ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92
オットー・クレンペラー指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1962年11月3日録音
Beethoven:Symphony No.7 in A major ,Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]
Beethoven:Symphony No.7 in A major ,Op.92 [2.Allegretto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major ,Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major ,Op.92 [4.Allegro Con Brio]
深くて、高い後期の世界への入り口

「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。私ははこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、私は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
フィラデルフィアのクレンペラー
1962年にクレンペラーはアメリカを訪れてフィラデルフィア管と3回の公演を行っています。オーマンディが招聘してそれをクレンペラーが快諾したという話をどこかで聞いたような気もあるのですが、本当のところは今ひとつよく分かりません。また、クレンペラーはフィラデルフィア以外にもニューヨーク、ワシントン、ボルティモ等で公演を行ったようです。
さて、その3回のフィラデルフィアでの公演なのですが、プログラムは以下の通りです。
1962年10月20日
- ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調, Op. 55「英雄」
- ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調, Op.68「田園」
1962年10月27日
- ベートーヴェン:「エグモント」序曲
- ブラームス:交響曲第3番ヘ長調 Op.90
- シューマン:交響曲第4番ニ短調 Op.120
1962年11月3日
- J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調 BWV.1046
- モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
- ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92
面白いのは、全ての公演でヴァイオリンを対向配置にしていることです。
言うまでもないことですが、フィラデルフィア管と言えば戦前のストコフスキーの時代からファーストとセカンドを隣り合わせにする現在的な配置を行ってきたオーケストラです。それだけに、いかにクレンペラーとは言え、よくぞその要求を受け入れたものです。
それだけに、フィラデルフィア管も随分と苦労したと思われるのですが、そのあたりは腕利きのプレーヤーを揃えたオケですから、そう言う「汗」のような部分を微塵も感じさせないのはさすがです。
そして全体的に言えば、華麗なサウンドが持ち味のフィラデルフィア管の魅力は十分に発揮しながら、クレンペラー独特の遅めのテンポ設定と構築性を大事にした情緒過多にならない音楽作りがせめぎ合っているあたりが実に面白いです。
ただし、あくまでも個人的な意見ですが、クレンペラーの持ち味よりはフィラデルフィア管の持ち味が前面に出た演奏の方が面白く聞けました。
その意味で、一番面白かったのはバッハのブランデンブルク協奏曲です。ここでは、クレンペラーのバッハへの保守性ゆえにか、ソロ部分はオケのプレーヤーの好き勝手にさせているようです。それは、クレンペラーがつくり出した美しいフレームの中で、個々のプレーヤーが自分のソロ部分が出てくるたびにそこに喜々として美しい絵を描き込んでいくような雰囲気です。
もっとも、当時のバッハ演奏の流れから言えば「これはバッハじゃない!」と言われても仕方のない演奏なのですが、そんなつまらぬ様式感などを吹き飛ばしてしまうほどの面白さに溢れています。
そして、次に面白いと思ったのはモーツァルトのジュピターです。
これはクレンペラーの頑固さに上手い具合にフィラデルフィアの美しい衣が巻き付いた感じで、同じ年にフィルハーモニア管とスタジオ録音をした演奏と較べてみれば、モーツァルトに必要な微笑みのような物が消えてしまっていないのが魅力的です。スタジオ録音の方はいかにもクレンペラーらしくはあるのですが、何ともいえず無骨で不器用な音楽だなと感じてしまう面もあるので、それをフィラデルフィアのサウンドが適度に中和させています。
さらに、指を折ればブラームスの3番とシューマンの4番に注目します。
ここでも、フィラデルフィア管らしい音色の美しさと歌う本能が上手くクレンペラーの構築性ととけ合っています。また、時々あらわれるソロパートなどでは、「これがフィラデルフィアのサウンドだよ!」と言いたげに美しい音楽を聞かせてくれるあたりも聞きどころでしょうか。
しかし、そこはさすがはクレンペラーで、締めるべきところは締めて、例えばシューマンなどでは終楽章ではぐっと腰を下ろして堂々たる盛り上がりを築いています。
ブラームスに関しても、この第3番は彼がもっとも得意とした作品で、フィルハーモニア管とのスタジオ録音でも情緒にもたれることなくかっちりとしたフォルムの中から寂寞とした雰囲気がにじみ出してくる演奏を聞かせてくれていました。そう言うアプローチはこのライブ演奏でも変わるところはないのですが、それがフィラデルフィアのサウンドで聞けるところは大きな魅力です。
と言うことで、最後はベートーベンだけが残るのですが、一番最初の10月20日の演奏会での第3番「エロイカ」はに関しては初手合わせと言うこともあったのか、お互いが手探り状態で終わってしまったという感じです。しかし、そのあとの第6番はフィラデルフィアのサウンドとクレンペラーの悠然とした音楽作りが上手くマッチングして、57年のフィルハーモニア管とのスタジオ録音とは一時違った魅力が楽しめます。
それから、スタジオ録音の時にプロデューサーのレッグが「いくら何でも遅すぎる」とぼやいた第3楽章の異形はここでも健在で、それがクレンペラーのこの作品に対する確固たる解釈でったことが確認できて興味深かったです。
それから10月27日のエグモント序曲ですが、これはその毅然たる音楽作りに好意的な評価を寄せている人が多いのですが、私はなんだかワンフレーズごとに念押しをされるように感じられて、聞いていて立派だとは思うのですが今ひとつピンと来ません。
それから、最終日の第7番の交響曲も実に立派な演奏ではあるのですが、スタジオ録音の重戦車が驀進して地上のあらゆるものを薙ぎ倒していくような迫力を既に聞いてしまっている身としては物足りなさを感じてしまいます。
やはり、ベートーベンに関してはクレンペラーの指示に完璧に追随しているフィルハーモニア管との録音があまりにも素晴らしすぎるので、どうしてもそれらと比較してしまいます。
なお、音源によっては10月20日が10月19日、11月3日が11月2日とクレジットされているものもあります。
ここでは、取りあえず私が持っている音源の録音クレジットに従いました。
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