クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

エルガー:ヴァイオリンソナタ、 Op.82

(Vn)マックス・ロスタル:(P)コリン・ホースリー 1954年録音





Elgar:Violin Sonata, Op.82 [1.Allegro. Risoluto]

Elgar:Violin Sonata, Op.82 [2.Romance. Andante]

Elgar:Violin Sonata, Op.82 [3.Allegro non troppo]


古くて何が悪い

この作品はかなりマイナーな部類に属すると思われるのですが、「のだめカンタービレ」で使われてその認知度は大きく跳ね上がったようです。
確か千秋と家族の和解の場面で使われていたような記憶があるのですが、至って曖昧。

この作品を聞いていて、ふと思い出すのはブラームスです。
ブラームスとエルガー、どこに共通点があるんだと言われそうなのですが、両者には老年をむかえて「敬して遠ざけられる」という共通点があったように思われます。

ブラームスはドイツ古典派の衣鉢を継ぐ偉大な作曲家、そしてエルガーもまたイギリスに登場した久しぶりの世界的レベルの作曲家、どちらも深い尊敬を受けていました。しかし、その尊敬の裏側で多くの同業者たちは「でも、先生も既に時代遅れだよね」などと言われていたのでした。
ブラームスの音楽を後期ロマン派の中におけば明らかに時代遅れ、エルガーもまた自らが認めるように古典的で保守的な作風であり、20世紀初頭の時代においてみればいかにも古い音楽と言わざるを得ません。

ですから、同時代の同業者たちはその業績故に面と向かって批判はしなくても、心の中ではすでに過去の人と思っていたのです。
しかし、そう言う声なき声に対して、彼らが突きつけた回答がブラームスの場合は交響曲第4番であり、エルガーの場合はこのヴァイオリン・ソナタであったように思われます。

それらの作品からは「古くて何が悪い、古さ上等!」という声が聞こえてきそうです。

ブラームスなんかはその終楽章に、バッハの時代でさえ「時代遅れ」と言われていたパッサカリアを持ってきたのです。そそれは、ファッションのように形式だけは新しいものを追い求めながら、肝腎の中身は全く空疎な作品ばかりが生み出され、もてはやされることへの痛烈な皮肉となっていました。

そして、このエルガーの作品もまたストラヴィンスキーやベルクのようなな作品が全盛となっていく時代においてみれば、その古さはブラームスのパッサカリアにも肩を並べるくらいのへそ曲がりです。とりわけ、「Romance : Andante」と記された第2楽章の美しさは、音楽は理屈よりも心だと言うことをあらためて思い知らされます。

第1次世界大戦の混乱の中で疲れ切ったエルガーがここにいることは明らかですが、それでも静かに闘うことを諦めないエルガーもまたここにいるのです。

なお、この作品は彼のよき理解者であり支援者であった富豪のマリー・ヨシュアに捧げる予定だったのですが、その彼女はこの作品が完成する直前にこの世を去ります。
そのために、エルガーは第2楽章の美しい旋律を最終楽章にに挿入することで、彼女への回想と追悼としています。

演奏家としての名声はいらない


「マックス・ロスタル」という名前は私の視野には全く入っていなかったヴァイオリニストでした。
著作権法が改悪されるまでは保護期間が50年だったので、毎年1月1日を迎えるたびに膨大な数の録音がパブリック・ドメインになっていました。しかし、戦時加算という「敗戦国日本」へのペナルティ条項の見直しを求めることなく70年に延長しくれたおかげで(^^;、毎年追加されていた膨大なパブリック・ドメインを取り上げる必要がなくなりました。

クラシック音楽のパブリック・ドメインの世界を商店街に例えてみれば、大通りに面した場所に次々と新しいお店がオープンするような状態だったのが、その新規開店がぱったりと途絶えてしまったようなものです。
そうなると、今まではその大通りを外れた路地に足を踏み込むことがなかったのですが、新規開店がなくなるとあちらこちらの路地を訪ねることになります。そして、そう言う人通りの少ない路地にもなかなかの名店が存在していることに気づかされたのがこの数年の出来事だと言うことになります。

もっとも、「マックス・ロスタル」が大通りではなくて、そこから一本中に入った路地に店を構える存在なのかどうかは判断しかねますが、今までの私に視野には入っていなかったことは間違いありません。
この「マックス・ロスタル」の基本的な情報を紹介しておくと以下のようになります。

1905年にオーストリア帝国のテシェン(現在はポーランド領チェシェン)に生まれたユダヤ人です。
天才少年としてわずか6歳で公開の演奏会に登場し、その後はアルノルト・ロゼやカール・フレッシュに学び、22歳でオスロ・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター、24歳でベルリン音楽アカデミーの教授となって教育活動にも尽力します。
しかし、その後はナチスの台頭によってイギリスに亡命し、活動の拠点をロンドンに据えたので、一般的にはイギリスの演奏家として認識されることが多いようです。実際、大陸側ではあまり評価されていなかったディーリアスやウォルトンの作品を精力的に取り上げてその存在を広く知らしめています。
また、それ以外にも数多くの同時代の作曲家の作品を取り上げていて、多くの若手作曲家がコンサート・プログラムでその地位を獲得するのを助けた事も大きな功績でした。

しかし、自己批判力が強かったのか60代を前にして演奏活動の第一線からは身を引いたようで、晩年は教育活動に力を注ぎ数多くの優れたヴァイオリニストを世に出しています。

さて、肝心の演奏の方なのですが、これは一言で言えば「男前」に尽きます。
「ジェンダー」が語られる今の時代にどうかと思わぬわけではない表現なのですが、ソリストというものが持っている「目立ってなんぼ」という嫌らしさが全く感じられません。確かに美しい音色のヴィオリンですが、解釈そのものが生真面目なのか、媚びを売るような場面は全く見受けられません。
確かに、ヴァイオリンというのは蠱惑的な響きも魅力なのですが、そう言う演奏スタイルとは全く異なった地点にいるのがロスタルです。
聞くところによると、彼は演奏家としての名声には全くこだわることはなく、録音に関しても自由に振る舞えるマイナーレーベルの方を好んだようです。

つまりは、音楽を手段として社会的な名声を求める立場からは遠く離れ、ひたすら音楽そのものを愛し続けた人だったようです。
目の前の利益だけを求め、ひたすら世知辛い今の世にあって、こういうノーブルな音楽を聞かせてくれる「マックス・ロスタル」こそは、裏通りにひっそりと店を構えた名店中の名店と言っていいでしょう。

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