クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:セレナード第8番 ニ長調, K.286 「4つのオーケストラのためのノットゥルノ」

ヘルマン・アーベントロート指揮 ライプツィヒ放送交響楽団 1956年4月12日録音





Mozart:Notturno in D major, K.286/269a [1.Andante]

Mozart:Notturno in D major, K.286/269a [2.Allegretto grazioso]

Mozart:Notturno in D major, K.286/269a [3.Menuetto - Trio]


楽器編成と楽章構成が特異

ザスローは1777年の謝肉祭のために書かれたのかもしれないと述べていますが、これは確定したものではないようです。
この作品が特徴的なのは、楽器編成と楽章構成がモーツァルトの作品中では例外的な位置を占めていることです。楽器編成に関しては4つのオーケストラで構成され、第1グルー追うに関しては特別な指示は書き込まれていないのですが、残りのグループにはそれらの機能を表す「第1エコー」「第2エコー」「第3エコー」と書き込まれているのです。
すなわち全曲にわたって第1グループの旋律をほかの3つのオーケストラが追いかけさせ、その模倣と重なりの戯れを変化させることで聞き手を大いに楽しませるのです。

また、楽章構成についても、Andante-Allegretto graziosoの後にメヌエットとトリオがきて音楽が終わってしまいます。これは明らかに習慣からは外れた構成であり、一時は不完全な作品と見られていたのですが、これもまた最近の研究によると、当時にオーストリアではこういうメヌエットとトリオで終わる3楽章構成の音楽が数多く存在していたことが分かってきました。

アンダンテは穏やかなカンタービレで始まるのですが、少しずつ情熱的なものへと発展していき、一瞬短調の嵐がよぎるもののそれは素早く去っていきます。
そして、溌剌としたアレゴロ・グラツィオーソに続いて舞踏会を思わせるようなメヌエットで曲は締めくくられます。

フルトヴェングラー的なものとトスカニーニ的なものがなんの矛盾もなく同居している


この録音は私の中にあったアーベントロートという指揮者に対する「思いこみ」を根っこから覆してくれました。
その思いこみというのは、少し前に紹介したチャイコフスキーの「悲愴」などによって作られたものでした。それは、主情に貫かれた演奏と言うのが通り相場です。しかし、じっくりと聞いてみればその「主情」は決して「恣意性」とは無縁であり、その歌わせ方が世間の常識とどれほどかけ離れていようと、それらは全て確固たる解釈の上に築き上げられたものだという印象でした。

しかし、このモーツァルトとの「ジュピター」はあの「悲愴」を演奏した指揮者と同一人物の手になるものだとは到底信じられません。
それどころか、これをブラインド聞かせて「トスカニーニのモーツァルトですよ」と言われてもほとんどの人は疑問には思わないでしょう。それほどに客観性に貫かれた、そしてジュピターらしい堂々たる構築性にあふれた音楽が展開されています。

さらに言えば、トスカニーニは「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と述べていました。ただし例外としてト短調シンフォニーを上げていたのですから、このジュピターはトスカニーニとっては「正直に言えば退屈」な音楽だったのでしょう。
しかし、アーベントロートにはそう言う思いは欠片もなかったようです。
トスカニーニの場合はフレーズは短めに切り上げてともすれば前のめりになりがちなのが特長ですが、1946年録音のジュピターの第3楽章の突き進み方等は聞いていて思わず仰け反ってしまいます。そう言う意味では、このアーベントロートの方がはるかに客観性に満ちた造形であり、ともすれば頑固になりがちなトスカニーニと違って剛直でありながらもしなやかさを失っていません。

これを一言で表現すれば、アーベントロートという人の中にはフルトヴェングラー的なものとトスカニーニ的なものがなんの矛盾もなく同居していると言うことでしょうか。
おそらく、チャイコフスキーの「悲愴」に違和感を覚える人であっても、この「ジュピター」に違和感を感じることはあり得ないでしょう。

そして、その事はジュピターだけに限らず、同時に録音されたディヴェルティメントとセレナードにも適用されているのです。
さすがに、作品そのものにジュピターのような構築性はないので、それらの音楽に相応しいゆったり感はあるのですが、テンポを動かしたり独特な歌わせ方などとは全く無縁な演奏です。そして、その音楽は決して硬直した新即物主義の演奏とは全く別物なのです。

こういう演奏に時たま出会えることが、そして、その事によって深く考え込まされるのがヒストリカル音源の世界を彷徨う楽しみだとも言えます。

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