シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
アタウルフォ・アルヘンタ指揮 ロンドン交響楽団 1957年1月録音
Chabrier:Espana Rhapsody for Orchestra
スペインで聞いた情熱的な音楽の印象が反映

シャブリエと言えば狂詩曲「スペイン」が有名です。あの冒頭の弾むようなリズムとメロディは、日頃はクラシック音楽などは聞かない人でも一度はどこかで聞いた覚えがあるでしょう。シャブリエがスペインを旅行した際の、同地の情熱的な音楽の印象をもとにして作曲されたといわれています。
そして、その頃はスペイン人でない作曲家による「スペイン風」の音楽が人気でしたので、それもこの作品の成功を後押ししたものと思われます。
例えば、「スペイン交響曲」で有名なラロもまたスペイン人ではなくてフランス人なのですが、彼に至ってはスペインに旅行したこともないのに「スペイン交響曲」を書いて有名になってしまったのです。
しかし、それ以外のシャブリエの作品と言われると、ほとんど思いつきません。
もちろん、こういうタイプの作曲家は他にもいて、それを世の人は「一発屋」と呼んだりするのですが、考えても見てください、後世に一つでも残る作品を書ければそれは凄いことなのです。
さらに、シャブリエという人は、才能が枯渇してこれ一曲だけに留まったのではなくて、そもそもが音楽家として活動した期間が歪に短かったのです。と言うのも、彼は音楽的才能に恵まれながらも音楽だけで食っていくことには自信が持てず、父親の勧めによってパリで法律を学び、内務省勤務の公務員として人生の大半を過ごしたのです。
そして、そんな公務員生活にさようならをして、何とか音楽だけで食っていく決意をした時には40才になっていたのです。さらに、そうやって決意した音楽家生活も54才という若さで世を去ったために、その活動期間はわずか14年しかなかったのです。
大体が、音楽で食っていく自信がないので手堅く公務員生活を送りながら、その余暇で音楽の活動をしていたというような性格の人間は、どう考えても芸術活動にむくとは思えないのです。クラシック音楽の作曲家のバイオグラフィを眺めてみれば、それは見事なまでに「人格破綻者」の群れです。いや、まだ「人格破綻者」で留まっていればまだましな方で、酷いのになると「人非人(例えば・・・ドビュッシー)」や「極悪人(例えば・・・ワーグナー)」なども数多く見いだすことが出来るのです。
ですから、どう考えても芸術家には向かない堅実な性格でありながら、それでも後世に残るような作品を残したシャブリエという人は、本当に優れた音楽的才能に恵まれていたのでしょう。ただし、音楽家としての活動は晩年の10年あまりだったので、残された作品が多くないので、「狂詩曲スペイン」だけの作曲家と誤解される原因となってしまったようです。
思いっきりスペインの側にふれた演奏
アタウルフォ・アルヘンタの名前も聞くことは少なくなってきたのですが、未だに一部では根強い支持者がいるようです。それは、若くして不幸な死を迎えたアルヘンタへの思いがあるからでもあり、さらに言えば、彼の最後の年となった1957年から58年にかけての演奏と録音が素晴らしかったからです。
とりわけ、「Espana!(エスパーニャ)」と題されたアルバムには以下の4曲が収録されていて、その思いっきりスペインの側に振り切れた演奏は今も名盤として名高い一枚となっています。
- グラナドス:アンダルーサ(スペイン舞曲第5番)
- シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
- モシュコフスキ:スペイン舞曲第I巻 Op.12
- リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34
このうちグラナドスだけがスペイン人なのですが、それ以外は全て外国人によるスペイン風の音楽が選ばれています。さらに言えば、グラナドスもまたカタルーニャ地方の出身ですから、スペインの中では独自の文化持った地域にルーツを持っています。
ですから、それらの作品はあくまでも「スペイン風」であって、その作品の根っこにはそれぞれの母国の血のようなものが流れています。
確認するまでもないかもしれませんが、シャブリエはフランス、モシュコフスキはポーランド、そしてリムスキー・コルサコフは言うまでもなくロシアです。
この中でも、リムスキー・コルサコフのスペイン奇想曲は「スペイン」と名前はついていても根深くロシアの憂愁みたいなものがつきまとう作品です。しかし、アルヘンタはそう言うものは全て投げ捨てて、明るく弾むようなスペインの音楽として聞き手に提示してくれています。それはもう、爽快という一言に尽きます。
しかしながら、この少し前までは、アルヘンタはこういう人ではありませんでした。
切っ掛けは、1956年に結核のために長く指揮活動を中断しなければいけなかったことです。もともと病弱だったと伝えられているアルヘンタですから、それは彼に大きな衝撃と同時に、自分の音楽をもう一度見つめ直す機会を与えたのかもしれません。
それだけに、1958年1月に、車のエンジンを切らずに眠り込んでしまい、一酸化炭素中毒で急逝したのは実に惜しまれる話です。
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