ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調, Op.115
(Clarinet)ジャック・ランスロ:ミュンヘン弦楽四重奏団 1965年録音
Brahms:Clarinet Quintet in B Minor, Op.115 [1.Allegro]
Brahms:Clarinet Quintet in B Minor, Op.115 [2.Adagio - Piu lento]
Brahms:Clarinet Quintet in B Minor, Op.115 [3.Andantino - Presto non assai, ma con sentimento]
Brahms:Clarinet Quintet in B Minor, Op.115 [4.Con moto]
残り火をかき立てて
ブラームスの晩年は表面的には名声につつまれたものでしたが、本音の部分では時代遅れの作曲家だと思われていました。丁重な扱いの後ろに見え隠れするその様な批判に対して、ブラームスらしい皮肉を込めて発表されたのが交響曲の第4番でした。
終楽章にパッサカリアという、バッハの時代においてさえ古くさいと言われていた形式をあえて採用することで、音楽に重要なのは流行を追い求めて衣装を取っ替え引っ替えする事ではなくて、あくまでもその内容こそが重要であることを静かに主張したのでした。
しかし、老境を迎えつつあったブラームスは確実に己の創作力が衰えてきていることを感じ取っていました。とりわけ、弦楽五重奏曲第2番を書き上げるために必要とした大変な苦労は、それをもって創作活動のピリオドにしようと決心させるに十分なだけの消耗をブラームスに強いました。
ブラームスは気がかりないくつかの作品の改訂や、身の回りの整理などを行って晩年を全うしようと決心したのでした。
ところが、その様なブラームスの消えかけた創作への炎をもう一度かき立てる男が出現します。それが、マイニンゲン宮廷楽団のクラリネット奏者であったミュールフェルトです。
ミュールフェルトはもとはヴァイオリン奏者だったのですが、やがてクラリネットの美しい音に出会うとその魅力の虜となり、クラリネットの演奏にヴァイオリンがもっている多様な表情と表現を持ち込もうとしたのです。
彼は、音域によって音色が様々に変化するというクラリネットの特徴を音楽表現のための手段として活用するテクニックを完璧な形にまで完成させ、クラリネット演奏に革命的な進歩をもたらした人物でした。
そのほの暗く甘美なクラリネットの音色は、最晩年の諦観の中にあったブラームスの心をとらえてはなしませんでした。
創作のための筆を折ろうと決めていた心はミュールフェルトの演奏を聴くことで揺らぎ、ついには最後の残り火をかき立てるようにクラリネットのための珠玉のような作品を4つも生み出すことになるのです。
1891年:クラリネット三重奏曲
1891年:クラリネット五重奏曲
1894年:二つのクラリネットソナタ
ブラームスの友人たちは、この4つの作品の中では形式も簡潔で色彩的にも明るさのある3重奏曲がもっともポピュラーなものになるだろうと予想したというエピソードが残っています。この友人たちというのは、ビューローであったり、ヴェルナーであったりするのですが、そういうお歴々であったとしても事の本質を言い当てるのがいかに難しいかという「当たり前のこと」を、改めて私たちのような愚才にも再確認させてくれるエピソードではあります。
現在では、三重奏曲はこの中ではもっとも演奏される機会が少ない作品です。
クラリネットソナタも同じように演奏機会は多くないのですが、ヴィオラ用に編曲されたものがヴィオラ奏者にとってはこの上もなく貴重なレパートリーとなっています。
しかし、何といってもポピュラーなのは五重奏曲です。
このジャンルの作品としてはモーツァルトの神がかった作品に唯一肩を並べることができるものとして、ブラームスの全作品の中でも、いや、ロマン派の全作品の中においても燦然たる輝きを放っています。
ブラームスの最晩年に生み出されたこれらのクラリネット作品は、その当時の彼の心境を反映するかのように深い諦念とほの暗い情熱があふれています。この深い憂愁の味が多くの人に愛好されてきました。
ところが、友人たちがもっともポピュラーな作品になるだろうと予想した三重奏曲は、諦念と言うよりは疲れ切った気怠さのようなものを感じてしまいます。
それは老人の心と体の中に深く食い込んだ疲労のようなものです。そして、おそらくはこの疲労がブラームスに創作活動を断念させようとしたものの正体なのでしょう。
ところが、わずかな期間を経てその後に創作された五重奏曲にはその疲労のようなものは姿を消しています。
なるほど、人は恋をすることによってのみ、命を枯渇させる疲労から抜け出すことができるのだと教えられます。もちろん言うまでもないことですが、恋の相手はクラリネットでした。
そして、三重奏曲の創作の時には心身に未だに疲労が深く食い込んでいたのに、五重奏曲に取り組んだときにはそれらは払拭されていました。
もちろん、それでブラームスが青年時代や壮年時代の活力を取り戻したというわけではありません。それは、人生に対する深い諦念を疲労の食い込んだ愚痴としてではなく、きちんとした言葉で語り始めたと言うことです。
そして、最後の最後の残り火をかき立てるようにして、人生の苦さを淡々と語ったのが二つのクラリネットソナタでした。
彼の親しい人たちが次々と先立っていく悲しみの中で、その悲しみを素直に吐露すると同時に、その様な人生の悲劇に立ち向かっていこうとする激しさも垣間見ることの出来る作品です。
晩年のブラームスが夏を過ごす場所としてお気に入りだったバート・イシェルにおいて流れるようにして書き下ろされたと伝えられる作品ですが、それ故にというべきか、彼の全生涯を通して身につけた作曲技法を駆使することによって、この上もなく洗練された音楽に仕上がっています。
あまりにも有名な五重奏曲と比べても遜色のない作品だと思えるだけに、もっと聞かれてもいいのではないかと思います
リードのデリケートな震えがはっきりと分かるほどの繊細さ
その演奏は昨今のハイテクカルテットとは対極にあるもので、その鄙びた素朴さの中にえもいわれぬロマンと気品が漂ってくる事にすっかり魅了されたものです。
そして、その後、ソリストとしてのバルヒェットの録音も幾つか聞くようになり、その魅力にすっかり魅入られてしまったのです。
ですから、中古レコード屋さんで「バルヒェット四重奏団」というクレジットを見たときには躊躇わずに購入しました。
おかしな話ですが、この作品ならば真っ先にチェックするであろうクラリネット素者には全く無頓着でした。
そして、これまたお恥ずかしながら(最近、この言葉が本当に多い^^:)、「ジャック・ランスロ」という名前には全く思い当たるものがありませんでした。
ところが、帰ってきてレコード針を落としてみれば、「バルヒェット四重奏団」の演奏は期待に違わず素晴らしかったのですが、それと同じくらい「ジャック・ランスロ」のクラリネットも素晴らしくって、ここで初めて「ジャック・ランスロって何者?」と思った次第でした。
調べてみれば、「ウラッハと並び称されるのはフランスのクラリネット奏者」などと書かれていたりするではないですか。
私が彼のクラリネットを聞いて感心したのは、ウラッハに代表されるようなほの暗い音色とは全く異なる明るめの音色でした。なるほど、「並び称される」というのは肩を並べると言うよりは対照的な二人という意味合いととらえた方いいのかもしれません。
クラリネットという楽器には「ドイツ型(エーラー式)」と「フランス型(ベーム式)」の二つがあることは知っていました。そして、「ドイツ型(エーラー式)」の伝説がウラッハだとすれば、ジャック・ランスロこそは「フランス型(ベーム式)」の伝説とも言うべき存在だったのです。
ですから、「ウラッハと並び称されるクラリネット奏者」と評されたのです。
確かに、フランスのオーケストラの管楽器は非常に魅力的な音色をふりまきますが、それにさらに磨きをかけたような明るさと、リードのデリケートな震えがはっきりと分かるほどの繊細さは一度聞けば病みつきになります。
ただし、注目すべきはそう言う美音をふりまくだけでなく、演奏そのものは非常に明晰で、一つ一つの音を明確に鳴らして恣意的にテンポを揺らすようなことはしないことです。つまりは、変に抑揚をつけて必要以上に歌い込もうとはしないのです。
そして、そう言うクラリネットをロマンと気品が漂う「バルヒェット四重奏団」がしっかりサポートをしているのです。
「バルヒェット四重奏団」は言うまでもなくドイツのカルテットなのですが、生真面目で誠実さを失わない「ジャック・ランスロ」との相性は抜群のようです。
知っている人から見れば今頃何を言っているんだと言われそうなのですが、これはモーツァルトのクラリネット五重奏曲の録音の中でも真っ先に指を折りたくなる演奏だと言えます。
それから、音源となった中古レコードにはブラームスのクラリネット五重奏曲がカップリングされていました。おそらく、国内盤としてリリースするには「鉄板」のカップリングでしょう。ただし、残念なことにカルテットの方はバルヒェット四重奏団ではなくて、ミュンヘン弦楽四重奏団です。もちろん、悪い演奏ではありませんし、ミュンヘン弦楽四重奏団の演奏も素敵なものです。
ただし、モーツァルトと違ってブラームスであるならば、もう少しダークな雰囲気というか、ほの暗い雰囲気があった方がいいのかなと思ってしまうのは贅沢でしょうか。
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