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ベートーベン:弦楽四重奏曲第9番 ハ長調「ラズモフスキー3番」Op.59-3

パガニーニ四重奏団 1947年録音





Beethoven:String Quartet No.9 in C major Op.59-3 "Razumovsky No.3" [1.Introduzione. Andante con moto - Allegro vivace]

Beethoven:String Quartet No.9 in C major Op.59-3 "Razumovsky No.3" [2.Andante con moto quasi Allegretto]

Beethoven:String Quartet No.9 in C major Op.59-3 "Razumovsky No.3" [3.Menuetto. Grazioso - Trio]

Beethoven:String Quartet No.9 in C major Op.59-3 "Razumovsky No.3" [4.Allegro molto]


ベートーベンの心の内面をたどる

ベートーベンの創作時期を前期・中期・後期と分けて考えるのは一般的です。ハイドンやモーツァルトが築き上げた「高み」からスタートして、その「高み」の継承者として創作活動をスタートさせた「前期」、そして、その「高み」を上り詰めた極点において真にベートーベンらしい己の音楽を語り始めた「中期」、やがて語り尽くすべき己を全て出力しきったかのような消耗感を克服し、古典派のスタイルの中では誰も想像もしなかったような深い瞑想と幻想性にあふれる世界に分け入った「後期」という区分です。

ベートーベンという人はあらゆるジャンルの音楽を書いた人ですが、交響曲とピアノソナタ、そして弦楽四重奏はその生涯を通じて書き続けました。とりわけ、弦楽四重奏というジャンルは第10番「ハープ」と第11番「セリオーソ」が中期から後期への過渡的な性格を持っていることをのぞけば、その他の作品は上で述べたそれぞれの創作時期に截然と分類することができます。さらに、弦楽四重奏というのは最も「聞き手」を意識しないですむという性格を持っていますから、それぞれの創作時期を特徴づける性格が明確に刻印されています。
そういう意味では、彼がその生涯において書き残した16曲の弦楽四重奏曲を聞き通すと言うことは、ベートーベンという稀代の天才の一番奥深いところにある心の内面をたどることに他なりません。

<中期の5作品>

ラズモフスキー四重奏曲
作品番号18で6曲の弦楽四重奏曲を完成させた後、このジャンルにおいてベートーベンは5年間の沈黙に入ります。
その5年の間に「ハイリゲンシュタトの遺書」で有名な「危機」を乗り越えて、真にベートーベン的な世界を切り開く「傑作の森」の世界に踏みいります。交響曲の分野では「エロイカ」を書き、ピアノソナタでは「ワルトシュタイン」や「アパショナータ」を書き、ヴァイオリン・ソナタの分野では「クロイツェル」を書き上げます。
そして、交響曲の4番・5番・6番という彼の創作活動の中核といえるような作品が生み出されようとする中で、「ラズモフスキー四重奏曲」と呼ばれる3つの弦楽四重奏曲が産み落とされたのです。

この5年は、弦楽四重奏曲のジャンルにおいてもベートーベンを大きく飛躍させました。ハイドンやモーツァルトの継承者としての姿を明確に刻印していた初期作品とはことなり、ここではその様な足跡を探し出すことさえ困難です。
特にこのラズモフスキー四重奏においては、モーツァルトやハイドンが書いた弦楽四重奏曲とは全く異なったジャンルの音楽を聞いているかのような錯覚に陥るほどに相貌の異なった音楽が立ち上がっています。
そして、それ故にと言うべきか、これらの作品は初演時においてはベートーベンの悪い冗談だとして笑いがもれるほどに不評だったと伝えられています。

では、何が6つの初期作品とラズモフスキーの3作品を隔てているのでしょうか?
まず誰でも感じ取ることができるのはその「ガタイ」の大きさでしょう。

ハイドンやモーツァルト、そして初期の6作品はどこかのサロンで演奏されるに相応しい「ガタイ」ですが、ラズモフスキーはコンサートホールに集まった多くの聴衆の心を揺さぶるに足るだけの「ガタイ」の大きさを持っています。そして、その「ガタイ」の大きさは作品の規模の大きさ(7番の第1楽章は400小節に達します)だけでなく、作品の構造が限界まで考え抜かれた複雑さと緻密さを持っていることと、それを実現するために個々の楽器の表現能力を限界まで求めたことに起因しています。
その結果として、4つの弦楽器はそれぞれの独自性を主張しながらも響きとしてはそれらの楽器の響きが緻密に重ね合わされることで、この組み合わせ以外では実現できない美しくて広がりのある響きが実現していることです。ただし、この「響き」はオーディオ装置ではなかなかに再現が難しくて、特にこのラズモフスキーなどでは時にエキセントリックに響いてしまうのですが、すぐれたカルテットの演奏をすぐれたホールで聞くと夢のように美しい響きに陶然とさせられます。

弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 OP.59-1「ラズモフスキー第1番」
壮麗で雄大な第1楽章と悲哀の思いと強い緊張感に満たされた第3楽章の対比が印象的な作品です。ラズモフスキーの3曲の中では最も規模の大きな作品であり、音楽の性格も外へ外へと広がっていくような大きさに満ちています。

弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」
この作品はラズモフスキーの第1番とは対照的に内へ内へと沈み込んでいくような雰囲気に満ちています。特に、モルト・アダージョと題された第2楽章はベートーベン自身が「深い感情を持って演奏するように」と注意書きをしたためたように、人間の心の中に潜む深い感情を表現しています。

弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 OP.59-3「ラズモフスキー第3番」
この作品の終楽章はフーガの技法が駆使されていて、これぞベートーベンといえる堂々たる音楽に仕上がっています。そして、その終結部はこの4つの楽器で実現できる最高のド迫力だと言い切っていいでしょう。

ラテン的な明晰さと優雅さに貫かれている


数年ほど前のことですが、オーディオ仲間の間でベートーベンの弦楽四重奏曲を聴くならばどのカルテットで聞きたい?と言うことが話題になりました。まあ、この手の話はよくあることですが、その集まりの年齢層が相対的に高い(^^;事もあって、出てくる団体はブッシュとかブダペストとか、バリリみたいな感じで、不思議に全員が一致したのが世間では評判の高いアルバン・ベルク四重奏団では聞きたくないということでした。
さすがにカペーやレナーは古すぎると言うことでしたし、スメタナやジュリアードもいろいろ意見の分かれるところでした。

とは言え、どうって事のないちょとした与太話みたいなものなのですが、その時にある人が「私の知り合いがパガニーニ弦楽四重奏団こそが一番のお気に入りだと言っていた」という話がでました。
ところが、恥ずかしながら、その時に集まっていたメンバーで実際にパガニーニ弦楽四重奏団のベートーベンを聞いたことがある人はいませんでした。
でも、こういうのって意外とあるんですよね。ほとんど誰も知らない録音を持ち出してきて、それって意外といいよね!と言うやり口は。

当然の事ながら、私もその録音は聞いたことはなかったのですが、念のために音源だけは買い込んでいた事が記憶の片隅をよぎりました。実際、このカルテットの録音はほとんどカタログに存在しませんし、その大部分が廃盤になっています。
ただし、こういうサイトをやっているためか、そう言う珍しい音源を見つけると取りあえずは「確保」しておくという習慣が身についているので、その後家に帰って探し回ってみると彼らの録音が奥の方から出てきました。

ついでに、その音源に関する販売元の宣伝文も出てきたので、パガニーニ弦楽四重奏団と言う名前が、かつてパガニーニが所有していたヴァイオリン(1680年&1727年製)、ヴィオラ(1731年製)、チェロ(1737年製)を使用していることに由来していることも分かりました。言うまでもなく、その全てがストラディヴァリウスです。

ただし、「ブッシュ弦楽四重奏団、カルヴェ弦楽四重奏団、レナー弦楽四重奏団、ブダペスト弦楽四重奏団 といった戦前の歴史的な弦楽四重奏団と、ジュリアード弦楽四重奏団といった戦後のアンサンブル団体のちょうど間にあたり、ベートーヴェンの弦楽四重奏という非常に重要な室内楽作品の、解釈の歴史の貴重な記録ともいえるでしょう。」という一文はいただけません。
ブダペスト弦楽四重奏団を戦前の歴史的な弦楽四重奏団と一括で括るのは大間違いですし、その一括した弦楽四重奏とジュリアード弦楽四重奏の間にパガニーニ弦楽四重奏団をもって来るというのも明らかに間違っています。
言うまでもないことですが、50年代初頭にブダペスト弦楽四重奏団が録音したモノラルによる全集は真っ直ぐにジュリアード弦楽四重奏団につながっていくものですし、彼らが戦前に録音したSP盤の演奏もそう言う方向性をはっきり示していました。

調べてみると、さすがにこの表現はまずいと思ったのでしょうか、最近のページではこの一文は削除されています。

ただし、パガニーニ弦楽四重奏団の事を「メンバーのうち3人はベルギーで学んでおり、アメリカで生まれたカルテットながら、『ベルギー宮廷の四重奏団』と称されたプロ・アルテ弦楽四重奏団の流れを汲む四重奏団とも言われます。」という一文は非常に重要であり、この団体の方向性を示唆してくれています。

残念ながら1947年から始まったパガニーニ弦楽四重奏団によるベートーベンの録音は5曲を残して1953年に打ち切られてしまったようなので全集にはなっていないようです。おそらく、そうなってしまった背景には、彼らの演奏様式がプロ・アルテ弦楽四重奏団の流れを汲むスタイルだったからでしょう。
言うまでもなく、50年代のアメリカは即物主義の時代へ突入していくのであって、その最先端とも言うべき録音がブダペスト弦楽四重奏団による全集でした。

そう言う流れの中に彼ら演奏をおいてみれば、それは何ともいえず中途半端なベートーベンに聞こえてしまった可能性は否定できません。つまりは、売れなかったので途中で「打ち切り」になったのかもしれません。
しかし、「売れない演奏」が「つまらない演奏」であることと同義ではありません。それどころか、時を経てみれば、それは他にかえがたい魅力を持っていたことが見直されることがよくあります。ヨハンナ・マルティのバッハの無伴奏なんかはその典型でしょう。

プロ・アルテ弦楽四重奏団の録音は、ハイドンの弦楽四重奏曲しか聴いたことがありません。
しかし、その演奏を聞くと、なるほど「ベルギー宮廷の四重奏団」と称されるだけのことはあると納得させられる「優雅」さにあふれています。確かに、宮廷のサロンで「重い」音楽は嫌われます。ブッシュのような重量感溢れる音楽やブダペストのような尖った演奏は敬遠したいところでしょう。
かといって、そう言う「重さ」を「優雅」さに置き換えた結果として「軽薄」になっては権威が保てません。プロ・アルテ弦楽四重奏団の演奏は、重くはならなくても作品の構成はしっかりと把握していて造形が崩れることはありません。しかし、その造形感をゴリゴリと前面に押し出すような「野暮」な演奏は絶対にしません。

そして、その演奏スタイルをベートーベンに適用すればおそらくこうなるだろうなと思わせてくれるのがパガニーニ弦楽四重奏団によるベートーベンの録音なのです。
まず何よりも魅力的なのは、歌うべき部分における優雅な歌い回しの見事さです。この「歌う」能力の素晴らしさはまさにプロ・アルテ弦楽四重奏団からの系譜を強く感じます。そして、もう一つ忘れてはいけないのは、そう言う優雅さ故に細部を弾きとばすという事はなく、各声部の絡み合いがこの上もない明晰さで表現されていることです。
つまりは、彼らのアンサンブル能力は極めて高いのですが、その高さをブダペストのような即物性に奉仕させるのではなく歌に奉仕させているのです。それ故に、ラズモフスキー以前の初期作品はこれに変わるものがないと思うほどに素晴らしい演奏です。残念なのは、その初期作品では3番と6番が欠落していることです。

そして、ラズモフスキーの3曲に関してはもう少し激しさがほしいと思う人がいるかもしれませんし、後期の作品群(11番~13番が欠落)に関してもいささか小ぶりな感じがする人がいるかもしれません。
しかし、彼らはあくまでも眦を決してゴリゴリと、もしくはキリキリと演奏するつもりはないのですから、それが彼らにとってのベートーベンなのだと言うことは納得しておく必要があるかもしれません。
そして、これに近い演奏と言えばフランスのパスカル弦楽四重奏団の演奏が思い浮かびますから、いささか安直なまとめ方かもしれませんが、彼らのベートーベンはブッシュやブダペストでもないもう一つのラテン的な明晰さと優雅さに貫かれたもう一つの道といえるのかもしれません。

ですから、これが気に入ってしまうと、我がオーディオ仲間の知人のように「ベートーベンはパガニーニ弦楽四重奏団」というのも分かるような気がします。

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