ブラームス:交響曲第4番 ホ短調, Op.98(Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1952年9月29日&10月1日録音(Arturo Toscanini:The Philharmonia Orchestra Recorded on September 29&October 1, 1952)
Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [1.Allegro non troppo]
Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [2.Andante moderato]
Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [3.Allegro giocoso]
Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [4.Allegro energico e passionato]
とんでもない「へそ曲がり」の作品
ブラームスはあらゆる分野において保守的な人でした。そのためか、晩年には尊敬を受けながらも「もう時代遅れの人」という評価が一般的だったそうです。
この第4番の交響曲はそういう世評にたいするブラームスの一つの解答だったといえます。
形式的には「時代遅れ」どころか「時代錯誤」ともいうべき古い衣装をまとっています。とりわけ最終楽章に用いられた「パッサカリア」という形式はバッハのころでさえ「時代遅れ」であった形式です。
それは、反論と言うよりは、もう「開き直り」と言うべきものでした。
しかし、それは同時に、ファッションのように形式だけは新しいものを追い求めながら、肝腎の中身は全く空疎な作品ばかりが生み出され、もてはやされることへの痛烈な皮肉でもあったはずです。
この第4番の交響曲は、どの部分を取り上げても見事なまでにロマン派的なシンフォニーとして完成しています。
冒頭の数小節を聞くだけで老境をむかえたブラームスの深いため息が伝わってきます。第2楽章の中間部で突然に光が射し込んでくるような長調への転調は何度聞いても感動的です。そして最終楽章にとりわけ深くにじみ出す諦念の苦さ!!
それでいながら身にまとった衣装(形式)はとことん古めかしいのです。
新しい形式ばかりを追い求めていた当時の音楽家たちはどのような思いでこの作品を聞いたでしょうか?
控えめではあっても納得できない自分への批判に対する、これほどまでに鮮やかな反論はそうあるものではありません。
- 第1楽章 Allegro non troppo ソナタ形式。
冒頭の秋の枯れ葉が舞い落ちるような第1主題は一度聞くと絶対に忘れることのない素晴らしい旋律です。
- 第2楽章 Andante moderato 展開部を欠いたソナタ形式
- 第3楽章 Allegro giocoso ソナタ形式
ライアングルやティンパニも活躍するスケルツォ楽章壮大に盛り上がる音楽は初演時にはアンコールが要求されてすぐにもう一度演奏されたというエピソードものっています。
- 第4楽章 Allegro energico e passionato パッサカリア
管楽器で提示される8小節の主題をもとに30の変奏とコーダで組み立てられています。
フィルハーモニア管や聴衆の熱狂が伝わってくるライブ録音
トスカニーニは1952年の9月から10月にかけてRoyal Albert Hallにおいて、フィルハーモニア管とのコンビでブラームスの交響曲チクルスを開催しています。
この「1952年録音」というのがパブリック・ドメイン的には実に微妙でした。まあ、詳しいことは音楽とは何の関係もないことなので詳細は省きますが、隣接著作権の保護期間の起算点が「録音」から「発売」に変わったために1952年に録音されただけではパブリック・ドメインにならないというのが文化庁の見解でした。しかし、その後「ローマの休日」をめぐる裁判で、最終的には最高裁判決として文化庁の見解が否定され、めでたく1952年以前に録音されたものはめでたくパブリック・ドメインとなったのです。
実は、このことはずいぶん前から承知していて、その後は「発売」は気にせずに1952年に録音された音源はアップしていました。
ところが、どうしたわけか、私の中ではその問題の発端となったフィルハーモニア管とのブラームス交響曲チクルスの録音をアップするのを忘れてしまっていたのです。
おそらく、このチクルスを挟んで、て51年から52年にかけて手兵のNBC交響楽団とCarnegie Hallで録音を残したRCA盤をアップしていたので、自分の中ではこのフィルハーモニア管との録音もとっくにアップしているだろうと思い込んでいたのです。
ということで、気づけば善は急げで、こうしてアップしているわけです。
基本的にこの二つの録音はほぼ同じ時期に録音しているので、作品へのアプローチは基本的には大きな差はありません。
しかしながら、この二つの録音をじっくりと聞きくらべてみると、いささかは雰囲気の違う演奏に仕上がっています。
私はどこかで、「トスカニーニは何故かイギリスのオケとは相性がいいようだ」と書いたことがありますが、その感想はここでもあてはまります。
トスカニーニはNBC交響楽団に対してはどこまでも厳格な家父長のようにふるまっているのに対して、フィルハーモニア管とはより自由でくつろいだ雰囲気がただよっています。そのため、トスカニーニの特徴であるしなやかな歌は、フィルハーモニア管との方が魅力的です。
もっとも、チクルス初日の第1番では、さすがのトスカニーニと言えども緊張があったのか、いささか音楽に硬さを感じます。しかし、次第にその堅さもとれて行って最後の第4楽章に入るあたりでは実に伸びやかな歌を聞かせてくれています。それ以後の2番以降は歌うことに関しては言うことなしです。
もっとも、だからと言って手兵であるNBC交響楽団とのスタジオ録音がいまいちだというつもりはありません。オケをキリリと引き締めて、しなやかに歌わせるトスカニーニの方法論が十分に発揮されていて、手綱を引き締めても歌うところは歌うという、まさにトスカニーニならではのブラームスなっていました。
つまりは、こちら側から見ればフィルハーモニア管との演奏は手綱を緩めすぎているともいえるのですが、それが結果としてゆったりとした歌を存分に味わえるのです。
聴きくらべというのは、ともすれば、「どれがベストか?」とか「どちらが優れているのか?」という話になりがちです。もちろん、それはそれでクラシック音楽を聞く楽しみでもあるのですが、時には梅は梅なりに、桜は桜なりに楽しむというのもこれまた懐の広い楽しみかたではないでしょうか。
言葉をかえれば、そういう楽しみ方ができるほどに、トスカニーニという人は懐が広いと言うことなのでしょう。
それともう一つ、この録音には演奏が終わった後の拍手がかなり長めにおさめられているのですが、そこからはフィルハーモニア管や聴衆の熱狂が伝わってきます。
トスカニーニがかの地でどれほど尊敬されていたのか、その思いがひしひしと伝わってくるライブ録音です。
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