ヴォーン・ウィリアムズ:「すずめばち」(アリストファネス組曲)序曲
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1953年6月15日~16日録音
Vaughan Williams:The Wasps - Aristophanic Suite
当時のケンブリッジを風刺したユーモア溢れる作品

「スズメバチ(Wasps)」とは不思議なタイトルを持った作品なのですが、それは1909年にケンブリッジ大学で上演された古代ギリシャの劇作家アリストファネスの喜劇「蜂」の付随音楽として作曲された事に由来します。「スズメバチ」は古代ギリシャのアテネでの裁判を風刺した喜劇のようで、ばかばかしい陪審員たちのおしゃべりをスズメバチの羽音にたとえていたようです。
そして、1909年に劇は上演されたのですが、その評判が道だったのかはあまり伝わっていないようです。しかし、ヴォーン・ウィリアムズはその音楽には愛着があったようで、彼はそこから「序曲」と4つの曲をまとめて「組曲」として、自分自身の指揮で1912年に初演を行っています。
一般的にはこの句曲は「アリストファネス組曲」とよばれているのですがおそらく、「スズメバチ組曲」では変な感じがすると思ったのでしょうか。
今となっては「スズメバチ組曲」の方がインパクトがあってよかったのかもしれません。(^^;
ただし、この組曲も全曲演奏や録音されることは少なくて、圧倒的に「序曲」だけが有名です。
スズメバチの羽音を思い出させる導入部から始まり。日本人にもなじみ深い5音階の主題は印象的です。そこに初期のヴォーン・ウィリアムズに特徴的なフランス印象派への影響を感じる響きが顔を見せます。
とは言え、印象派の音楽のようなは茫洋とした雰囲気にはならないのもまた彼の持ち味です。
なお、残りの4曲はほとんど演奏される機会は少ないのですが、「間奏曲」「台所用品の行進曲」ときて再び「間奏曲」、そして最後が「バレエと最終場面」です。
全体として、古代ギリシャと言うよりは、当時のケンブリッジを風刺したユーモア溢れる作品だと言えます。
イギリス訛りがバルビローリの一つの本性となっている
イギリスという国には不思議な愛国心があるようです。
思い出すのは、イギリスのグラモフォン誌が世紀末に20世紀を代表する指揮者を読者対象のアンケート調査で決めたところ、フルトヴェングラーをおさえて第1位になったのはバルビローリでした。おそらく、こんな結果が出るのはイギリスだけでしょう。
しかし、もう一つこの時思い出したのは、イギリスの指揮者はイギリスの作曲家を大いに支援すると言うことです。その典型はビーチャムとディーリアス、ボールトとヴォーン・ウィリアムズでしょうか。
そう考えてみると、バルビローリも当然の事ながらイギリスの作曲家の作品を多く録音していますが、特定の誰かを強く推すという態度は取っていません。
しかし、彼の演奏するヴォーン・ウィリアムスを聞いていてふと気づいたことがあります。
それは、彼のヴォーン・ウィリアムスにはボールトのようなスコットランドの原野を吹きすさぶ風のような厳しさはありませんし、スタインバーグのようなスコアに託された響きを完璧なバランスで再現する事も目指していません。当然の事ながらオーマンディのような甘さとも少し違います。そして、これってなんだろうと考えて思いついたのは、イングランドが持っているローカリティです。
そう言えば、ヴォーン・ウィリアムズは熱心にイギリスの各地方に根付いていた民謡やキャロルを集めてまわった人でした。もちろん、彼の作品にはそのような民謡が剥き出しのままで登場することはないのですが、バルビローリの演奏で彼の作品を聞くと、その作品が持っているイングランド訛りのようなものが感じられるのです。
そして、ともすれば美しく旋律線を歌い上げるバルビローリのことを「ミニ・カラヤン」のように言う人もいるのですが、それは大きな間違いであることの証左の一つがそこにあるように思われました。
おそらく、バルビローリの体の中にはそう言うイギリスの風土が持つローカリティが染み込んでいるのでしょう。そして、そのローカリティは日本人が共感しやすい親しみやすさと美しさを持っていることは間違いありません。蛍の光や庭の千草などはほとんど日本の歌曲かと思えるほどに私たちの生活に溶け込んでいます。
また、ホルストの「木星」などを聞くと「ああ、これってイギリス版ド演歌だな」と思ったりするのですが、そう言うイギリス訛りがバルビローリの一つの本性となっているのでしょう。
もちろん、厳しい気候風土のイギリスにはボールト的な厳しさもあるのですが、おそらくイギリス人にとってもバルビローリ的な優しさと美しさ、そして親しみやすさの方がより身に添うのでしょう。
そう考えれば、グラモフォン誌でバルビローリこそが20世紀を代表する最高指揮者だと選び取ったイギリスの人々の判断は、身贔屓と言うだけでなく、それだけ彼らの心に深く共感させる音楽を彼が提供していたと言うことなのでしょう。
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