モーツアルト:レクイエム ニ短調 K626(Mozart:Requiem in D Minor, K.626)
ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 聖ヘトヴィク大聖堂合唱団 (S)エリーザベト・グリュンマー (A)マルガ・ヘフゲン (T)ヘルムート・クレープス (Bs)ゴットロープ・フリック 1955年10月10日~14日録音(Rudolf Kempe:Berlin Philharmonic Orchestra St. Hedwig's Cathedral Choir (S)Elisabeth Grummer (A)Marga Hoffgen (T)Helmut Krebs (Bs)Gottlob Frick Recorded October 10-14, 1955)
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [1.Introitus]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [2.Kyrie]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [3.Sequentia: Dies irae]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [4.Sequentia: Tuba mirum]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [5.Sequentia: Rex tremendae]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [6.Sequentia: Recordare]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [7.Sequentia: Confutatis]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [8.Sequentia: Lacrimosa]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [9.Offertorium: Domine Jesu]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [10.Offertorium: Hostias]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [11.Sanctus]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [12.Benedictus]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [13.Agnus Dei]
Mozart:Requiem in D Minor, K.626 [14.Communio: Lux aeterna]
モーツァルトの絶筆となった作品です

モーツァルト毒殺説を下敷きにしながら、芸術というものがもつ「酷薄さ」と、その「酷薄さ」を鮮やかに浮かび上がらせるかのようにモーツァルトの音楽の魅力を振りまいた映画が「アマデウス」でした。
そのラストのクライマックスのシーンで、魔笛とレクイエムの音楽がこの上もなく効果的に使われていました。
魔笛の輝くような明るい音楽と、陰鬱なレクイエムの音楽。光と陰が交錯する中から、モーツァルトの天才が浮かび上がってくる場面です。
それは、同時に天才モーツァルトと、凡人サリエリの違いを残酷なまでに明らかにする場面でした。
いや、凡人サリエリという言う方は正しくありません。真の凡人はモーツァルトの偉大さを全く知りません。
しかし、サリエリは悲しいまでにモーツァルトの天才を知っています。
死を目前にしたモーツァルトが口述するレクイエムのスコア、それを必死で理解しながらスコアに書き留めていくサリエリ。
それは、悲しいまでにこの二人の関係を象徴的に表した場面でした。
神の声が訪れるのはモーツァルトであって、決してサリエリではなく、彼にできるのは、モーツァルトを通して語られる神の声を、ただ必死で理解してそれをスコアに書き写すだけ。
おそらく、そのような存在として自分を認識することは、「芸術家」として最も辛く、苦痛に充ちたものであったはずです。
もっとも、そのような辛い認識に到達したのは、コンスタンツェが夫に内緒でサリエリのもとにスコアを持ち込んだときです。しかし、そのような残酷な認識をこれほども見事に映像として提示しているのはこのラストのシーン以外にはありません。
そして、そのような場面にふさわしい音楽もまた、この「レクイエム」以上のものはちょっと思い当たりません。
オペラの指揮者からコンサート指揮者への転身
ルドルフ・ケンペの経歴を見ていると面白いことに気づきます。
ドルトムント歌劇場のオーボエ奏者として音楽家としてのキャリアをスタートさせたケンペは、その後は地方の歌劇場の音楽監督として指揮者のキャリアを積み上げて、1950年にはドレスデンの歌劇場の音楽監督に上りつめます。
その後は、バイエルン国立歌劇場の音楽監督に転身をして、さらにはメトロポリタン歌劇場へと活躍の場を広げていきます。
ところが、50年代の中頃になるとそう言う歌劇場での活動をへらしていき、コンサート・オーケストラとの関係を深めていくのです。
それは言ってみれば、オペラの指揮者からコンサート指揮者へ転身したと言っていいほどの割り切り方でした。
その背景に何があったのかは分かりませんが、フィルハーモニア管やベルリンフィルという一流のコンサート・オーケストラへの客演指揮が増えていく中で、そう言う変化がおこったのかもしれません。
今さら言うまでもないことですが、歌劇場と言うところは伏魔殿であって、日々トラブルとの闘いみたいな処があります。ところが、生来病弱で(実際、1956年には肝臓疾患で一年間ほど活動を休んでいます)、さらには声を荒げることもない穏やか性格だったようなので、そう言う場所での活動が疎ましくなっていたのかもしれません。
ただし、そう言う方向で活動の舵を切ったことによって、50年代中頃から録音活動が増えていきます。
そして、その録音はフィルハーモニア管やベルリンフィルという一流どころが中心だったので、ケンペに対して「大器晩成型の指揮者」というレッテルを貼るのは正しくないのかもしれません。
そして、面白いのは、そう言う方向に舵を切った時期に手始めとしてモーツァルトの音楽を取り上げていることです。
モーツァルト:交響曲第34番ハ長調 K.338
フィルハーモニア管弦楽団 1955年11月24日録音
モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1956年4月30日、5月3日録音
モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1956年5月3,15,18日、6月12日録音
どうして、この時期にモーツァルトを取り上げたのか疑問に思う人もいるようですが、私などはこの時期に手始めとしてモーツァルトを取り上げたのは賢明な選択だったと思います。
オーケストラの源流を辿れば、水源は2カ所存在します。
一つは、人の声や歌からの制約を逃れた純粋器楽の合奏です。
コレッリの合奏協奏曲やヴィヴァルディの協奏曲、さらにはコンサートの開始を告げる序曲などを演奏していた器楽合奏です。この流れは、ハイドンからベートーベンへと引き継がれていく世界を構築していきます。
もう一つは、人の声と密接に結びついたオペラにおける歌の伴奏を行う器楽合奏です。
そちらは、ドラマの進行に合わせて時には鳥の囁きであり、時には雷となって天を震わすことも求められた器楽合奏でした。こちらの方はモーツァルトによって代表される世界を形づくっていきます。
その2つの器楽合奏は見かけは非常に似通っていたとしても内包する世界観は全く異なるものだったのです。
そして、その二つの流れは時代とともに密やかに歩み寄って合流していく事で、ロマン派の時代になるとより高い表現力を持った魔法の楽器へと成長していくのです。
しかし、モーツァルトの時代にあっては、それらはそこまで密接には融合はしていませんでした。
ですから、その様なオーケストラを前提として書かれたモーツァルトの交響曲は、ハイドンやベートーベンのように一つの音符を蔑ろにすることもなく精緻に造形したとしても、それだけではこぼれ落ちてしまうものがあるのです。
もっと分かりやすく言えば、彼の音楽は交響曲であっても、それはオペラとの「淡い」の中に存在しているのです。
ですから、本質的にオペラの指揮者だったケンペが純粋器楽の世界に積極的にのりだしていこうというときに、モーツァルトの作品を選んだのはこの上もなく賢明だったと思うのです。
もちろん、モーツァルトの音楽はそう言うたった一つの解釈しか許さない狭量な音楽ではありません。
しかし、オペラ的な要素を失わずに作品を解釈して演奏するというケンペのスタンスは非常に有効ですし、ケンペにとっても自分の力を発揮しやすいフォールドだったことでしょう。
そう言えば、このモーツァルトの交響曲録音に先立って、55年6月にブラームスのドイツ・レクイエム、10月にはモーツァルトのレクイエムをベルリンフィルを使って録音しています。
声楽を伴った大規模な作品というのはオペラ指揮者のケンペとしては存分に力を発揮できる分野だったでしょうから、ケンペと言うのは意外なほどに緻密に歩を進める人だったようです。
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