クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

バラキレフ:3つのロシアの主題による序曲第1番(Balakirev:Ouverture on 3 Russian Themes No.1)

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年9月録音(Lovro von Matacic:The Philharmonia Orchestra Recorded on December,1954)





Balakirev:Ouverture on 3 Russian Themes No.1


バラキレフらしい華やかさに溢れている

バラキレフの初期作品の一つで、ロシア民謡を交響的に処理しようと試みた作品で、バラキレフらしい華やかさに溢れた音楽に仕上がっています。
タイトルにもあるように、彼は3つの民謡を選び出して、それらを交響的に処理をして一編の交響詩のように仕立てています。実際、第2番の方は、最終的には交響詩「ルーシ」として完成することになります。

第1番では「白樺はなぜ頭を垂れなかったか」「白樺は野に立てり」「ピーテル街道に沿って」の3つの民謡を素材としています。
聞けばすぐ分かるように、中間部にチャイコフスキーの交響曲第4番で聞いたことのある旋律が出てきます。じつは、これが「白樺は野に立てり」からとられたメロディであって、決してバラキレフがチャイコフスキーのメロディをぱくったのではありません。
そして、3曲目の「ピーテル街道に沿って」はストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」の終幕でも使われています。

そんなわけで、初めて聞いたにもかかわらず、すでにチャイコフスーの4番やペトルーシュカを聞いたことある人にとっては、なんだか妙に親しみやすい音楽に感じてしまいます。

第2番の方は構想から完成まで数十年もかかるという、ある意味ではバラキレフらしい(^^;作品です。ちなみに、第1番の方も1858年に完成した初期作品なのですが、1881年に改訂を行っています。どうしても、踏ん切りをつけて「完成形」と出来ないのがバラキレフという人です。
ですから、この第2番も最初はロシア建国1000年を記念した標題交響曲「ルーシ」として1862年に作曲に取りかかります。しかし、その試みは上手くいかず、取りあえずは1858年に完成させた「3つのロシアの主題による序曲第1番」に続く作品として「3つのロシアの主題による序曲第2番」として完成させて初演も行われます。

しかし、どうしても交響詩として完成させたいという思いが捨てきれず、音画「千年」という形で改訂を行います。そして、しつこい性格のバラキレフは当初の構想が捨てきれず、最終的には1890年に交響詩「ルーシ」として完成させて出版にまでこぎつけます。その出版譜の序文には以下のように記されていました。
この作品の基礎として、私は自分の曲集から三つの民謡を主題に選んだ。それによって私は、異教世界、モスクワ体制、そしてコサックたちの間に再生した自治共和制という、わが国の歴史における三つの要素を描きたいと思った。これらの要素間の争いは、これらの主題の管弦楽的展開によって表現されていて、この器楽的ドラマの内容となっている。だから今回のタイトルは、以前のものよりもはるかに適切である。作曲者はわが国の千年の歴史を描こうとする意図はなく、その構成要素を性格付けようという意図しかなかったのであるから。

ただし、交響詩になっても基本的には3つのロシア民謡「それは風ではない」「私は行こう、ツァーリの町へ」「カーチャは楽しそうに牧場へ行く」を交響的に処理するというパターンは変わっていません。


尊ぶべきものが何なのかを考えてみる


マタチッチは日本ではN響との結びつきもあって「ブルックナー指揮者」として高く評価されているのですが、ヨーロッパではほとんど無視されていたために、録音の数はそれほど多くはありません。
しかし、調べてみると、50年代を中心にEMIなどでそれなりの録音は行っています。

ただし、それらの録音はほとんど顧みられることはなく、アナログからデジタルへの移行期においてもCD化されることはなかったようです。そして、それらの録音が少しずつ陽の目を見るようになったのは、それらがパブリック・ドメインになったおかげです。
そしてパブリック・ドメインとなった録音を聞いてみて、まず最初に気づいたのは日本では「偉大なブルックナー指揮者」と思われているのに、50年代のマタチッチが引き受けていた役割は「ロシア音楽」の指揮者だったと言うことです。

これはどう考えても扱いが低いです。
どのレーベルにしてもカタログの本線はベートーベンなどの独襖系の音楽であって、それ故に、そう言う作品にこそ人気と実力のある指揮者を投入します。EMIであれば、それはカラヤンであり、クレンペラーだったわけです。
それにたいして、チャイコフスキーやリムスキー=コルサオフ、グラズノフやバラキレフというロシア系の作品をあてがわれるマタチッチという指揮者の比重はそれほど大きくはないのです。

そして、そう言うライン上でも次第にお呼びがかからなくなった背景には、指示のはっきりしない彼の曖昧な指揮テクニックがあったのでしょう。
50年代後半のフィルハーモニア管と言えば、この時代のオーケストラとしては疑いもなくトップクラスの機能を誇ってたにもかかわらず、彼の指揮の下では何処かモッサリとした印象が拭いきれないものも少なくないのです。

やがて、時代はマタチッチを置き去りにしていき、何処のオーケストラからもお呼びがかからなくなっていきます。
真偽のほどはさだかではありませんが、全く指揮をする場が与えられないために、「ただでもいいから振らせてくれ」と頭を下げて頼みまわっていたという話も伝えられています。そして、これもまた真偽のほどは定かではありませんが、N響の事務局はそんなマタチッチの「ただでもいいから振らせてくれ」という願い(?)にこたえて、伝説となった84年の来日時には犯罪的とも言えるほどの低いギャラで招いたという噂も流布しています。

しかし、中島みゆきではないですが時代はめぐります。

私たちは、管弦楽法の大家たるリムスキー=コルサコフの絢爛豪華な響きを、この上もない精緻さで描き出した演奏と録音をすでに数多く持つようになりました。そして、それは「シェエラザード」だけに限った話ではないのですが、そう言う精緻な演奏を聞き続けている時にこのような田舎びた音楽に出会うと、そこに不思議なほどの好ましさを覚えてしまうのです。
そこには、同時代の指揮者であるショルティやマゼールのような棒による精緻きわまる音楽とは別世界であり、世の多くの人はそう言う音楽を求めたのです。

しかしながら、今という時代にこのような野太く豪快な佇まいでロシア音楽を聞かされると、それは思わぬ拾いものをしたような気にさせられます。そして、時代の大きな流れのなかで、その流れとは異質なものと出会うことは、それを受容するにしろ拒否するにしろ、人の心を大きく動かします。
とはいえ、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」から何曲かを選び出して組曲にしながら「Grand pas espagnol」を入れていないなどと言うのは不思議な選曲です。
しかし、チャイコフスキーの「主題と変奏」などは滅多に聞けない作品だけに、こういう厚みのある表現で聞かされると惚れ惚れとさせられます。こういう表現の仕方というのは、結局はマタチッチという男の中にある音楽が大きくて分厚いものであることを起因していて、それが晩年のブルックナー演奏に於いて大きく花開いたと言うことなのでしょう。

ですから、こういう「辺境系の音楽」を演奏していた時代と晩年の「偉大なブルックナー指揮者」の時代はその根っこに於いて繋がっていたのです。

もちろん、それはただの年寄りの「懐古趣味」で終わるだけののかも知れません。

しかし、この世の中には「懐古」という言葉以外に「尚古」という言葉もあります。「懐古」と「尚古」は似ていながら全く違う概念です。
「懐古」とは「昔のことをなつかしく思うこと」にとどまりますが、「尚古」とはなつかしむだけでなく、「昔の文物や制度にあこがれ、これらを尊ぶこと」を意味します。
今という時代にあって、こういう演奏を懐かしむだけでなく、尊ぶべきものが何なのかを考えてみることは意味なきことではないのかも知れません。

よせられたコメント

【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)

[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)

[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)

[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)

[2026-09-24]

マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)

[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)

[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)

[2026-09-18]

ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)

[2026-09-16]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 「海の嵐」Op. 8, No. 5, RV 253(Vivald:Violin Concerto in E-Flat Major, Op. 8, No. 5, RV 253, "La tempesta di mare")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)

[2026-09-13]

アルビノーニ:ソナタ イ長調(Albinoni:Sonata In A Major, Op. 2, No. 3)
レナート・ファッサーノ指揮:ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:Virtuosi Di Roma Published in 1958)

?>