クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012

(Cello)アントニオ・ヤニグロ:1950年10月~11月録音





Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [1.Prelude]

Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [2.Allemande]

Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [3.Courante]

Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [4.Sarabande]

Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [5.Gavottes]

Bach:Cello Suite No.6 in D major, BWV 1012 [6.Gigue]


真に優れたものは、どれほど不当な扱いを受けていても、いつかは広く世に認められる

「組曲」とは一般的に何種類かの舞曲を並べたもののことで、16世紀から18世紀頃の間に流行した音楽形式です。この形式はバロック時代の終焉とともにすたれていき、わずかにメヌエット楽章などにその痕跡を残すことになります。

その後の時代にも組曲という名の作品はありますが、それはこの意味での形式ではなく、言ってみれば交響曲ほどの厳密な形式を持つことのない自由な形式の作品というものになっています。
この二通りの使用法を明確に区別するために、バッハ時代の組曲は「古典組曲」、それ以後の自由な形式を「近代組曲」とよぶそうです。
まあ、このような知識は受験の役に立っても(たたないか・・)、音楽を聞く上では何の役にも立たないことではありますが。(^^;

バッハは、ケーテンの宮廷楽長をつとめていた時代にこの組曲形式の作品を多数残しています。

この無伴奏のチェロ組曲以外にも、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ、無伴奏フルートのためのパルティータ、そして管弦楽組曲等です。

それにしても疑問に思うのは、この難曲である無伴奏のチェロ組曲を誰が演奏したのかということです。
ヴァイオリンの方はおそらくバッハ自身が演奏したのだろうと言われていますが、チェロに関してはそれほどの腕前は持っていなかったことは確かなようです。
だとすると、ケーテンの宮廷楽団のチェロ奏者がこの曲を演奏したと言うことなのでしょうか。
現代においてもかなりの難曲であるこの作品を一体彼はどのような思いで取り組んだのでしょうか。

もっとも、演奏に関わる問題は作品にも幾ばくかの影響は与えているように思います。
なぜなら、ヴァイオリンの無伴奏組曲と比べると無伴奏チェロ組曲の6曲全てが定型的なスタイルを守っています。

また、ヴァイオリンの組曲はシャコンヌに代表されるように限界を超えるほどのポリフォニックな表現を追求していますが、チェロ組曲では重音や対位法的な表現は必要最小限に限定されています。
もちろん、チェロとヴァイオリンでは演奏に関する融通性が違いますから単純な比較はできませんが、演奏者に関わる問題も無視できなかったのではないかと思います。

それにしても、よく知られた話ですが、この素晴らしい作品がカザルスが古道具屋で偶然に楽譜を発見するまで埋もれていたという事実は信じがたい話です。
それとも、真に優れたものは、どれほど不当な扱いを受けていても、いつかは広く世に認められると言うことの例証なのでしょうか。

第6番ニ長調 BWV1012



  1. 前奏曲(Praeludium)

  2. アルマンド(Allemande)

  3. クーラント(Courante)

  4. サラバンド(Sarabande)

  5. ガヴォット I/II

  6. ジーグ(Gigue)


バッハはこの作品を5弦のチェロで演奏することを想定して作曲しました。当然のことながら通常のチェロは4弦ですから、ハイポジションを多用した超絶テクニックで乗り切らなければなりません。もちろん、バッハ時代の5弦のチェロを復元して演奏をしてもいいのですが、それではハイポジションを多用した通常のチェロで演奏したときとは音楽の雰囲気が全く変わってしまいます。
やはり、この作品からイメージされる強い緊張感に満ちた音楽にするためには、超絶テクニックを使った通常のチェロである塩素する必要があるようです。
ただし、ヘタをすると首を絞められたような悲鳴になりかねないので難しいところです。


ヤニグロが感じとった自由で明るいバッハ


もう随分とたくさんのバッハのチェロの無伴奏組曲の録音を紹介してきました。おそらく、もうバッハの無伴奏は今までの録音だけで十分!!、と言う人も数多くいることでしょう。しかし、紹介に値する演奏と録音があるのならば、やはりそれは紹介せざるを得ません。
と言うことで、そのあたりはご承知していただいて(^^;お付き合いいただければと思います。

私がヤニグロというチェリストと初めてであったのは、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団によるリヒャルトシュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」でした。

私にとっての交響詩「ドン・キホーテ」の刷り込みはセル&クリーブランド管の録音で、フルニエによるチェロ独奏のパートはまるでオーケストラパートの一部であるかのようにオケの響きの中に同化されてしまっていました。そして、そこに立ちあらわれるドンキ・ホーテは燦めく甲冑を身にまとい、見果てぬ夢に向かって突き進む19世紀的な悲劇的な主人公であるかのように聞こえました。

ところがヤニグロによるドン・キホーテはまるで酒でも食らって、あちらで頭をぶつけ、こちらでつっ転ぶみたいな、まさに妄想癖に取り憑かれたいかれ親父そのものでした。
その「いかれ具合」ときたらもうやりたい放題という感じで、その面白さたるや、まさにチャップリンを彷彿とさせるものでした。

そんなわけで、私とヤニグロとのファースト・コンタクトは幸せだったのか不幸せだったのかは悩むところなのですが、その後彼の録音を聞き込んでいくうちに、なかなか一つの言葉でまとめきれるようなチェリストではなく、一筋縄ではいかない存在であることはよく分かりました。

この1950年代の前半に録音されたチェロの聖典とも言うべきバッハの無伴奏組曲は、ドンキ・ホーテの時のような「いかれ親父」のような演奏になっているはずはありません。しかしながら、この組曲がチェリストにとっての「聖典」であるからっと言って、妙に構えて重苦しくなったり、堅苦しくなることはありません。
そう言えば、彼の手になるヴィヴァルディのチェロ・ソナタを紹介したときに、「あれっ?これってなんだかバッハぽい!」と感じたのですが、誤解を恐れずに言い切ればこのバッハはそれとは逆に。「何だかヴィヴァルディっぽい!」と言いたくなってしまう部分があるのです。

とにかく、この演奏は重く暗いゲルマン的な雰囲気よりは地中海的な軽さに貫かれています。
だからといって、彼がバッハを軽く見ているわけでないことは言うまでもありません。バッハへの深いリスペクトはもちながらも、ヤニグロが感じとった自由で明るいバッハ像を描き出しているのです。
ですから、基本的なスタイルはしっかりと保持しながら、時にはアドリブのように細かい表情付けをする部分があるのがヤニグロらしいと言えます。

このヤニグロの演奏を聞いていてふと頭をよぎったのが、20代のころのヨー・ヨーマがいとも軽々と弾き言った全曲録音でした。
「バッハをこんなに軽々と弾かれたのではたまったものではない」という評があったり、お決まりのように「精神性」などと言う訳の分からない言葉を持ち出して酷評する評論家もたくさんいました。しかし、私にとって、あのヨー・ヨーマの録音は記憶の中に留まり続ける録音でしたし、今もそれは全く変わっていません。

言うまでもなく、バッハの無伴奏チェロ組曲の全曲録音などと言うものは掃いて捨てるほど存在するのですから、その中で印象に残る録音というのはそれほど多くはありません。
そして、このヤニグロの演奏がそのヨー・ヨーマの演奏と何処か通ずるものを感じてしまったが故に、これもそれなりに私の記憶に留まり続ける演奏になったのかもしれません。

ただし、一つだけ贅沢を言わせてもらえば、「短調」の作品(2番・5番)に関してはいささか重く感じてしまうことです。
まあ、もとが短調なのですから仕方がないのですが、ヨー・ヨーマは短調でも突き抜けるほどの伸びやかさがありました。もっとも、その「脳天気」さが大御所の先生方にとっては許し難かったのでしょう。
ですから、ヤニグロもまた、そこまで突き抜けて欲しかったですし、ヤニグロならば出来ただろうに思うだけに、そんな贅沢な言葉が出てしまうのです。

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