チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」
バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィル 1953年6月29&30日録音
Tchaikovsky:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 「第1楽章」
Tchaikovsky:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 「第2楽章」
Tchaikovsky:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 「第3楽章」
Tchaikovsky:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 「第4楽章」
私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。
チャイコフスキーの後期の交響曲は全て「標題音楽」であって「絶対音楽」ではないとよく言われます。それは、根底に何らかの文学的なプログラムがあって、それに従って作曲されたというわけです。
もちろん、このプログラムに関してはチャイコフスキー自身もいろいろなところでふれていますし、4番のようにパトロンであるメック夫人に対して懇切丁寧にそれを解説しているものもあります。
しかし6番に関しては「プログラムはあることはあるが、公表することは希望しない」と語っています。弟のモデストも、この6番のプログラムに関する問い合わせに「彼はその秘密を墓場に持っていってしまった。」と語っていますから、あれこれの詮索は無意味なように思うのですが、いろんな人が想像をたくましくしてあれこれと語っています。
ただ、いつも思うのですが、何のプログラムも存在しない、純粋な音響の運動体でしかないような音楽などと言うのは存在するのでしょうか。いわゆる「前衛」という愚かな試みの中には存在するのでしょうが、私はああいう存在は「音楽」の名に値しないものだと信じています。人の心の琴線にふれてくるような、音楽としての最低限の資質を維持しているもののなかで、何のプログラムも存在しないと言うような作品は存在するのでしょうか。
例えば、ブラームスの交響曲をとりあげて、あれを「標題音楽」だと言う人はいないでしょう。では、あの作品は何のプログラムも存在しない純粋で絶対的な音響の運動体なのでしょうか?私は音楽を聞くことによって何らかのイメージや感情が呼び覚まされるのは、それらの作品の根底に潜むプログラムに触発されるからだと思うのですがいかがなものでしょうか。
もちろんここで言っているプログラムというのは「何らかの物語」があって、それを音でなぞっているというようなレベルの話ではありません。時々いますね。「ここは小川のせせらぎをあらわしているんですよ。次のところは田舎に着いたうれしい感情の表現ですね。」というお気楽モードの解説が・・・(^^;(R.シュトラウスの一連の交響詩みたいな、そういうレベルでの優れものはあることにはありますが。あれはあれで凄いです!!!)
私は、チャイコフスキーは創作にかかわって他の人よりは「正直」だっただけではないのかと思います。ただ、この6番のプログラムは極めて私小説的なものでした。それ故に彼は公表することを望まなかったのだと思います。
「今度の交響曲にはプログラムはあるが、それは謎であるべきもので、想像する人に任せよう。このプログラムは全く主観的なものだ。私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。」
チャイコフスキーのこの言葉に、「悲愴」のすべてが語られていると思います。
眩しいまでの若さが溢れる演奏〜1953年のデッカ録音
帝王カラヤンと人気を二分したバーンスタインですが、その残された業績には様々な評価が入り乱れてなかなか一致点を見いだすのは難しいようです。取りあえず、彼の指揮者としてのキャリアを振り返ってみれば、以下の3期に分けられることには誰も異存はないでしょう。
(1)1943年〜1958年 衝撃のデビュー・コンサートからニューヨーク・フィルの常任指揮者就任まで
(2)1958年〜1969年 ニューヨーク・フィルの常任指揮者時代
(3)1969年〜1990年 ニューヨーク・フィルの常任指揮者を辞任してから亡くなるまで
この3期を、ホップ・ステップ・ジャンプと捉えて、客演指揮者として世界中のオケを指揮してまわった晩年をベストとする人と、そうではなくてニューヨークフィルの常任指揮者として活躍していた時期こそがベストだと言う人と、大きく分けて二分されるようです。
晩年の超絶的スローテンポの演奏を重厚で円熟の極みと褒めちぎる人もいれば、どうにも「付き合いきれんなぁ・・・!」と言う人も少なからず存在して、そう言う連中は「荒さはあってもニューヨークフィル時代がベスト!」なんて言っていました。
ユング君は、それぞれの時期にいい録音もあればあまりよくないものもあるという当然の前提はふまえながら、それでも二択を迫られれば迷うことなく若い時代を選ぶ人でした。
余談になりますが、バーンスタインが最晩年にイスラエルフィルを帯同した来日公演で演奏したマーラーの9番は、「ベルリン・フィルとの歴史的演奏をも凌ぐ壮絶な超名演」と評されて絶賛の嵐を巻き起こしたものです。ユング君もおそらくバーンスタインもこれが最後かもしれないと思って、その演奏会を聴きに出かけたのですが、正直申し上げて、超絶的なまでのスローテンポで、尚かつ、延々とピアニシモで演奏される終楽章にはすっかり恐れ入って(辟易として??)、とてもじゃないが「付き合いきれんなぁ」と思いつつ、これまた延々と続くカーテンコールに背を向けてさっさと家路に向かった一人でした。まあ、お前にはマーラーを聴く耳がないんだと言われればそれまでですが・・・。
思うに、「芸」というものは年齢とともに右肩上がりに上昇していくものではないようです。必ず、どこかで頂点があり、そこを超えれば必ず低下し始めるのが「芸」というものです。ただ、名人と呼ばれるような人は、頂点を極めた後の落ち込みが非常に小さくて、年齢を重ねても非常に高いレベルの芸を披露してくれるのが名人の名人たるゆえんです。そして、人はそう言う芸を「円熟」という名で賞賛するのです。
しかし、ユング君は年を経た後の「円熟」ではなくて、その「頂点」に向けて上昇を続けている若い時代の「勢い」にこそ魅力を感じます。もちろん、「円熟の芸」というのを否定する気はないのですが、それでも、頂点に向けて駆け上がっていくときの唯一無二の魅力は望むべくもありません。
1953年の6〜7月にバーンスタインはデッカとの間で初めて交響曲の録音をしています。
*ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 6月22日録音
*シューマン:交響曲第2番 6月24&26日録音
*ブラームス:交響曲第4番 6月29日録音
*チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 6月29&30日録音
*ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」 7月28日録音
本当に「一気!!」という感じでに録音されたこれらの演奏は、そう言う「若さ」にしか持ち得ない「勢い」が横溢しています。もちろん、バーンスタインにしてみれば初めて訪れた大きな録音の仕事ですから、それこそ万全を期して指揮棒を握ったことでしょう。しかし、そんなプレッシャーなどは微塵も感じさせない伸びやかな勢いを感じさる演奏に仕上がっています。
もちろん、後の時代の録音と比べれば荒さも未熟さもあるわけですが、伝統や約束事にとらわれず、自分の信じる音楽を精一杯表現しようとする「若さの勢い」はこの上もなく眩しいものです。
もしも、指揮者というものは、年を経て年輪を重ねた時期の芸こそがベストだと思っておられる方がいれば、是非ともこういう若い時代の録音に虚心坦懐に耳を傾けてほしいと思います。
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