ショパン:ノクターン集
ルービンシュタイン 1936〜37年録音
Chopin:ノクターン第1番(Op.9-1)
Chopin:ノクターン第2番(Op.9-2)
Chopin:ノクターン第3番(Op.9-3)
Chopin:ノクターン第5番(Op.15-2)
Chopin:ノクターン第8番(Op.27-2)
Chopin:ノクターン第9番(Op.32-1)
Chopin:ノクターン第10番(Op.32-2)
Chopin:ノクターン第13番(Op.48-1)
Chopin:ノクターン第15番(Op.55-1)
Chopin:ノクターン第17番(Op.62-1)
劇的息吹と情熱と、そして壮大さ
ノクターンはロマン派の時代に盛んに作られたピアノ小品の一ジャンルです。
ロマン派の時代になると、厳格な規則に縛られるのではなく、人間の感情を自由に表現するような小品がたくさん作られ、当初はバガテルとか即興曲などと呼ばれていました。その様ないわゆる「性格的小品」の中から「ノクターン」と称して独自の性格を持った作品を生みだしたのがイギリスのジョン・フィールドです。
フィールドはピアニストであり作曲でもあった人物ですが、低声部の伴奏にのって高音部が夜の静寂を思わせるような優雅なメロディを歌う作品を20曲前後作り出しました。そして、このフィールドが作り出した音楽形式はショパンに強い影響を与え、彼もまた「ノクターン」と称する作品をその生涯に21曲も作り出しました。
初期の作品は「ショパンはフィールドから直接は借用はしていないが、その旋律や伴奏法をまねている」と批評されたりしていますが、時代を追うにつれて、フィールドの作品にはない劇的な性格や情熱が付け加えられて、より多様な性格を持った作品群に変貌していきます。
そして、、今日では創始者のフィールドの作品はほとんど忘れ去られ、ノクターンと言えばショパンの専売特許のようになっています。
後年、ショパン研究家として著名なハネカーは次のように述べています。
「ショパンはフィールドの創案になる形式をいっそう高め、それに劇的息吹と情熱と、そして壮大さを加えた。」
まさにその通りです。
ホロヴィッツへのコンプレックスと再生
ルービンシュタインはいわゆる天才肌のピアニストでした。
若くしてその能力を開花させ、おまけにあまり練習しなくてもそこそこは聴衆を満足させることの出来る能力を持っていました。その事をルービンシュタイン自身もよく知っており、若い頃の彼は練習嫌いの遊び人ピアニストでした。
ところが、時代は19世紀的なロマン主義は終焉し、トスカニーニに代表されるような即物主義の時代に変わっていきました。ソリストで言えばホロヴィッツやハイフェッツに代表されるような抜群のテクニックに裏打ちされた演奏がもてはやされる時代になったのです。
とりわけ若きホロヴィッツの登場はルービンシュタインに大きな衝撃を与えたようです。もちろんこのような衝撃はルービンシュタインだけでなく19世紀型の古いピアニストは全て同じような衝撃を受けたようです。
当時、ホロヴィッツのコンサートは聴衆の半分がピアニストだと揶揄されました。時代遅れとなったピアニストたちはホロヴィッツのコンサートに通い詰めて、何とか自らも生き延びるすべを探ろうとしたのです。
おそらくルービンシュタインも随分とホロヴィッツのコンサートには通ったのでしょうが、彼は結論として、もう一度一からピアノを勉強し直す道を選び取りました。
50歳を目前にした決断でした。
彼はスペイン国境に近いフランスの山奥に隠遁し、毎日夜遅くまでピアノに向かう日々を送ります。その姿はまさに修行僧のようであったと言われていますが、そこでの数年間で私たちがよく知る、20世紀を代表する真に偉大なピアニスト、ルービンシュタインへと変身を遂げたのです。
そして、ここでお聞きいただいている録音こそは、その様な再スタートを切りつつあるルービンシュタインの姿が刻印された演奏です。この後、1938年から39年にかけてマズルカ集を録音しますが、そこには紛れもなく偉大なピアニストの姿を垣間見ることが出来ます。
その意味で、非常に興味深い演奏だといえるのではないでしょうか。
よせられたコメント 2010-03-30:cess 2011-10-06:ベートーベン大好き 朝に聴いています。
澄んだ音色は心をクリアにしてくれますね?^O^
今日はゆっくり聴きながら1日過ごしたいです。 2015-06-13:史郎 何年か前から拝聴させていただいております。
このルービンシュタインのショパンを聴いてからというもの、他の演奏が物足りなくて・・・。
作業がとても大変だっただろうと拝察致しますが、Google Chrome での拝聴も叶い、ありがとうございます。
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