ベートーベン:交響曲第8番ヘ長調 作品93
ヘルマン・シェルヘン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団:1954年9月録音
Beethoven:Symphony No.8 in F major , Op.93 [1.Allegro Vivace E Con Brio]
Beethoven:Symphony No.8 in F major , Op.93 [2.Allegretto Scherzando]
Beethoven:Symphony No.8 in F major , Op.93 [3.Tempo Di Menuetto]
Beethoven:Symphony No.8 in F major , Op.93 [4.Allegro Vivace]
谷間に咲く花、なんて言わないでください。
初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。
しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。
たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。
それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。
おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。
マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。
8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。
しかし、私の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。
急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。
そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます
古典的均衡の中で追求した新しい試みが目に見えるように再現されています
ヘルマン・シェルヘンという名前が強く結びついている録音と言えばルガーノ放送管弦楽団とのベートーベン交響曲全集でしょう。1965年の1月から4月にかけて一気呵成にライブ録音で収録されたものですが、売り文句が「猛烈なスピードと過激なデュナーミク、大胆な解釈で荒れ狂う演奏」と言うのですから、まあ、大変なものです。
そして、その全集録音は「ト盤」という言葉結びつき、それ故に「爆裂指揮者」という有り難くもないレッテルを貼られてしまった原因ともなった録音です。
しかし、彼には50年代にもう一つ、革新的でもあり、真っ当でもある全集録音があります。
それが「Westminsterレーベル」によって以下の順で録音された全集です。
なお、録音データに関しては「Westminster」と「TAHRA」では食い違いがあるのですが、ここでは「Westminster」のデータを採用しておきました。
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第7番イ長調 作品92:1951年6月録音
交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」:1951年6月録音
交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」:1953年7月録音
交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」:1953年10月録音
交響曲第1番ハ長調 作品21:1954年10月録音
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団:1954年9月録音
交響曲第2番ニ長調 作品36
交響曲第4番変ロ長調 作品60
交響曲第5番ハ短調 作品67運命」
交響曲第8番ヘ長調 作品93
二つのオーケストラを振り分けているのですが、その振り分けたオーケストラによって明らかにテイストが異なります。
それから、すでにふれたこともでもあるのですが、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というオーケストラの実態についてもう一度確認しておきます。
一般的に考えれば、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」は「ウィーン国立歌劇場」のオーケストラと言うことになります。
その歌劇場のメンバーの中から入団が認められたものによって結成されているのがウィーンフィルと言う自主団体ですから、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式が成立するのです。
しかし、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットがよく登場するウェストミンスターの録音では、それは「国立歌劇場」のオケではなくて、オペレッタなどを上演する「フォルクスオーパー」のオケだったらしいのです。
ですから、ここでは「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式は成立しないのです。
ただしボールト指揮による「惑星」の録音のように「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」を意味している可能性が感じられるものもあるから困ってしまいます。
そこで、さらに調べてみると、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが、そのまま「国立歌劇場」のオケであるときもあるようななのです。
何ともややこしい話なのですが、それでも「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」とクレジットされているオーケストラのの大部分は「フォルクスオーパー」のオケか、「歌劇場メンバー」による臨時編成のオケだったらしいです。
そして、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」はウィーンフィルとはかなりメンバー的には異なる団体のように思われます。
それは同じクレジットであっても、ボールト指揮の「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」では、オーケストラの響きの質が全く異なるからです。
さらに言えば、2番・4番・5番・6番を演奏したロイヤルフィルと較べれば、そのアンサンブル能にはかなりの開きがあるからです。
しかしながら、よく言われるように、この世の中に悪いオーケストラというものは存在していなくて、いるのは悪い指揮者だけです。
そして、ここでのシェルヘンは決して悪い指揮者ではないですし、彼が表現しようとしていることは隅から隅まで明らかです。
シェルヘンがここで目指しているのはベートーベンが試みた新しいチャレンジを誰の耳にも明らかになるように提示することでした。
例えば、エロイカにおいては、ベートーベンが徹底的に追求した「デュナーミクの拡大」を誰の耳にも明らかなように提示してみせようとしていました。
そのために、シェルヘンはやや遅めのテンポを採用して、構成要素が反復され、変形されていく過程で次々と楽器が積み重なっていく様子が、まるで目で見えるかのような鮮やかさで提示してみせました。
なぜかよく分かりませんが、53年に録音した「エロイカ」はその2年前に録音された6番や7番と較べるとそのあたりがかなりうまくいっています。もちろん、録音のクオリティが飛躍的に向上した事も寄与しているのでしょうが、そう言う細かい部分を執拗に追求するシェルヘンの指示に十分応えていました。
もしかしたら、オーケストラのクレジットはともに「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」なのですが、メンバー的には随分と入れ替わっているのかもしれません。
そして、このロイヤルフィルかそう言う執拗なシェルヘンの要求に対して見事に追随しています。
例えば第4番の交響曲では、ベートーベンが古典的均衡の中で追求した新しい試みは目に見えるように再現されています。
そして、彼の最晩年におけるルガーノにおける録音は、そう言うシェルヘンの指示に追随しきれないオケのふがいなさにぶち切れてしまった結果だったことに気づくのです。
そう言えば、ルガーノでの第9のリハーサルで、フィナーレに向けたアッチェレランドにオケがついて行けずに崩壊してしまい、シェルヘンが激怒したという話を聞いたことがあります。
しかしながら、ウェストミンスターによる第9の録音ではそんな無茶はしていませんから、ルガーノでの全集では、「これが最後!」という思いもあって要求水準を上げたのかもしれません。
そして、その要求にオケはついて行けず華々しく砕け散ったのです。
そう言う意味では、このロイヤルフィルを指揮して録音したウェストミンスター録音こそが、シェルヘンの意図がもっともいい形で残されたものだと言えそうです。
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