メンデルスゾーン:「夏の夜の夢」 作品21&61 より(抜粋)
ピエール・モントゥー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年録音
Mendelssohn:A Midsummer Night's Dream ,Op.21 [1.Overture Op. 21]
Mendelssohn:A Midsummer Night's Dream ,Op.61 [2.Scherzo, Op. 61 No.1]
Mendelssohn:A Midsummer Night's Dream ,Op.61 [5.Nocturne, Op. 61 No.7]
Mendelssohn:A Midsummer Night's Dream ,Op.61 [6.Wedding March, Op. 61 No.9]
メンデルスゾーンの天才性が発露した作品

まず初めにどうでもいいことですが、この作品は長く「真夏の夜の夢」と訳されてきました。それは、シェークスピアの原題の「A Midsummer Night's Dream」の「Midsummer」を「真夏」と翻訳したためです。
しかし、これは明らかに誤訳で、この戯曲における「Midsummer」とは、「midsummer day(夏至)」を指し示していることは明らかです。この日は「夏のクリスマス」とも呼ばれる聖ヨハネ祭が祝われる日であり、それは同時に、キリスト教が広くヨーロッパを覆うようになる以前の太陽神の時代の祭事が色濃く反映している行事です。ですから、この聖ヨハネ祭の前夜には妖精や魔女,死霊や生霊などが乱舞すると信じられていました。
シェークスピアの「A Midsummer Night's Dream」もこのような伝説を背景として成りたっている戯曲ですから、この「Midsummer」は明らかに「夏至」と解すべきです。
そのため、最近は「真夏の夜の夢」ではなくて、「夏の夜の夢」とされることが多くなってきました。
まあ、どうでもいいような話ですが・・・。
さらに、どうでもいいような話をもう一つすると、この作品は組曲「夏の夜の夢」として、序曲に続けて「スケルツォ」「間奏曲」「夜想曲」「結婚行進曲」が演奏されるのが一般的ですが、実はこの序曲と、それに続く4曲はもともとは別の作品です。
まず、序曲の方が先に作曲されました。これまた、元曲はピアノ連弾用の作品で、家族で演奏を楽しむために作曲されました。しかし、作品のできばえがあまりにもすばらしかったので、すぐにオーケストラ用に編曲され、今ではこの管弦楽用のバージョンが広く世間に流布しています。
これが、「夏の夜の夢序曲 ホ長調 作品21」です。
驚くべきは、この時メンデルスゾーンはわずか17歳だったことです。
天才と言えばモーツァルトが持ち出されますが、彼の子ども時代の作品はやはり子どものものです。たとえば、交響曲の分野で大きな飛躍を示したK183とK201を作曲したのは、彼もまた1773年の17歳の時なのです。
しかし、楽器の音色を効果的に用いる(クラリネットを使ったロバのいななきが特に有名)独創性と、それらを緊密に結びつけて妖精の世界を描き出していく完成度の高さは、17歳のモーツァルトを上回っているかもしれません。
ただ、モーツァルトはその後、とんでもなく遠いところまで歩いていってしまいましたが・・・。
ついで、この序曲を聴いたプロイセンの王様(ヴィルヘルム4世)が、「これはすばらしい!!序曲だけではもったいないから続くも書いてみよ!」と言うことになって、およそ20年後に「劇付随音楽 夏の夜の夢 作品61」が作曲されます。
このヴィルヘルム4世は中世的な王権にあこがれていた時代錯誤の王様だったようですが、これはバイエルンのルートヴィヒ2世も同じで、こういう時代錯誤的な金持ちでもいないと芸術は栄えないようです。(^^;
ただし、ヴィルヘルム4世の方は「狂王」と呼ばれるほどの「器の大きさ」はなかったので、音楽史に名をとどめるのはこれくらいで終わったようです。
作品61とナンバリングされた劇付随音楽は以下の12曲でできていました。
- スケルツォ
- 情景(メロドラマ)と妖精の行進
- 歌と合唱「舌先裂けたまだら蛇」(ソプラノ、メゾソプラノ独唱と女声合唱が加わる)
- 情景(メロドラマ)
- 間奏曲
- 情景(メロドラマ)
- 夜想曲
- 情景(メロドラマ)
- 結婚行進曲 - ハ長調、ロンド形式
- 情景(メロドラマ)と葬送行進曲
- ベルガマスク舞曲
- 情景(メロドラマ)と終曲(ソプラノ、メゾソプラノ独唱と女声合唱が加わる)
ただし、先にも述べたように、現在では作品21の序曲と、劇付随音楽から「スケルツォ」「間奏曲」「夜想曲」「結婚行進曲」の4曲がセレクトされて、組曲「夏の夜の夢」として演奏されることが一般的となっています。
朝陽の中に妖精たちが溶けるように消えていく
メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の序曲は彼が17歳の時の作品です。しかし、そこで彼が成し遂げたものはオーケストラ音楽における「一つの革命」と言ってもいいほどの価値を持っていました。
おそらく、その流れはウェーバーあたりに遡ることが出来るのでしょうが、純粋器楽の合奏体として発展してきたオーケストラと、オペラの伴奏を務めるオーケストラが次第に融合し始め、その最も優れた初期の成果がこの「序曲」だからです。
夏の夜に翔びかう妖精たちの羽音やロバのいななき、そして朝陽の中に溶け込んでいくような妖精たちの姿をここまで見事の表現しえたのはメンデルスゾーンが初めてでした。そのようなファンタジックな幻想的な世界をオーケストラという合奏体で描ききったところにメンデルスゾーンの偉大さがあります。
しかし、音楽史の中でメンデルスゾーンは不当に低く評価されてきていて、大御所の評論家の中でも「彼はこの序曲以上の作品をこの後に書くことはなかった」などと言われたりもしたものです。
その背景には、彼のオラトリオなどを中心とした晩年(と言っても30代でしたが)の作品がほとんど知られていなかったことが大きな原因だったと言えます。そして、そうなってしまった背景にナチスによる徹底的なユダヤ人排斥の政策があり、それが戦後になっても払拭されなかったことは覚えておいてもいいでしょう。
しかし、先に挙げた大御所たちの発言は、それでもなおこの「序曲」為し得た成果については無視できなかったことの裏返しでもあります。
その後、メンデルスゾーンはプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の要請によって「夏の夜の夢」の劇付随音楽を作曲し、その時に17歳の時の序曲も再利用されました。30代になって書き上げた付随音楽と17歳の時の「序曲」を聞き比べてみれば、その若き「処女作」と言ってのいいほどの音楽がいかに「革命」的なものだったかを思い知らされます。
そして、そう言う精緻な管弦楽法によって生み出される世界は、モントゥのような精緻にして正確な指揮技術を持った人間にとっては最も相応しい作品であることをこの録音は証明しています。
とりわけ、序曲の最期の場面、朝陽の中に妖精たちが溶けるように消えていくシーンはこの上もなく素晴らしいものです。先にも書いたように、こういうタイプの指揮者にとって年による衰えはほとんど影響しません。
とりわけ、最少の動きでもって音楽の全てをこの上もなく正確に伝えることの出来る指揮者にとっては、80歳を超えた年齢などは何の支障にもならないことを教えてくれます。
そして、その指示に完璧に応えて最上の響きでえているウィーンフィルの素晴らしさについては言う間もないことです。
収録作品
- 序曲, OP.21
- スケルツォ, Op.61 No.1
- 夜想曲, Op.61 No.7
- 結婚行進曲, Op.61 No.9
よせられたコメント
2020-08-19:コタロー
- モントゥーの練達の指揮ぶりが目いっぱい味わえる演奏です。とりわけ「序曲」が出色です。とにかく、あの指揮者泣かせで有名なウィーン・フィルを見事に手なずけて、メンデルスゾーンの音楽に欠かせない精緻さや流麗さを十全に表現しています。それだけで、モントゥーはまさに「巨匠」の名にふさわしい指揮者だと思います。
これからもモントゥーの名演奏をどしどし紹介されることを切に望みます(例えば60年代前半にフィリップスにまとめて録音された演奏が、まだ陽の目をみていないですよね)。
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