ドヴォルザーク:スラブ舞曲 第2集 作品72
カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1959年12月21日録音
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Odzemek (E minor)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Dumka (B major)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Skocna (F major)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Dumka (Dm major)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Spacirka (Bm minor)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Polonaise (Bm major)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Kolo (C major)]
Dvorak:Slavonic Dances Op.72[Sousedska (Am major)]
メランコリックで美しい旋律を持った作品が多い
スラブ舞曲の予想以上の大成功に気をよくした出版業者のジムロックは早速に第2集の作曲をドヴォルザークに依頼します。しかし、第1集の大成功で名声を確立したドヴォルザークは、彼が本来作曲したかったような作品の創作へと向かっていました。速筆のドヴォルザークにしては珍しく時間をかけてじっくりと取り組んだピアノ三重奏曲ヘ短調やヴァイオリン協奏曲、交響曲の6番、7番などが次々と生み出されるのですが、スラブ舞曲の第2集に関しては固辞していました。
しかし、その様な「大作」だけでは大家族を養っていくことは困難だったようで、ある程度の稼ぎを得るためには「売れる」作品にも手を染めなければいけませんでした。そして、その様な仕事はドヴォルザークの心をブルーにし、鬱屈した思いが募っていきました。そんな、ドヴォルザークに妻のアンナは散歩に出かけることをよくすすめたそうです。
すると、ドヴォルザークは葉巻を一本加えては汽車を見に行きました。ドヴォルザークにとって音楽の次に好きだったのが汽車だったのですが、その大好きな汽車を眺めているうちに鬱屈した思いも消え去って、再び元気になって帰宅したというエピソードが残されています。
そんなドヴォルザークに対してジムロックはついに第1集の10倍という破格のギャラで第2集の作曲をドヴォルザークに懇願します。はたして、この金額が彼の心を動かしたのかどうかは定かではありませんが、今まで断り続けてきたこの仕事を、1886年になってドヴォルザークは突然に引き受けます。そして、わずか一ヶ月あまりで4手のピアノ楽譜を完成させてしまいます。
もちろん、だからといって、この第2集はお金目当てのやっつけ仕事だったというわけではありません。
ドヴォルザークは第1集において、この形式においてやれるべき事は全てやったという自負がありました。それだけに、これに続く第2集を依頼されても、それほど簡単に第1集を上回る仕事ができるとは思えなかったのもこの仕事を長く固持してきた理由でした。ですから、彼が第2集の仕事を引き受けたときには、それなりの成算があってのことだったのでしょう。
この第2集では、チェコの舞曲は少ない数にとどめ、他のスラブ地域から様々な形式の舞曲が採用されています。また、メランコリックで美しい旋律を持った作品が多いのもこの第2集の特徴です。明らかに、第2集の方が成功をおさめた巨匠のゆとりのようなものが感じ取れます。そう言う意味では、第1集よりはこちらの方が好きだという人も多いのではないでしょうか。
なお、この第2集もピアノ用に続いてオーケストラ版も出版されて、今ではそちらの方が広く流布しています。
- 第1番:モルト・ヴィヴァーチェ ロ長調 4分の2拍子
- 第2番:アレグレット・グラッティオーソ ホ短調 8分の3拍子
- 第3番:アレグロ ヘ長調 4分の2拍子
- 第4番:アレグレット・グラッティオーソ 変ニ長調 8分の3拍子
- 第5番:ポーコ・アダージョ 変ロ短調 8分の4拍子
- 第6番:モデラート・クアジ・ミヌエット 変ロ長調 4分の3拍子
- 第7番:アレグロ・ヴィヴァーチェ ハ長調 4分の2拍子
- 第8番:グラッティオーソ・エ・レント・マ・ノン・トロッポ クアジ・テンポ・ディ・ヴァルセ 変イ長調 4分の3拍子
音楽の活力と熱気が素晴らしい
ベルリン放送交響楽団との演奏はすでに紹介してあります。とにかく力強く、逞しいスラブ舞曲であり、この作品の一つの完成形とも言えるセル&クリーブランド管弦楽団によるステレオ録音と基本的なスタンスはそれほどの違いはないように思われました。
この両者の演奏にはいわゆるスラブ的な土くささみたいなものが全くなて、スコアをそのまま何の衒いもなく音にしているだけなのに、何故か深い感情がにじみ出てくるところに魅力があります。
ただし、アンチェルの演奏にはセルのスタイリッシュさのかわりに力強さが前面に出てくるのです。
そして、不思議な話なのですが、土臭さは排除しているように見えながら、その力強さの奥から「民衆」というものが持っている「強さ」が浮かび上がってくるのです。そして、それはもしかしたら、もっとも奥深いところから表現された「民族性」かもしれません。
なお、アンチェルにはこのベルリン放送交響楽団との録音以外に以下の録音があります。
- スラブ舞曲 第1集 作品46:ウィーン交響楽団 1958年録音
- スラブ舞曲 第2集 作品72:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1959年12月21日録音
ウィーン交響楽団との第1集の方はベルリン放送交響楽団との録音とそのスタンスはほぼ同一です。60年録音のベルリン放送交響楽団の方もモノラル録音なので、その面での差異もありません。そして、ベルリン放送交響楽団は、放送交響楽団という性質故か響きがニュートラルな傾向があるのに対して、ウィーン交響楽団の方はもう少し色合いが濃いようには感じます。
その色ゆえにか、音楽の活力と熱気はウィーン交響楽団の方が魅力的かもしれません。、
面白いのは手兵のチェコ・フィルと演奏した第2集の方です。これは、ライブ録音なのですが、第1曲からエンジンフル回転で、ティンパニーは轟き、シンバルは炸裂するという熱気溢れる演奏になっています。そして、聴衆も一曲が終わるごとに拍手がわき上がりそのテンションの高まりは尋常ではありません。
こういう録音を聞くとライブとスタジオ録音の違いを痛感するのですが、それでも、普通ならばこの熱気に煽られて最後は暴演になってしまいそうなのに、それでもギリギリのところでオケをコントロールしきっているあたりはさすがはアンチェルだと感心させられます。
ただし、録音の周波数帯域が狭いのでしょう、全体としてくぐもった感じの音質になっているのが残念です。
最後に些か余談かもしれませんが、アンチェルほど悲劇的な人生を強いられた指揮者はいません。
第2次大戦下ではナチスによって家族は収容所で皆殺しにされ、戦後もまた独裁体制に反抗し、アメリカ演奏旅行中におこった「チェコ事件」によって母国を捨てざるを得ませんでした。
しかし、それでも彼の中には民衆が持つ「本当の強さ」への希望があったのかもしれません。このスラブ舞曲ではそう言うアンチェルの願いのようなものが聞こえてくるような気がします。
そして、彼が亡くなった1973年から10数年後に、チェコ・スロヴァキアは流血の惨事を招くことなく民主化を実させました。
その革命は「ビロード革命」と呼ばれ、そこにはアンチェルが希望を託した「民衆」の真の強さが発揮された場面だったように思えてくるのです。
まあ、そこまで書くと深読みが過ぎるかもしれませんが、それでもこの力強いスラブ舞曲は他では聴けない演奏であることは事実です。
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