クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:交響曲第40番ト短調 K.550(Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550)

エーリッヒ・クライバー指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1949年4月録音(Erich Kleiber:London Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1949)



Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]


これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。

内なるロマンティシズム


エーリヒ・クライバーと言えば直線的でキリリと引き締まった演奏をする人というのが通り相場です。
そして、そういう評価に改めて納得させられるのが、最晩年にDECCAに残した録音です。

このDECCA録音といえば、真っ先に思い浮かぶのがベートーベンの一連の交響曲でしょうか。

  1. ベートーヴェン:交響曲第3番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年

  2. ベートーヴェン:交響曲第3番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年

  3. ベートーヴェン:交響曲第5番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年

  4. ベートーヴェン:交響曲第6番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年

  5. ベートーヴェン:交響曲第6番 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1948年

  6. ベートーヴェン:交響曲第7番 コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年


それと、モーツァルトの「フィガロの結婚」やリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」あたりでしょうか。

  1. R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団 録音:1954年

  2. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団1955年


コンセルトヘボウ管弦楽団tとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団というのもポイントが高いです。

エーリヒ・クライバーが指揮者という道を志す決定的な転機となったのは、少年時代にグスタフ・マーラーが指揮する自作の交響曲6番「悲劇的」を聴いた体験であったと伝えられています。
そして、若いころの録音を聞いてみると、なるほど彼の指揮者としての原点はマーラーだったのだと納得がいく録音が数多くあります。
例えば、このあたり・・・。

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」 op.314
エーリヒ・クライバー指揮 シュターツカペレ・ベルリン 1923年録音


そういうことを思い浮かべながら晩年のDECCA録音を聞いてみると、彼がその生涯において、どれほど遠くまで歩いて行ったのかと感心させられます。
とはいえ、晩年になってもそういう心の内が漏れ出すこともありました。

スメタナ:「我が祖国」から「ヴィシェフラド(高い城)」
エーリヒ・クライバー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 1954年11月録音


こういう主情的な演奏が晩年にも聞けるので、その原点は彼の心の奥深くに生き続けていたのでしょう。
ですから、エーリヒがただのザッハリヒカイトなだけの指揮者ではなかったことはよく見ておく必要があります。

このあたり、本質的にはセルと似ていたのかもしれません。
DECCA録音のモーツァルトはこの40番だけですが、よく似ています。

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