J.S.バッハ:アリア(管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068より)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1961年録音
J.S.Bach:Air from Orchestral Suite No.3
レクイエム的雰囲気はヴァイオリン一丁では難しいですね

「G線上のアリア」という方が分かりやすい作品ですが、原曲は言うまでもなく管弦楽組曲第3番の第2楽章の「アリア」です。G線上のアリアというのは、演奏会でのアンコールピースとしてヴァイオリン独奏用に編曲されたものです。
ヴァイオリン一丁で演奏されるG線上のアリアも素晴らしいですが、できれば原曲の弦楽合奏で聞いた方がはるかに聴き応えがあります。
そう言えば、古い話になるのですが、阪神・淡路大震災の直後に行われた小沢とN響によるコンサートで、哀悼の意を込めてプログラムの前にこの曲が演奏されました。あのレクイエム的雰囲気はヴァイオリン一丁ではだしにくい性質のものだと思います。
それにしても、バッハの音楽は強靱です。これほど、様々に編曲される作曲家は他にはいません。楽器編成や、時には楽器その物を別のものに取り替えたりして、逆にこのアリアのように編曲版の方が有名になっているものもたくさんあります。
そして、驚かされるのは、どんなに編曲を施されても、やはりバッハはバッハのままで存在し続けています。
この辺が、壊れやすいモーツァルトとは大きな違いです。
映画「アマデウス」で、モーツァルトがこんな事を話しています。
「音符一つなくなっただけで、音楽は損なわれ、小節一つを削られれば、すべては台無しになる」
この壊れやすさがモーツァルトの魅力でもありますが、それに反してバッハの魅力の一つは、これとは正反対の強靱さにあります。どれだけ変更を加えられても、バッハの本質は揺るぎもしません。
そう言えば、とんでもなく古い時代の話になるのですが、まだネット上で音楽を実際に聞いてもらうにはMIDIが主流だった時代がありました。
その時にふと気づいたのは、やけにバッハが多いなと言うことです。
確かに、音符の数が少ないので打ち込みが楽だと言うこともあります。しかし、それ以上に、打ち込んだだけの状態でも十分にバッハらしく聞こえると言うことも無視できないと思います。
それほどまでに、バッハは強靱な存在なのです。
とはいえ、やはり原曲の魅力に勝るものはありません。
後ろを見ながら前へと進んでいった人
カール・リヒターとクルト・レーデルはともにミュンヘンを活動の拠点として、ほぼ同じ時期に活動してたいことに気づいて不思議な感情を抱きました。
50年代の初め頃、カール・リヒターは無名の若者であり、ミュンヘンの街角で「僕たちと新しい音楽をやりませんか」と言いながらビラをまいては仲間を集めていました。それに対して、クルト・レーデルはすでにフルーティストとしての地位を築いており、1952年にはミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団を創設して指揮者としての活動をはじめます。
しかし、両者の音楽感は対照的なものでした。
そして、言うまでもなく後世に大きな影響を与えたのはリヒターの峻厳にして厳格なバッハ演奏でした。そして、その演奏は後の時代にピリオド演奏という潮流が大きな影響力を持つようになっても、そして彼らがリヒターの演奏をどれほど批判しようとも多くの聞き手はリヒターを見捨てることはありませんでした。
それに対して、レーデルの音楽はリヒターと較べれば極めて保守的でした。
もっとも、保守的と言っても当時の巨匠たちが常識としていた重厚長大な演奏と較べれば、それは疑いもなくこの時代における古楽復興の一翼を担うものでした。しかし、おそらく、そう言う50年代の古楽復興のムーブメントの中にレーデルの演奏をおいてみれば、それはもっとも保守的な部類にはいると言わざるを得ないでしょう。
彼らは60年代にエラートを中心として熱心に録音活動を行い多くの賞も取ってその時代においては一定の支持を得ていました。しかし、時代が過ぎるにつれて彼らの存在は遠ざかり、いつしかほとんどの人の記憶からは消え去ってしまいました。現在では、デジタル化されてCDとなっている録音は彼らの業績から見ればごく僅かであり、その多くがすでに廃盤となってしまっているようです。
しかし、この世知辛い世の中において、今一度彼らの演奏を聞くと、そのゆったりとした穏やかな音楽の作り、そして何よりも低声部にそれなりの厚みを持たせたふくよかな響きは、苛立ちささくれだった気持ちを鎮めてくれます。
そして、ひたすら前ばかりを見つめて突き進んできた「今」のあり方に対する一つの疑問を提起してくれるような気がします。
ここで紹介している録音は中古レコード屋さんの300円均一コーナーに投げ込まれていた一枚です。収録されていたのは以下の6曲です。
- パッヘルベル:カノン ニ長調
- パッヘルベル:シャコンヌ ヘ短調
- J.S.バッハ:アリア(管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068より)
- J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調, BWV 565
- J.S.バッハ:幻想曲とフーガ イ短調, BWV 904
- J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
パッヘルベルはともかくとして、バッハに関して言えば緩い音楽と言われても仕方がないでしょう。しかし、その「緩さ」がなんだか妙に魅力的に思えてくるのです。
バッハのオルガン曲の編曲も色彩の豊かさよりはオルガンが持つ響きを管弦楽に置き換えたようで聞いていて心が落ちつきます。有名なアリアもこうやってふくよかな響きで歌い上げてくれた方が一つの救いとなるような気がするのです。
そう言えば、ポール・ヴァレリーがこんな事を言っていました。
湖に浮かべたボートをこぐように人は後ろ向きに未来へ入っていく。目に映るのは過去の風景ばかり、明日の景色は誰も知らない
レーデルとはまさに後ろを見ながら前へと進んでいった人なのかもしれません。
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