クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 作品90 「イタリア」(Mendelssohn:Symphony No.4 in A major, Op.90 "Italian")

セルジュ・チェリビダッケ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1950年1月20日録音(Sergiu Celibidache:the Berlin Philharmonic Orchestra Recorded on January 20, 1950)





Mendelssohn:Symphony No.4 in A major, Op.90 "Italian" [1.Allegro vivace]

Mendelssohn:Symphony No.4 in A major, Op.90 "Italian" [2.Andante con moto]

Mendelssohn:Symphony No.4 in A major, Op.90 "Italian" [3.Con moto moderato]

Mendelssohn:Symphony No.4 in A major, Op.90 "Italian" [4.Saltarello. Presto]


弾むリズムとほの暗いメロディ

メンデルスゾーンが書いた交響曲の中で最も有名なのがこの「イタリア」でしょう。
この作品はその名の通り1830年から31年にかけてのイタリア旅行の最中にインスピレーションを得てイタリアの地で作曲されました。しかし、旅行中に完成することはなく、ロンドンのフィルハーモニア協会からの依頼を受けて1833年にようやく完成させています。

同年の5月13日に自らの指揮で初演を行い大成功をおさめるのですが、メンデルスゾーン自身は不満を感じたようで、その後1838年に大規模な改訂を行っています。
ただ、その改訂もメンデルゾーン自身を満足させるものではなくて、結局彼は死ぬまでこの作品のスコアを手元に置いて改訂を続けました。そのため、現在では問題が残されたままの改訂版ではなくて、それなりに仕上がった33年版を用いることが一般的です。

作品の特徴は弾むようなリズムがもたらす躍動感と、短調のメロディが不思議な融合を見せている点にあります。
通常この作品は「イタリア」という名が示すように、明るい陽光を連想させる音楽をイメージするのですが、実態は第2楽章と最終楽章が短調で書かれていて、ほの暗い情感を醸し出しています。明るさ一辺倒のように見える第1楽章でも、中間部は短調で書かれています。

しかし、音楽は常に細かく揺れ動き、とりわけ最終楽章は「サルタレロ」と呼ばれるイタリア舞曲のリズムが全編を貫いていて、実に不思議な感覚を味わうことができます。

明晰にしてしなやかな歌心が溢れている


敗戦直後の瓦礫の街と化したベルリンで演奏されたブラームスの4番を聞いたときは驚きのあまり仰け反ってしまいました。おそらく、私がこういう歴史的録音を紹介しようと思い立った要因の一つであったことは間違いありません。
あのチェリビダッケとベルリンフィルによるブラームスの4番は本当に刮目に値する演奏でした。

そして、彼が40年代から50年代初頭のベルリンフィルとの録音を聞いていけばいくほど、それらの演奏はいろんなことを考えさせてくれます。
今、私の手もとにある音源で交響曲だけをあげると以下の9点です。

  1. ハイドン:交響曲第94番 ト長調 Hob.I:94 「驚愕」

  2. ハイドン:交響曲第104番 ニ長調 Hob.I:104 「ロンドン」

  3. モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183

  4. メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調, Op.90 「イタリア」

  5. ブラームス:交響曲第2番 ニ長調, Op.73

  6. ブラームス:交響曲第4番 ホ短調, Op.98

  7. チャイコフスキー:交響曲第2番 ハ短調 ,Op.17 「小ロシア」

  8. チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 Op.64

  9. プロコフィエフ:交響曲第1番 Op.25「古典」


どの録音をとってもまずなによりも「明晰」な演奏であり、明らかにフルトヴェングラーに対する対抗意識を感じ取ることができます。そして、しなやかな歌心にも溢れています。
そして、そういうチェリビダッケの棒に応えて見事な演奏を展開しているベルリンフィルの能力にも驚かされます。ベルリンが瓦礫の山となって間もない頃でも、フルヴェンとは全く異なる演奏様式を求めるチェリビダッケの棒に応えてこれほどの水準を維持している事は驚嘆に値します。
しかし、ここまでオケとしての機能を維持していたということは、裏返してみれば、ナチス統治下のドイツでベルリンフィルがいかに特別扱いされていたかということを裏付ける事実なのかもしれません。

これらの録音を聞くだけでも、非ナチ化によって音楽活動から身を引かなければいけなかったフルトヴェングラーの代役としてベルリンフィルの指揮台にたったチェリビダッケがいかに自信と意欲に溢れていたかが分かります。
そして、それだけの能力を十分に備えていることを彼は次々と証明していきます。
フルトヴェングラーもまた自分の後継者としてチェリビダッケを認めていたといいます。

彼の求める音楽のベクトルはフルトヴェングラーとは対照的ですが、カラヤンとは明らかに同質です。そして両者が作り出す音楽を比較すればどう考えても当時のカラヤンよりは数段上です。
いや、こういう言い方は誤解を招くでしょう。
誰かと誰かを較べて、彼らとは全く関係のない第三者がこっちが上でこっちが下だ、などと言うことは不遜の極みです。
しかしながら、チェリビダッケが疑いもなく自分がカラヤンより劣る存在だ等とは微塵も思っていなかったことだけは容易に想像できます。そして、そう言う想像くらいは許されるでしょう。

カラヤンがチェリビダッケを追い落としてベルリンのポストを獲得する過程で何があったのかは分かりませんが、それがチェリビダッケにとって耐え難いことであったことは容易に推察できます。
ライバルの力が明らかに自分を上回っていても、ポストから追われるというのは辛いことです。それが、どう考えても自分よりも劣ると確信している人物に追い落とされるとなると、その胸中は察するに余りあります。

事実、フルトヴェングラーが1952年にベルリンフィルの「終身首席指揮者」に就任してチェリビダッケとベルリンフィルとの関係が悪化していく中でも、彼が指揮するベルリンフィルとの演奏会は聞き手からも批評家からも熱狂的に受け入れられていました。
しかし、フルトヴェングラー亡き後にベルリンフィルが選んだのはカラヤンだったのです。

私はチェリのへそ曲がり人生はここからスタートしたのだと思います。
彼がベルリンフィルの指揮台に立って残した録音を聞くと、その後の無念が痛いほど聞き手に伝わってきます。

これはあくまでも私の想像ですが、カラヤンが「メジャーの帝王」へと駆け上がっていくのを見て、自らは「マイナー」に徹するという「へそ曲がり」で対抗し、精神の均衡を保とうとしたのではないでしょうか。
録音という行為を拒否したことも、カラヤン的な上昇志向への反発として考えれば実に有効なパフォーマンスでした。この事についてチェリビダッケ自身はあれこれと難しげな事を語っていますが、どう考えても「後付の理屈」のような気がしてなりません。
メジャーで活躍する指揮者へのとんでもない「毒舌」も、インタビューでの人を馬鹿にしたような受け答えも、そういうへそ曲がり人生という観点から見れば全て納得がいきます。

そして、そのようなへそ曲がり人生を貫き通した戦後数十年という歳月は、マイナーに徹したがゆえにカリスマ性を生み出し、その音楽に神秘性を与える域にまで上りつめたことは事実です。
チェリビダッケは自らが望んだように「マイナーの帝王」へと上りつめ、マイナー性に徹することでメジャーをのりこえる存在となりました。
それはそれで、素晴らしいことで、なにも文句を申し上げるようなことはありません。(^^;;

その事は認めながらも、この戦後間もない時期に録音された、若き日の「へそが曲がる前の素晴らしい演奏」を聞かされると、あるはずのない「if」を想像してしまいます。
それは、もしその実力に相応しく戦後のベルリンのシェフとして君臨し、へそが曲がることもなしにメジャーの世界で活躍していたらどのよう音楽を作り出してくれただろう?という「if」です。
おそらくはへそ曲がり人生の中で生み出した以上の成果を残してくれたと思うのですがいかがなものでしょうか。

へそ曲がりのチェリを愛する(マイナーの帝王としてのチェリを愛する)多くのファンからお叱りをうけるでしょうが、この若き日の素晴らしい演奏を聞かされると、そういう愚にもつかぬ「if」を思わず想像してしまのです。

よせられたコメント

2023-07-07:博


【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)

[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)

[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)

[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)

[2026-09-24]

マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)

[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)

[2026-09-18]

ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)

[2026-09-16]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 「海の嵐」Op. 8, No. 5, RV 253(Vivald:Violin Concerto in E-Flat Major, Op. 8, No. 5, RV 253, "La tempesta di mare")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)

[2026-09-13]

アルビノーニ:ソナタ イ長調(Albinoni:Sonata In A Major, Op. 2, No. 3)
レナート・ファッサーノ指揮:ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:Virtuosi Di Roma Published in 1958)

?>