、聞き進んでいくうちに不思議な迫力に変な魅力を感じてくるのです。そして、それが、カーゾンの極めて端正でありながら冴え冴えとしたクリアなピアノの響きと出会うと、何とも言えない「異種格闘技」のような面白さに引き込まれていくのです。
それにしても、カーゾンという人は絵に描いたようなイギリスのジェントルマンです。どんなにへんてこな人間が目の前に現れようと、表情一つかえることなく紳士的に対応する「したたかさ」には心底感心させられます。

おそらく、スタンダードな演奏にはならないでしょうが、さんざんいろいろな演奏を聴いてきた人には結構楽しめる録音なのではないでしょうか。

よせられたコメント

2012-11-29:ヨシ様


2016-01-15:Sammy


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