シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759
セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1960年3月12&19日録音
Schubert:Symphony No.7(8) in B
Schubert:Symphony No.7(8) in B
わが恋の終わらざるがごとく・・・
この作品は1822年10月30日に作曲が開始されたと言われています。しかし、それはオーケストラの総譜として書き始めた時期であって、スケッチなどを辿ればシューベルトがこの作品に取り組みはじめたのはさらに遡ることが出来ると思われています。
そして、この作品は長きにわたって「未完成」のままに忘れ去られていたことでも有名なのですが、その事情に関してな一般的には以下のように考えられています。
1822年に書き始めた新しい交響曲は第1楽章と第2楽章、そして第3楽章は20小説まで書いた時点で放置されてしまいます。
シューベルトがその放置した交響曲を思い出したのは、グラーツの「シュタインエルマルク音楽協会」の名誉会員として迎え入れられることが決まり、その返礼としてこの未完の交響曲を完成させて送ることに決めたからです。
そして、シューベルトはこの音楽協会との間を取り持ってくれた友人(アンゼルム・ヒュッテンブレンナー)あてに、取りあえず完成している自筆譜を送付します。しかし、送られた友人は残りの2楽章の自筆譜が届くのを待つ事に決めて、その送られた自筆譜を手元に留め置くことにしたのですが、結果として残りの2楽章は届かなかったので、最初に送られた自筆譜もそのまま忘れ去られてしまうことになった、と言われています。
ただし、この友人が送られた自筆譜をそのまま手元に置いてしまったことに関しては「忘れてしまった」という公式見解以外にも、借金のカタとして留め置いたなど、様々な説が唱えられているようです。
しかし、それ以上に多くの人の興味をかき立ててきたのは、これほど素晴らしい叙情性にあふれた音楽を、どうしてシューベルトは未完成のままに放置したのかという謎です。
有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。
また、別の説として前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかったと言う説もよく言われてきました。
しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでそのように主張するなら分かるのですが、凡人がそんなことを勝手に言っていいのだろうかと言う「躊躇い」を感じる説ではあります。
ただし、シューベルトの研究が進んできて、彼の創作の軌跡がはっきりしてくるにつれて、1818年以降になると、彼が未完成のままに放り出す作品が増えてくることが分かってきました。
そう言うシューベルトの創作の流れを踏まえてみれば、これほど素晴らしい2つの楽章であっても、それが未完成のまま放置されるというのは決して珍しい話ではないのです。
そこには、アマチュアの作曲家からプロの作曲家へと、意識においてもスキルにおいても急激に成長をしていく苦悩と気負いがあったと思われます。
そして、この時期に彼が目指していたのは明らかにベートーベンを強く意識した「交響曲への道」であり、それを踏まえればこの2つの楽章はそう言う枠に入りきらないことは明らかだったのです。
ですから、取りあえず書き始めてみたものの、それはこの上もなく歌謡性にあふれた「シューベルト的」な音楽となっていて、それ故に自らが目指す音楽とは乖離していることが明らかとなり、結果として「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思われます。
この時期の交響曲はシューベルトの主観においては、全て習作の域を出るものではありませんでした。
彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8(9)番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。
その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。
ちなみに、この忘れ去られた2楽章が復活するのは、シューベルトがこの交響曲を書き始めてから43年後の1865年の事でした。ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによってこの忘れ去られていた自筆譜が発見され、彼の指揮によって歴史的な初演が行われました。
ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。
- 第1楽章:アレグロ・モデラート
冒頭8小節の低弦による主題が作品全体を支配してます。この最初の2小節のモティーフがこの楽章の主題に含まれますし、第2楽章の主題でも姿を荒らします。
ですから、これに続く第2楽章はこの題意楽章の強大化と思うほど雰囲気が似通ってくることになります。また、この交響曲では珍しくトロンボーンが使われているのですが、その事によってここぞという場面での響きに重さが生み出されているのも特徴です。
- 第2楽章:アンダンテ・コン・モート
クラリネットからオーベエへと引き継がれていく第2主題の美しさは見事です。
とりわけ、クラリネットのソロが始まると絶妙な転調が繰り返すことによって何とも言えない中間色の世界を描き出しながら、それがオーボエに移るとピタリと安定することによって聞き手に大きな安心感を与えるやり方は見事としか言いようがありません。
光と影の世界
セルの録音はなかなか初発年が確定できずに困っていました。仕方がないので、古本屋をあさって入手した「洋楽レコード総目録」を使って国内での初発年を調べて、それをもとに音源をアップしていました。
たとえば、このシューベルトの未完成も録音は1960年に行われているのに、国内での初発年は1964年でした。おそらく、アメリカではもっと早い時期に発売されていると思うのですが、なかなか確認することが出来ませんでした。こういうサイトをやっていて、一番もどかしくもあり、困難を感じる問題です。
しかし、最近になって、Googleが「Billboard誌」をデジタル化してくれていて、検索も出来ることを発見しました。ですから、そのページで「Szell Schubert」でも検索すれば、この録音に関する記事が「1962年4月28日」に発売された「Billboard誌」に掲載されていることがすぐに分かります。と言うことは、初発年は間違いなく1962年であり、2013年には間違いなくパブリックドメインと鳴っていたことが確認できます。
これは実に便利です。
さて、このセルによる「未完成」ですが、ワルターの演奏とは対極にあるような演奏です。しかし、半音階転調を繰り返して光と影が微妙に交錯するシューベルト的な世界をこれほど緻密に描き出している演奏は滅多にありません。今もって、素晴らしい演奏の一つだと言えます。
よせられたコメント
2014-10-06:半世紀前の小学生
- 小学校の音楽の授業で「未完成」を聴いたのがきっかけで、生まれて初めて買ったレコードがこれでした。
<ジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団>
コロムビア・ステレオ・セブン (17cmのステレオLPのことだと書いてあります)
黒田恭一氏の解説付きで、当時500円もしました。
親に買ってもらったポータブルのレコードプレーヤーでよく聴いたものです。
今回は、MP3 と FLAC 両方でダウンロードさせて頂きました。
あの頃簡素なプレーヤーで聴いていたこの曲を、今、こんなにいい音で聴くことができて、懐かしさと嬉しさで感激しています。
2014-09-22:フラヴィウス
- 充実した良い演奏ですね。
如何に演奏するかと言う意味で、規範となるし、本当に感心しました。
未完成って、ピアニシモの所では楽器の数が多くて、指揮者の締め付けが弱いとダイナミクスの指示が混乱しますね。
近隣の大学のオーケストラで聴くと、そんな印象ばかりです。
熱演で何とかなるのとは異なる種類の音楽だと感じます。
そんな意味は、はるかに凌駕されていて、当然ですが、聴けて良かったと思いました。
アファナシェフの演奏する、シューベルトのピアノソナタの様な、脳性梅毒の進行と30歳代での死が迫る、作曲家シューベルト感とは、距離が遠いです。
無関係な健康的な演奏です。
もちろん、ワルターのウイーンでの演奏とも距離があります。
第一楽章がゆったりとした四分の三拍子。
第二楽章の方が優れているような気もしますが、冒頭の旋律と低音との組み合わせなんか天才以外の何物でもない着想。
そして、同じ程度の長さの、やはりゆったりとした四分の三拍子。
第三楽章のスケッチが、やっぱり四分の三の舞曲。ワルツやメヌエットというよりも、レントラー舞曲かな・・・。
その為に、残された二つの楽章で充実感が出るように、第二楽章に重きを置いて、よりゆったりと演奏する。
もしも、少し早目のテンポでやると、交響曲が途中でブチ切れたように終わった感じでしょうね。
多分。
自分も、名曲と信じ込んでいるし、聴き慣れていて、こんな物だと思っているのですが・・・。
2014-09-17:ヨシ様
- セルのシューベルト「未完成」素晴らしいですね。
ちなみにセルの最後のスタジオ録音の一つ、シューベルト「ザ・グレート」
同じ最後の録音のドボルザーク、日本公演ライブ盤と共に愛聴盤です。
2016-02-04:nakamoto
- シューベルトのメロディメーカーとしての天分は、異常です。吉田秀和は、奇跡的な天才と、評しています。大作曲家には、大変なメロディメーカーが、沢山存在しますが、シューベルトのメロディには、一音一音に、魂が強く入り込んだパワフルなものです。カラヤン、フリッチャイ、と、この曲を聴いて、セルの未完成は、如何なのだろう?と思い、聴いてみました。セルの音作りは、全ての音を鮮烈に鳴らし切っているので、シューベルトのあらゆる勝れた音が、完全に鳴っていて、ワルターやフリッチャイのように、深いロマン性こそ、王道なのかも知れませんが、セルの的確なパンチの聴いた音こそ、この作品を、最も魅力的に細部まで鳴らせていると感じました。セルのシューベルトは、最高です。シューベルトの魂に、触れられたと、とても、満足な思いをさせて貰いました。
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