スカルラッティ:20のソナタ集(3)(Scarlatti:20 Sonates Pour Clavecin)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1939年1月9日,11日&12日録音(Wanda Landowska:Recorded on January 9,11&12, 1939
Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.492
Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.29
Scarlatti:Keyboard Sonata in B-flat major, K.544
近代的鍵盤楽器奏法の父
スカルラッティはほとんど独力で新しい鍵盤技法を作り出したと言われ、「近代的鍵盤楽器奏法の父」と呼ばれています。
彼はナポリで生まれた生粋のイタリア人であり、1715年には教皇庁のサン・ピエトロ大聖堂にあるジュリア礼拝堂の楽長と言うローマ・カトリックの音楽家としては最高の地位に上りつめています。ところが、1719年に突然その職を辞して活躍の場をイベリア半島に移します。
辞任の理由は今日に至るも謎に包まれていますが、1719年の終わり頃にはポルトガルのジョアン5世に仕えるためにリスボンに赴いて、ポルトガル王家の宮廷楽長として活躍しています。そして、彼がチェンバロを教えていた王女マリア・バルバラが1729年にスペイン王子フェルナンド(後のフェルナンド6世)のもとに嫁ぐと、スカルラッティもそれに随伴してマドリードに赴き、1757年に彼自身が亡くなるまで王家のチェンバロ教師としてスペインで生涯を終えています。
つまり、スカルラッティという人はイタリアで活躍した前半生と、ポルトガルやスペインというイベリア半島で活躍した後半生とに二分割されるのです。
作品的に見ると、イタリアとポルトガル時代は宮廷楽長として教会音楽やオペラ、室内カンタータが創作の中心でしたが、後半生のマドリッド時代はチェンバロ音楽が中心となっています。そして、スカルラッティにとって真に素晴らしい業績がこの後半生のチェンバロによるソナタ作品にあったことは今さら言うまでもないことです。
ラルフ・カークパトリックによって555曲に整理された彼のソナタ作品は、今日的感覚のソナタ作品とは全く異なります。
一部の例外はありますが、そのほとんどが単一楽章の二部構成という極めてシンプルな形式です。しかし、楽想は驚くほどの多様さを持っていて、イベリア半島ならではのアラブの音楽やスペイン・ポルトガル特有の民族色の濃いリズムや旋律があちこちにこだましています。
また、演奏技法の点でも、両手の交差やアルペッジョ、さらにはチェンバロを打楽器的に扱ってみたり、今までにないような大きな音程の跳躍を用いるなど様々なテクニックを駆使してます。 スカルラッティ自身が「これらの作品のうちに深刻な動機でなく、技術的な工夫をこそ見て欲しい」と記しているように、その事は結果として鍵盤楽器の演奏に必要な近代的な技法が全て網羅されていると言っても過言ではありません。
同時代を生きたJ.S.バッハの平均律などとは全く性格を異にした作品群ではありますが、これはこれで、バッハと比肩できるほどのバロック鍵盤音楽の傑作だといえます。
収録されている作品
スカルラッティ:20のソナタ集(1)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1940年3月8日~9日録音(Wanda Landowska:Recorded on March 8-9, 1940)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.206 Kk 490(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.490)
- スカルラッティ:ソナタ ロ短調 L.449 Kk 27(Scarlatti:Keyboard Sonata in B minor, K.27)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.213 Kk 400(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.400)
- スカルラッティ:ソナタ ハ長調 L.102 Kk 423(Scarlatti:Keyboard Sonata in C major, K.423)
- スカルラッティ:ソナタ イ短調 L.138 Kk 109(Scarlatti:Keyboard Sonata in A minor, K.109)
スカルラッティ:20のソナタ集(2)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1940年3月8日~9日録音(Wanda Landowska:Recorded on March 8-9, 1940)
- スカルラッティ:ソナタ ヘ短調 L.382 Kk 69(Scarlatti:Keyboard Sonata in F minor, K.69)
- スカルラッティ:ソナタ ヘ長調 L.20 Kk 276(Scarlatti:Keyboard Sonata in F major, K.276)
- スカルラッティ:ソナタ ニ短調 L.422 Kk 141(Scarlatti:Keyboard Sonata in D minor, K.141)
- スカルラッティ:ソナタ ト短調 L.49 Kk 234(Scarlatti:Keyboard Sonata in G minor, K.234)
- スカルラッティ:ソナタ ニ短調 L.423 Kk 32(Scarlatti:Keyboard Sonata in D minor, K.32)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.418 Kk 443(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.443)
スカルラッティ:20のソナタ集(3)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1939年1月9日,11日&12日録音(Wanda Landowska:Recorded on January 9,11&12, 1939)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.14 Kk 492(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.492)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.461 Kk 29(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.29)
- スカルラッティ:ソナタ 変ロ長調 L.497 Kk 544(Scarlatti:Keyboard Sonata in B-flat major, K.544)
スカルラッティ:20のソナタ集(4)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1940年3月8日~9日録音(Wanda Landowska:Recorded on March 8-9, 1940)
- スカルラッティ:ソナタ ヘ長調 L.228 Kk 256(Scarlatti:Keyboard Sonata in F major, K.256)
- スカルラッティ:ソナタ ヘ短調 L.187 Kk 481(Scarlatti:Keyboard Sonata in F minor, K.481)
- スカルラッティ:ソナタ ト長調 L.103 Kk 259(Scarlatti:Keyboard Sonata in G major, K.259)
- スカルラッティ:ソナタ ハ長調 L.255 Kk 515(Scarlatti:Keyboard Sonata in C major, K.515)
- スカルラッティ:ソナタ ニ長調 L.56 Kk 281(Scarlatti:Keyboard Sonata in D major, K.281)
- スカルラッティ:ソナタ 変ロ長調 L.97 Kk 440(Scarlatti:Keyboard Sonata in B-flat major, K.440)
時代を先取りした地中海の香り
最近(でもないか…)話題になっている生成AIなるものを初めて使ってみました。
質問したのは、「古楽復興に果たしたランドフスカの役割を教えてください」でした。そして、AIが答えてくれた内容が以下の通りでした。
もちろんです!ワンダ・ランドフスカは、ポーランド出身のチェンバロ奏者であり、20世紀の古楽復興において重要な役割を果たしました。
彼女が古楽復興において果たした役割は以下のような点に集約されます:
チェンバロ復興の先駆者: ランドフスカは、忘れ去られていた楽器であるチェンバロの復興に力を注ぎました。彼女の熱意と情熱により、チェンバロは再び注目され、演奏されるようになりました。
バッハの演奏家としての貢献: ランドフスカは、バッハの作品をチェンバロで演奏することで知られています。彼女の独自の解釈と技巧は、バッハの音楽の理解に新たな視点をもたらしました。
音楽的真正性の探求: 彼女は客観的な態度を打ち出す流れを批判し、演奏解釈における真正性を重視しました。彼女の著書や手記は、古楽演奏の歴史的な「真正性」についての洞察を提供しています。
教育者としての役割: ランドフスカは多くの弟子を指導し、彼女の知識と情熱を次世代に伝えました。彼女の教育的アプローチは、古楽の普及に寄与しました。
彼女の音楽的遺産は、今日でも古楽愛好者や演奏家に影響を与えています。
正直言って驚いてしまいました。とりわけ、「彼女は客観的な態度を打ち出す流れを批判し、演奏解釈における真正性を重視しました。」の一文には、AIはこのレベルにまで来ているんだと焦りすら感じてしまいました。
ランドフスカといえばバッハをロマン主義的歪曲ら救い出しことがいつも語られてきました。
しかし、実際に彼女の録音を聞き返してみれば、今日のある意味では抽象的と言っていいほどに素っ気ないバッハ演奏と比べれば、とてつもなくロマン的な音楽になっていて、そのことが彼女への批判にもつながっています。
さらに、彼女が愛用したチェンバロは「ランドフスカモデル」とよばれ、基本的にコンサートグランドのピアノの枠にチェンバロの機構を組み込んだようなもので、音はいつまでも減衰せずに響き続け、その音は広いコンサート会場の隅々にまで響き渡るというモンスターのようなチェンバロでした。その事も彼女への批判としていつもやり玉に挙がってくるのでした。
しかし、私はそういう批判はランドフスカの音楽を全く聞き取ることもせずに、いわゆるピリオド演奏という原理主義からの的外れな批判だといつも感じていました。
ですから、かつて私は彼女のバッハ演奏について次のように記したことがあります。
ランドフスカが救い出したのはロマン主義的なバイアスがかかったロマンティックなバッハであって、彼女はそう言うものは一度はきれいに洗い流して、もう一度楽譜からバッハの中に潜む本質的なロマンを蘇らせたのです。そして、彼女がつかみ取ったバッハの中における普遍的なロマンティシズムを表現するにはランドフスカモデルのチェンバロは必要不可欠だったのです。
まさに私が言いたかったことをAIの奴めが、いともたやすく「彼女は客観的な態度を打ち出す流れを批判し、演奏解釈における真正性を重視しました。」と書いてよこしたのです。ほんとにこまったものです。
しかし、そんな時にこの一連のスカルラッティの録音を聞いてみて、それとも異なるランドフスカの姿に気づくことができて、まだまだAIには負けんぞという思いがわいてきました。
私はスカルラッティのソナタを聴くときは、ほとんどスコット・ロスの全集に手が伸びます。それは、スカルラッティの555曲のソナタを全曲録音したのがロスしかいなかったという当時の事情もありますが、それよりも彼の演奏を聞いて伝わってくる「風の匂い」がとても好ましく思えたからです。ちょっと俗な言い方になりますが、ロスの演奏を聞いて伝わってくるのは地中海の太陽と乾いた風の匂いです。そして、その雰囲気はスカルラッティのソナタにとても相応しく思えます。
そして、そういうスコット・ロスの音楽とこのランドフスカの音楽には似通った部分があることに気づかされるのです。
ここでもランドフスカはバッハ演奏の時のようなロマン性からはずいぶんと距離をとっていて、その結果としてスコット・ロスのような地中海の香りを感じるのです。
それは、例えばハスキルの50年代の録音のようなすこぶる湿っぽい風とはずいぶんと違っていて、そういう時代を飛び越えてしまっているように感じるのです。
そのむかし、ハスキルの録音を聞いて「ロスの演奏が地中海の光と風を満喫するリゾートだとするなら、ハスキルの方は湖畔のキャンプ場という雰囲気です。」と書いたことを思い出しました。
そして、ハスキルの演奏はスコット・ロス演奏に馴染んだ耳には少なからず違和感を感じたのですが、でも聞いているうちに「こういうロマン派小品のようなスカルラッティもありかな?」と思ったものでした。
そして、ランドフスカならばハスキルのようなスカルラッティになるのかと思っていたのですが、その予想は大きく外れました。
まだまだ、多様性に富んだ芸術家の姿を理解するにはAIはまだまだ情報不足だということでしょうか。
人間もまだまだ負けてはいられません。
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