クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

エルガー:ヴァイオリン協奏曲 ロ短調, Op.61

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ:サー・マルコム・サージェント指揮 ロンドン交響楽団 1949年6月6日録音





Elgar:Violin Concerto in B minor, Op.61 [1.Allegro]

Elgar:Violin Concerto in B minor, Op.61 [2.Andante]

Elgar:Violin Concerto in B minor, Op.61 [3.Allegro molto]


エルガー全盛期の長大なる協奏曲

このヴァイオリン協奏曲は1909年にロイヤル・フィルハーモニック協会からの委嘱によって作曲されました。時期的には、まさにエルガーの絶頂期に作曲された作品であり、そこには彼の持てる全てがつぎ込まれているように思えます。
まず何よりもその長大さです。エルガーはこの作品において、今まで誰も聞いたことがないほどに長く、そして感情表現の点においても非常に複雑きわまる作品をつくり出したのです。

この作品は20世紀の初頭に作曲されたものなのですが、明らかにそれよりも一昔前の世代の音楽のように聞こえます。
第1楽章は古典的な協奏的ソナタ形式を踏まえていて、尚かつこの上もなくロマンティックな音楽です。とりわけ第2楽章はそう言うロマンティシズムに溢れています。
しかし、終楽章ではヴァイオリンの超絶技巧が要求される作品であり、ダブル・ストップや急速なアルペッジョ、さらにエルガーが考案したと言われ「ピツィカート・トレモロ」なども駆使されています。実に多彩な表情を持った作品です。

面白いのは、この作品はクライスラーに献呈され、彼は初演もつとめたのですが、何故かクライスラーはこの作品を好まずに録音は残していません。
逆にこの作品を気に入り、事あるごとにコンサートのプログラムに載せ録音も残しているのがハイフェッツです。
ともに芸人魂を持つヴァイオリニストなのに、この違いはどこから来たのかと不思議に感じてしまいます。

また、この作品には「Aqui esta encerrada el alma de …..」という献辞が添えられていることも常に話題となります。日本語に直すと「ここに…..の魂が祀られている」とでもなるのでしょうが、祀られている人の名前が「…..」という謎の記号で伏せ字となっているのです。
この献辞に関しては、いろいろな人がいろいろな解釈を行っているのですが、エルガー自身が伏せ字にして、さらにはその事について何も語っていない以上真相は永遠に藪の中でしょう。

ただ、この作品全体に漂う、どこか陰鬱な雰囲気は第1次世界大戦を前にした社会全体の雰囲気が反映していることは間違いないでしょう。

汗の一滴も感じさせない


ハイフェッツの手になるベートーベンとかブラームスとかメンデルスゾーンなどの大物協奏曲と言えば、50年代のステレオ録音でもって代表するのが常識です。もちろん、それらは全て素晴らしい演奏であり、それでもって代表させられても何の不都合もありません。
しかし、ヴァイオリン協奏曲というのはソリストにとってはかなり過酷ながんばりを要求します。
何故ならば、オーケストラというのは基本的には弦楽合奏が骨格を為していて、そこに管楽器や打楽器などが加わると言うものだからです。つまり分厚い弦楽器の響きが骨格を作っていて、それらと全く同質の響きを持ったわずか一挺のヴァイオリンでその分厚い響きに対抗しなければいけないからです。

ソロのヴァイオリンは分厚い弦楽器群の響きに埋没しそうになりながらも、そこを死力を振り絞って乗りこえていかなければいけないのです。
多くのソリストがストラディヴァリウスなどの特別な楽器を求めるのは、そう言う弦楽器群の分厚い響きを乗りこえていく特別な響きを持っているからです。もちろ、ヴァイオリン協奏曲が持つそう言う困難さは作曲家も分かっていますから、ソロ・ヴァイオリンの響きを尊重してオーケストラの弦楽器群が被さってくることのない様に配慮している作品も数多く存在します。

しかし、そう言う配慮は音楽をある種の枠にとどめることになってしまいますから、ベートーベンやブラームスなんかになるとそう言うことには無頓着とまでは言いませんが、それほどの配慮はせずに「ソリストの人頑張ってね」みたいな態度を取ります。
そして、贅沢な聞き手はそう言う「がんばり」をソリストに期待してコンサート会場に向かうわけです。

若い頃なら体力も気力も充実しているので「それならば勝負してやろうじゃないか!」と舞台に登場するのでしょうが、年を重ねると、何もそこまで無理して頑張らなくてもいいのではないかと思うようになっていくものです。
そして、その事はハイフェッツほどのヴァイオリニストでも避けがたいことで、晩年は室内楽の演奏がメインになっていきました。実際のコンサートではほとんど協奏曲は演奏しなくなったのではないでしょうか。
それは、ピニストでも同様で、ピアノのように一台でオーケストラに対抗できる楽器であっても、晩年は協奏曲から離れていくピアニストが大多数ですから、ヴァイオリニストならば何をかいわんやです。

ですから、30年代や40年代に録音したハイフェッツの協奏曲の録音は、極めて優れたステレオ録音が存在して言えても敢えて聞く価値があるのです。

それらを聞いていてまず感じるのは、ヴァイオリンという楽器はこんなにも軽々と演奏できるものなのかという驚きです。そこには一滴の汗すらも感じさせません。そして、軽々とそのヴァイオリンは涼しい顔をしてオーケストラの上を駆け抜けていくのです。
そう言えば、50年代のステレオ録音を聞いて、悪くはないけれども、ハイフェッツの凄みはそう言う大物の協奏曲よりは小品の方にこそあらわれているという声をよく聞きます。実際、私もそう感じるひとりです。

しかし、こういう30年代から40年代の録音を聞けば、そう言う言葉は絶対に出てこないでしょう。
ハイフェッツの凄さを本当に味わいたいのならば、この時代の協奏曲の録音は絶対に外せないのです。

よせられたコメント

2023-09-02:大串富史


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