バッハ:ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調 BWV1051
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1957年7月9日録音
Bach:Brandenburg Concerto No.6 in B-flat major, BWV 1051 [1.(no tempo indication)]
Bach:Brandenburg Concerto No.6 in B-flat major, BWV 1051 [2.Adagio, ma non tanto]
Bach:Brandenburg Concerto No.6 in B-flat major, BWV 1051 [3.Allegro]
就職活動?

順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。
バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。
バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。
今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。
ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。
- 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。
- 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。
- 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。
- 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。
- 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。
- 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。
どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。
しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。
その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。
聞いて楽しければ何が悪い
昔の巨匠と言われた人は良くバッハのブランデンブルグ協奏曲を取り上げています。もちろん全曲を取り上げなくても、その中からお気に入りの作品を取り上げると言うことはよく行っていました。
ですから、こうしてミュンシュとボストン響がこの作品を取り上げているのは何の不思議もないのですが、よく調べてみるバッハの作品で録音しているのはこのブランデンブルグ協奏曲だけのようなのです。そして、それはミンシュ以降においてもボストン響はほとんどバッハ作品は録音していない雰囲気なので、このブランデンブルグ協奏曲の全曲録音は非常にレアな録音だったと言えます。
言うまでもないことですが、ここでは後のピリオド演奏とは縁遠いだけでなく、いわゆるバロック的な様式というのもほとんど意識せずに、まるでロマン派の音楽であるのかのようにひたすら美しく歌い上げています。そこには、バッハだからと言って構えることはなく、ソリストを任されたオケの団員たちも実に楽しそうに演奏している雰囲気が伝わってきます。
そして、そう言う楽しげな雰囲気が一番伝わってくるのは第5番のピアノ演奏でしょうか。他の作品では通奏低音にはチェンバロを使っているようなのですが、この第5番では大きな役割を果たす鍵盤楽器にピアノを採用しています。しかし、そのピアノはソロ楽器としての威力を誇示するのではなく、実に楽しげに合奏の中に溶け込んでいるのです。カデンツァの部分でも「さあ、どうだ!!」みたいな大仰な構えではなく、音楽全体の中にしっくりと溶け込ませています。
言うまでもないことですは、オケのメンバーにピアニストはいませんから、ここだけは外部から人を呼んでいるのですが、作曲家でもあったルーカス・フォスは非常に物の道理がよく分かったピアニストだったのでしょう。
それから、トランペットやホルン奏者も目一杯楽しげに吹きまくっているのも実に楽しいです。おそらくは眉を顰める謹厳な方も少なくないと思われるのですが、色彩感溢れる豪快な音楽を持ち味にしているミンシュの棒なのですから、こうでなくっちゃいけません・・・等と、気楽な聞き手である私などは思ってしまうのです
それにしても、こういうふうにしかめっ面とは縁遠いバッハというのは、今の時代になってみればこの上もなく好ましく思えます。
そして、その背景には、この録音がボストン響にとっての夏のお祭りとも言うべきタングルウッドでの音楽祭で録音されたことが大きく寄与しているのでしょう。
おそらく、音楽祭での演奏がよほど楽しかったのでしょう。その楽しい雰囲気というか、勢いというか、そう言う熱気を持ったまま録音もやっちゃいましょうという感じで突っ走ったのでしょう。
おそらく、こんな言い方をすると少なくない人から顰蹙を買うかと思うのですが、ピリオド演奏というムーブメントが最終的には「クソどうでもいい」細部のテクストや様式などと言う「学問的」側面に絡め取られて「音楽としての楽しさ」からかけ離れていった事への、過去からのカウンターパンチになっていると思うのです。
まあ、ピリオド演奏の側から言えば、あり得ないほど無茶苦茶な演奏だと言うことになるのでしょうが、私などは聞いて楽しければ何が悪い!!と開き直ってしまいたくなるものでした。
正直、この全6曲を一気に聞き通せたのは久しぶりです。つまりは、それだけ楽しくて面白かったと言うことです。
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