クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調 BWV1049

アドルフ・ブッシュ指揮 (Flute)マルセル・モイーズ,ルイーズ・モイーズ ブッシュ・チェンバー・プレイヤーズ 1935年9月9日~17日録音





J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [1.Allegro]

J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [2.Andante]

J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [3.Presto]


就職活動?

順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。

バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。

バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。

今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。

ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。


  1. 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。

  2. 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。

  3. 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。

  4. 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。

  5. 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。

  6. 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。




どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。

しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。

その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。

マルセル・モイーズに注目!!


この録音で注目すべきはフルートとのマルセル・モイーズでしょう。
モイーズは今もなお、フルート演奏者にとっては「神」のごとき存在です。その功績を一言で表現すれば、「近代フルート奏法」の確立者と言うことでしょう。
生まれてすぐに孤児同然となったり、ナチスのパリ占領に抗議してパリを離れたりと起伏の多い人生をおくった人ですが、ここで聞くことができるのは演奏家としてのモイーズの絶頂期の録音です。

ただし、モイーズが不幸だったのは、ブッシュにしてもエーリヒ・クライバーにしても同じなのですが、戦争が終わってみればナチスに対して毅然とした態度を取ったがゆえに故国での立場を失ってしまっていたことです。
モイーズにとってはそれはパリ音楽院における教授職だったのですが、戦争が終わればナチス支配下のパリでモイーズの後釜として教授職に就いていた人物がそのまま居座っていたのです。しかしながら、モイーズにすれば戦争が終わればそんな事は旧に復すると思っていたのですが、現実はそうはならなかったのです。
それは、エーリヒがドイツに復帰したときに、フルトヴェングラー以外の音楽家が冷ややかな態度、もしくはあからさまな敵意を死したこととどこかに通っています。
そんな理不尽に対して抗議したモイーズに対して音楽院が示した妥協策はフルートの教授職を二人体制にしてモイーズを受け容れることだったのですが、それはモイーズのプライドが許しませんでした。

結局、モイーズはそんな戦後のパリとフランスに嫌気がさしてアメリカに移ってしまいます。

ですから、その後も1984年まで長生きしたにもかかわらず戦後の録音はほとんど残っていません。
しかし、その代わりに晩年はチューリッヒの近くの小さな村でマスタークラスを開設して数多くの演奏家を育てました。

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