ベーラ・バルトーク:「中国の不思議な役人」組曲 Sz.73
ゲオルグ・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1963年10月録音
Bartok:The Miraculous Mandarinm Suite, Sz.73
切なくも美しい音楽なのかもしれません
この作品はバレエとして上演され、バルトークもその事を渋々承諾したのでバレエ音楽として認識されていることが多いのですが、本来は「無言劇」のための音楽として作曲されたものでした。そのためか、バルトークは総譜に「音楽を伴うパントマイム」と記すことを念押ししていました。
ところが、この無言劇はケルンで初演されたのですが、その内容が問題となって上演が中止となってしまいます。ただし、その中止命令は後のナチス時代のようなものではなくて、その物語の内容があまりにも奇怪でありグロテスクなものだと思われたからです。
そこで、バルトークは後半のグロテスクな部分をバッサリと切り落とし、前半部分をつなぎ合わせた「組曲版(実施的には抜粋版)」を作ります。現在では全曲版よりもこの組曲版の方が演奏される機会が多いようです。
この物語の舞台は特定されていないのですが、清朝末期の中国のようでもあり、古いヨーロッパの街でもあるような不思議なイメージが与えられています。
登場人物は3人の男と一人の少女、そしてその少女を囮としてカモとなる3人の男です。
3人の男はこの少女を利用して誘惑した男から金を巻き上げようとします。
一人目は老人で二人目は青年です。しかし、この二人はお金を持っていなかったので3人の男は彼らを追い払ってしまいます。
3人の男はもっと金を持っていそうな奴を誘惑しろと少女に命令すると、そこにいかにも金を持っていそうな中国の役人が現れます。少女はその役人に不気味なものを感じたのか最初は躊躇うのですが、やがては命じられたままにその役人を誘惑し始めます。
すると、その役人はその誘惑に乗ってきて、さらにはその少女に夢中になって追いかけ回します。
組曲版はここで終わりとなります。
何故ならば、上演禁止となったグロテスクな内容はここから始まるからです。
少女を追いかけまわす役人を3人の男は取り押さえて金品を巻き上げ、さらにはその役人に枕を押し当てて窒息させて殺してしまうのです。3人の男はこれで一仕事が終わったと思ったのですが、死んだはずの役人が再び少女を見つめていることに気づき驚きます。
まだ死んでいなかったのだと思った3人の男はさらに刃物で役人を刺し殺します。しかし、それでも役人は死なずに少女に飛びつこうとします。
そこで3人の男はその役人を取り押さえて天上から吊すのですが、断末魔の苦しみにもがき苦しむ役人は次第に緑色に光りはじめるのです。
そのあまりの出来事に3人の男たちは恐怖に震えおののきます。
しかし、やがて少女はあることに気づきます。彼女は中国の役人を下におろして彼を抱きしめるのです。
そうすると、その役人は自らの思いを満たされたかのように穏やかに死んでいって幕は下りるのです。
つまりは、この後半部分の残虐な殺人シーンと、殺しても殺しても死なない役人の不気味さがあまりにもグロテスクなものととらえられたのです。
しかし、この異常な状態の中で一瞬でも思いが満たされる役人の姿にはある種の切なさと美しさが漂うことも見逃せません。
考えてみれば、この中国の役人は古いヨーロッパの街に住まう不思議な存在でした。それは、満たされぬ思いゆえに死ぬに死にきれないという存在であり、常に異邦人として生きていかなければならない存在だったのです。その姿は自らの思いは常に満たされることのなかったバルトーク自身と重なってくるのです。。
そう思えば、切なくも美しい音楽なのかもしれません。
音楽の底に流れる土俗性を見失っていない
こういう作品をショルティのような指揮者が録音したものを再生するのは難しいものだと感じてしまいました。
私の再生システムはメインとサブの2系統があります。
メインシステムはDDCやDACの両方にマスター・クロックを注入したりしてギリギリにまで締め上げています。このメインシステムでこのようなバルトークの録音を聞くとその精緻な構造に耳が吸いよせられます。この作品は後のシカゴ響時代にも録音しているのですが、その精緻さはこの時代においても変わることなく、それに応えるロンドン響も見事なものです。
しかしながら、バルトークの作品を聞くときは、いつもその様な精緻さだけでいいのだろうかという疑問がいつも頭をよぎります。
何故ならば、彼は民族音楽の専門家であり、彼が収集した民族音楽の数は膨大な数に達します。しかし、彼はその収集した民族音楽をそのままの形で自らの創作活動に利用することは一切行いませんでした。しかし、民族音楽の旋律やリズムが生の形では出てこなくても、その音楽の底には何処か土俗的なものが流れていることに気づかされます。
そして、ひたすら精緻なだけの演奏を聞かされると、確かにその磨き抜かれた美しさに感心はするものの、何処か物足りなさを感じるのです。
そして、今回、つくづく再生という行為は難しいと感じたのは、この全く同じ録音をザックリとした構成にしかなっていなサブのシステムで聞くと、精緻さは後退するものの、逆にショルティの演奏に秘められている土俗的な力強さみたいなものが前面で出てくるのです。
そのサブ・システムはの音は、これらの作品に込められている最も大切な「魂」の部分がはっきりと聞き手に伝えてくれるのです。
そして、もう一度メインのシステムで聞き直してみると、その精緻さに惑わされることなく、先ほど聞いたイメージを脳内で確認しながら聴いていくと、確かにそう言う側面を見失っていないショルティの凄さに気づかされます。
そうなると、努力に努力を重ねて築き上げたメイン・システムってなんだったのかと考え込んでしまいます。
そう言えば、いつかわが家を訪れてくれたとあるオーディオ仲間の一人は、明確にサブ・システムの音の方が好きだと断言して帰っていきました。その時は些かガックリと来たものですが、今回ショルティの棒でバルトーク作品を聞き直してみて、その時の彼のことを思い出してしまいました。
うーん、音楽再生の道は未だ険しく道は遠いようです。
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