ベルリオーズ:「幻想交響曲」, Op.14
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1959年9月2日~3日録音
Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14 [1.Reveries - Passions. Largo - Allegro agitato e appassionato assai - Religiosamente]
Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14 [2.Un bal. Valse. Allegro non troppo]
Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14 [3.Scene aux champs. Adagio]
Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14 [4.Marche au supplice. Allegretto non troppo]
Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14 [5.Songe dune nuit de sabbat. Larghetto - Allegro]
ベートーベンのすぐ後にこんな交響曲が生まれたとは驚きです。
私ははこの作品が大好きでした。「でした。」などと過去形で書くと今はどうなんだと言われそうですが、もちろん今も大好きです。なかでも、この第2楽章「舞踏会」が大のお気に入りです。
よく知られているように、創作のきっかけとなったのは、ある有名な女優に対するかなわぬ恋でした。
相手は、人気絶頂の大女優であり、ベルリオーズは無名の青年音楽家ですから、成就するはずのない恋でした。結果は当然のように失恋で終わり、そしてこの作品が生まれました。
しかし、凄いのはこの後です。
時は流れて、立場が逆転します。
女優は年をとり、昔年の栄光は色あせています。
反対にベルリオーズは時代を代表する偉大な作曲家となっています。
ここに至って、漸くにして彼はこの恋を成就させ、結婚をします。
やはり一流になる人間は違います。私などには想像もできない「しつこさ」です。(^^;
しかし、この結婚はすぐに破綻を迎えます。理由は簡単です。ベルリオーズは、自分が恋したのは女優その人ではなく、彼女が演じた「主人公」だったことにすぐに気づいてしまったのです。
恋愛が幻想だとすると、結婚は現実です。そして、現実というものは妥協の積み重ねで成り立つものですが、それは芸術家ベルリオーズには耐えられないことだったでしょう。「芸術」と「妥協」、これほど共存が不可能なものはありません。
さらに、結婚生活の破綻は精神を疲弊させても、創作の源とはなりがたいもので、この出来事は何の実りももたらしませんでした。
狂おしい恋愛とその破綻が「幻想交響曲」という実りをもたらしたことと比較すれば、その差はあまりにも大きいと言えます。
凡人に必要なもは現実ですが、天才に必要なのは幻想なのでしょうか?それとも、現実の中でしか生きられないから凡人であり、幻想の中においても生きていけるから天才ののでしょうか。
私も、この舞踏会の幻想の中で考え込んでしまいます。
なお、ベルリオーズはこの作品の冒頭と格楽章の頭の部分に長々と自分なりの標題を記しています。参考までに記しておきます。
「感受性に富んだ若い芸術家が、恋の悩みから人生に絶望して服毒自殺を図る。
しかし薬の量が足りなかったため死に至らず、重苦しい眠りの中で一連の奇怪な幻想を見る。
その中に、恋人は1つの旋律となって現れる…
第1楽章:夢・情熱
「不安な心理状態にいる若い芸術家は、わけもなく、おぼろな憧れとか苦悩あるいは歓喜の興奮に襲われる。
若い芸術家が恋人に逢わない前の不安と憧れである。」
第2楽章:舞踏会
「賑やかな舞踏会のざわめきの中で、若い芸術家はふたたび恋人に巡り会う。」
第3楽章:野の風景
「ある夏の夕べ、若い芸術家は野で交互に牧歌を吹いている2人の羊飼いの笛の音を聞いている。
静かな田園風景の中で羊飼いの二重奏を聞いていると、若い芸術家にも心の平和が訪れる。無限の静寂の中に身を沈めているうちに、再び不安がよぎる。
「もしも、彼女に見捨てれられたら・・・・」1人のの羊飼いがまた笛を吹く。
もう1人は、もはや答えない。
日没。遠雷。孤愁。静寂。」
第4楽章:断頭台への行進
「若い芸術家は夢の中で恋人を殺して死刑を宣告され、断頭台へ引かれていく。
その行列に伴う行進曲は、ときに暗くて荒々しいかと思うと、今度は明るく陽気になったりする。
激しい発作の後で、行進曲の歩みは陰気さを加え規則的になる。
死の恐怖を打ち破る愛の回想ともいうべき"固定観念"が一瞬現れる。」
第5楽章:ワルプルギスの夜の夢
「若い芸術家は魔女の饗宴に参加している幻覚に襲われる。魔女達は様々な恐ろしい化け物を集めて、若い芸術家の埋葬に立ち会っているのだ。
奇怪な音、溜め息、ケタケタ笑う声、遠くの呼び声。
"固定観念”の旋律が聞こえてくるが、もはやそれは気品とつつしみを失い、グロテスクな悪魔の旋律に歪められている
。地獄の饗宴は最高潮になる。”怒りの日”が鳴り響く。
魔女たちの輪舞。
そして両者が一緒に奏される・・・・」
大好きな音楽を好きなように演奏した
バルビローリは40年代にもこの幻想交響曲を録音しているのです。聞くところによると、彼はこの作品が随分とお気に入りだったようでコンサートでも良く取り上げていたそうです。
そして、40年代のモノラル録音とこのステレオ録音を聞いてみると、両者は細部における何とも言えない「しゃれた表情づけ」は共通しているのですが、その程度が随分と異なっています。そして、このステレオ録音の方を聞いていると、おそらく実演ではこういう感じで演奏していたんだろうなと思ってしまいます。
舞踏会での表情づけは「しゃれた表情づけ」をこえて「恣意的」と言われても仕方がないほどに味が濃くなっています。
「野の風景」では「もしも、彼女に見捨てれられたら。1人のの羊飼いがまた笛を吹く。もう1人は、もはや答えない。日没。遠雷。孤愁。静寂。」とベルリオーズは記しているのですが、バルビローリの雷はどう聞いても「遠雷」ではなくて、雷が直撃しています。これもまた「恣意的」をこえているかもしれないのですが、実演ならば演奏効果は抜群です。
ただし、そう言う恣意的と言っていいほどの効果は、繰り返し聞かれることを前提とした「録音」では疑問が残ります。何故ならば、最初はその意外性に「面白い」とは思っても、繰り返し聞くには癖がつくなりすぎるからです。
もちろん、そんな事はバルビローリにしてみれば百も承知のことです。つまりは、そんな事を指摘するのはいわゆる「釈迦に説法」の類です。
そう思えば、バルビローリはよほどこの「幻想交響曲」が好きだったのでしょう。
そして、人気指揮者でありその実力も高く評価されているという「己の特権」を時には利用して、自分の大好きなな音楽を自分の好きなように演奏したものを残したいと思ったのでしょう。
あまり話題になることの少ない録音ですが、ミンシュ&パリ管による破天荒型の演奏があれほど高く評価されるのならば、このバルビローリのステレオ録音ももう少し見なされてもいいのではないかなどと思った次第です。
よせられたコメント 2026-02-17:豊島行男 もう仰せの通り、ミュンシュ&パリ管があれほど評価が高いに比べ、バルビローリ&ハレ管が無視されているのは、不思議としか云いようがありません。この精妙にして豊かな歌声が届かないのか??奇っ怪です。バルビローリの演奏には酔いしれるしかない。ミュンシュの録音であれば、ボストン響の輝かしい演奏か、神妙にして静謐なブタペスト国立との録音でしょう。
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