ビゼー:カルメン組曲
アンソニー・コリンズ指揮 ロンドン交響楽団 1950年2月3日録音
Bizet:Carmen Suite [1.Prelude Acte 1]
Bizet:Carmen Suite [2.Prelude Acte 4]
Bizet:Carmen Suite [3.Prelude Acte 2]
Bizet:Carmen Suite [4.Prelude Acte 3]
Bizet:Carmen Suite [5.Scene des contrebandiers Acte 3]
Bizet:Carmen Suite [6.La Garde montante Acte 1]
Bizet:Carmen Suite [7.Danse boheme Acte 2]
ホフマン版カルメン組曲
カルメン組曲は、ビゼー自身が選曲をしたのではなく、ホフマンによって構成されたものです。
一般的には以下のような構成になっていて、厳密には「ホフマン版組曲」と呼ばれるものです。
第1組曲:前奏曲と間奏曲を中心に構成される。
- 前奏曲
- アラゴネーズ (第1幕への前奏曲の後半部分、第4幕への間奏曲)
- 間奏曲 (第3幕への間奏曲)
- セギディーリャ
- アルカラの竜騎兵 (第2幕への間奏曲)
- 終曲(闘牛士) (第1幕への前奏曲の前半部分)
第2組曲:アリアや合唱入りの曲をオーケストラ用に編曲した6曲で構成される。
- 密輸入者の行進
- ハバネラ
- 夜想曲 (ミカエラのアリア)
- 闘牛士の歌
- 衛兵の交代(子どもたちの合唱)
- ジプシーの踊り
しかしながら、この組曲はビゼー自身の手になるものではないと言うこともあって、この形のままで演奏されることは滅多にないようです。
指揮者によって、その順番が変えられたり幾つかの曲が削除されるのが一般的です。
エンターテイメント性を発揮した演奏
アンソニー・コリンズは指揮者としてはかなりの変わり種と言えます。彼は17歳でヘイスティングス市立管弦楽団に入団してヴィオラ奏者として活動をはじめています。しかし、第一次世界大戦が始まると英国陸軍兵士として4年間従軍することで一事音楽活動は中断されるのですが、戦争が終わると王立音楽大学で本格的に音楽を学びなおします。
特に、作曲活動に興味を持ったようで、ホルストのもとで学んだことが後のコリンズに大きな影響を与えたようです。
そして、音楽大学を卒業した後はロンドン交響楽団でのヴィオラの首席奏者となり、オーケストラ・プレーヤーとしての仕事を長く続けることになります。
しかし、次第に作曲家としての活動時間が欲しいと感じるようになり、それとともに指揮活動にも興味をいだくようになります。そして、ついに1936年にオーケストラを退団して指揮活動をはじめるのですが、その時コリンズはすでに43歳でした。
おそらく、これほどののスロー・スターターの指揮者は珍しいのではないでしょうか。
しかし、彼が最初にその本領を発揮したのは指揮活動ではなくて、映画音楽の作曲家としてでした。1937年に映画「ヴィクトリア女王」の音楽が大成功を収めて一躍有名になります。
そして、第二次世界大戦が始まると活動の拠点をアメリカに移し、ロサンジェルスで数多くの映画音楽の作曲家兼指揮者として大活躍するようになります。
つまりは、コリンズという人は映画音楽の世界で有名となり、そう言うエンターテイメントの世界で活躍した人だったのです。
そして、戦争が終わると再びイギリスに戻りクラシックの指揮者としての活動もはじめるのですが、それでも本線は映画音楽やライト・ミュージックの作曲でした。
ここからは、私の全くの妄想です。
クラシック音楽の指揮者としての彼の評価を定めたのは、1952年から1955年にかけて行ったシベリウスの交響曲の全曲録音でした。戦前にカヤヌスの指揮で全曲録音が計画されたのですが、カヤヌスの死によって4番と6番、7番は収録されませんでした。
ですから、コリンズによる録音は世界初のシベリウスの交響曲全集と言うことになります。そして、その演奏は即物的で厳しい造形に徹したもので、そこにはエンターテイメントの世界で生きた陰さえとどめないものでした。
実は、これが私にとっては長く不思議に思っていたことで、どこかに彼がエンターテイメントの世界で生きたあかしが刻み込まれたような録音はないものかと探していたのです。
そして、探せばあるもので、この1950年に録音された「カルメン組曲」は、まさにエンターテイメントの世界で生きた人間ならではの演奏になっていて、すっかり嬉しくなってしまいました。
カルメン組曲はビゼーのあずかり知らないところでホフマンにとって編集されたものですから、ほとんどの指揮者は「ホフマン版」は使わずに、自分の気に入るように選曲します。それはコリンズも同じで、以下の通りです。
- 前奏曲
- 第4幕への間奏曲
- 第2幕への間奏曲
- 第3幕への間奏曲
- 密輸入者の行進
- 衛兵の交代
- ジプシーの踊り
まずは、前奏曲の場面転換が絶妙です。この前奏曲の出始めはあまりにも有名なのですが、最後のところで物語の悲劇的な結末を予感させるように雰囲気が一転します。その場面の切り替えが絶妙で、その間の取り方は生真面目なクラシック専業の指揮者ではちょっと難しいかもしれません。
しかし、一番の聞き物は最後の「ジプシーの踊り」です。
ネタバレになるといけないので少しだけにしますが、まずは常識外れの遅いテンポで音楽は始まります。しかし、最後はあっと驚くような盛りあげ方で締めくくります。まさに彼が本来持っている優れたエンターテイメント性が爆発した演奏です。
しかし、おそらくこういう音楽作りはお高くとまったイギリスのクラシック音楽ファンからは評価されなかったのでしょう。
1950年代と言えば、あのユージン・グーセンスが税関でポルノ写真を所持していることが発覚してスキャンダルとなり、指揮活動から追放されるような時代でした。
そして、コリンズはおそらく売れっ子の映画音楽の作曲家兼指揮者としての名声ではなくて、偉大なクラシック音楽の指揮者としての評価が欲しかったのでしょう。そして、その能力を彼は十分に持っていたのです。
そこで、それ以後のコリンズは時代の流れに合わせて、即物的で厳しい造形に徹した演奏を行い、己の中のもう一つの資質であるエンターテイメント性は封印してしまったようなのです。
しかし、時が流れて、そう言う即物的な演奏にウンザリしてる耳には、こういう「カルメン組曲」のような演奏をもっとたくさん残してほしかったと思ってしまうのです。
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