ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108
(Vn)ハイメ・ラレード:(P)ウラディーミル・ソコロフ 1959年11月4日~5日録音
Brahms:Violin Sonata No.3 in D minor, Op.108 [1.Allegro]
Brahms:Violin Sonata No.3 in D minor, Op.108 [2.Adagio]
Brahms:Violin Sonata No.3 in D minor, Op.108 [3.Un poco presto e con sentimento]
Brahms:Violin Sonata No.3 in D minor, Op.108 [4.Presto agitato]
ロマン派におけるヴァイオリン・ソナタの傑作

ブラームスは3曲のヴァイオリン・ソナタを残していますが、これを少ないと見るかどうかは難しいところです。
確かに一世代前のモーツァルトやベートーベンと比べると3曲というのはあまりにも少ない数です。しかし、ベートーベン以降のロマン派の作曲家のなかで3曲というのは決して少ない数ではありませんし。
さらに、完成度という観点から見ると、これに匹敵する作品はフランクの作品以外には思い当たりませんから、そういう点を考慮すれば3曲というのは実に大きな貢献だという方が正解かもしれません。
ブラームスの第1番のソナタは1878年から79年にかけて、夏の避暑地だったベルチャッハで作曲されました。45才になってこのジャンルに対する初チャレンジというのはあまりにも遅すぎる感がありますが、それはブラームスの完全主義者としての性格がそうさせたものでした。
実は、この第1番のソナタに至るまで、知られているだけでも4曲のソナタが作曲されたことが知られています。そのうちの一つはシューマンが出版をすすめたにもかかわらず、リストたちの忠告で思いとどまり、結果として失われてしまったイ短調のソナタも含まれています。
他の3曲は弟子の証言から創作されたことが知られているものの、ブラームスによって完全に破棄されてしまって断片すらも残っていません。
ブラームスがファーストシンフォニーの完成にどれほどのプレッシャーを感じていたかは有名なエピソードですが、そのプレッシャーは決して交響曲だけに限った話ではありませんでした。
ベートーベンが完成形を提示したジャンルでは、ことごとくプレッシャーを感じていたようで、そのプレッシャーがヴァイオリン・ソナタというジャンルでも大量の作品廃棄という結果をもたらしたようです。
では、ヴァイオリン・ソナタという形式の「何」が、ブラームスに対して多大な困難を与えたのでしょうか。
もちろん、私ごとき愚才がブラームスの心中を推し量ることなどできようはずもないのですが、そこを無理してあれこれ思案をしてみれば、おそらくはヴァイオリンとピアノのバランスをどうとるかという問題だったのではないかと思います。
言うまでもないことですが、ヴァイオリン・ソナタの歴史を振り返ってみれば、ヴァイオリンとピアノという二つの楽器が対等な関係ではなくて、どちらかが主で他が従という形式をとっていました。それが、モーツァルトという天才によって初めて両者が対等な関係でアンサンブルを形成する音楽へと発展していきました。そして、この方向性のもとで一つの完成形を示したのが言うまでもなくベートーベンでした。
しかし、一連のベートーベンの作品を聴いてみると、事はそれほど単純ではないことに気づかされます。
鍵盤楽器としてのピアノの機能が未だに貧弱だったモーツァルトの時代では、ヴァイオリンとピアノは十分に共存できましたが、ベートーベンの時代になるとピアノは急激に発展していき、オーケストラを向こうに回して一人で十分に対抗できるまでの力を蓄えてしまいます。それに比べると、ヴァイオリンという楽器は弓の形状は多少は変わったようですが、弓を弦に擦りつけて音を出すという構造は全く変わっていないわけですから大きな音を出すにも限界があります。ですから、クロイツェル・ソナタなどでピアノが豪快にうなりを上げて弾ききってしまうと、さすがのベートーベンをもってしてもヴァイオリンがかすんでしまう場面があることを否定できません。
そして、ロマン派の時代になるとピアノはその機能を限界まで高めていきます。(ブラームスのピアノコンチェルトの2番を聴くべし!!)
頭の中だけでこの両者を丁々発止のやりとりをさせて上手くいったと思っても、実際に演奏してみるとピアノがヴァイオリンを圧倒してしまい「何じゃこれ?」という結果になってしまうのです。
つまり、この二つの楽器の力量差を十分に配慮しながら、それでもなおこの二つの楽器を対等な関係でアンサンブルを成立させるにはどうすればいいのか?
これこそが、45才まで書いては廃棄するを繰り返させた「困難」だったのではないでしょうか?
もっとも、これは私の愚見の域を出ませんから、あまりあちこちでいいふらさないように・・・(^^;
しかし、ブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴くと、この二つの楽器が実に美しい調和を保っていることに感心させられます。
ベートーベンでは、時にはピアノがヴァイオリンを圧倒してしまっているように聞こえる部分もあるのですが、ブラームスではその様な場面は皆無と言っていいほどに、両者は美しい関係を保っています。そして、その様な絶妙のバランスを保ちながら、聞こえてくる音楽からはしみじみとした深い感情がにじみ出してきます。
これはある意味では一つの奇跡と言っていいほどの作品群です。
ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調op.78「雨の歌」
ブラームスが夏の避暑地として愛していたベルチャッハで1848年から49年にかけて作曲されました。副題の「雨の歌」というのは、第3楽章の冒頭の旋律が歌曲「雨の歌」から引用されているためにつけられたものです。
しかし、その様な単なる引用にとどまらず、作品全体を雨の日の物思いにふけるしみじみとした感情のようなものが支配しています。特に第2楽章はその様な深い感情がしみじみと歌われる楽章であり、一度聴けば忘れることのできない音楽です。
ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調op.100
ベルチャッハに次いでブラームスが避暑地として選んだのがスイスのトゥーンでした。ヴァイオリン・ソナタの2番と3番はともにこのトゥーンで作曲されました。
トゥーンは私も一度訪れたことがあるのですが、湖の畔に広がる小さな町で、天気がよいと遠くにアルプスの山が見渡すことができる実に気持ちのいいところです。ブラームスの評論家として有名なガイリンガーはその事をとらえて、トゥーンの町がベルチャッハよりも雄大なように、第2番ソナタもアルプス風の威厳に富んで力強くて逞しい、等と述べているそうです。
「ほんまかいな?」という感じですが、しかし、この作品に取り組んだ頃のブラームスは人生の絶頂にあったことは間違いないようです。
3曲あるブラームスのヴァイオリン・ソナタのなかでは最もよく歌う作品であり、音楽は明るくのびのびしています。
音楽家としての成功を勝ち取り、多くの友人に囲まれて充実した作曲活動を展開していた時期であり、その様な幸福な生活をこの作品が反映ししていることは間違いありません。
ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調op.108
このソナタは第2番ソナタと2年しか隔たっていないのに作品の雰囲気が大きく異なります。
第2番のソナタではあれほどまでも幸福感につつまれていたのが、この第3番のソナタでは晩年のブラームスに特徴的な渋くて重厚な雰囲気が支配しています。
この変化をもたらしたものは親しい友人たちの「死」でした。トゥーンにおける幸福な生活はわずか一年しか続かす、その後は彼の回りで親しい友が次々と亡くなっていきました。この事はブラームスに大きな衝撃を与えることになり、彼の作品は短調のものが多くなって、避けられぬ人の宿命に対する諦観のようなものがどの作品にも流れるようになっていきます。
この第3番のソナタでも、第2楽章のG線だけで歌われる冒頭のメロディからはその様な傾向をはっきりと聞き取ることができます。
多彩な音色のパレットを持っている自分への自信の表れ
ハイメ・ラレードとの一風変わった出会いについては、彼のデビュー盤だった「Presenting Jaime Laredo」を紹介したときに詳しく述べました。
そして、このブラームスとバッハをカップリングしたアルバムが、それに続く2枚目の録音かと思われます。しかし、わずか18歳の若者が、デビュー盤のあとの2枚目としてこの組み合わせを選ぶとはいささか驚かされます。
- ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調Op.108
- J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
作品が求める音色にしても、音楽そのもののスタイルとしても全く性質の異なる2曲を選んでカップリングするとは、なかなかの自信の表れかと思います。
ブラームスの最後のヴァイオリン・ソナタは、彼の回りで親しい友が次々と亡くなっていく中で作曲された音楽であり、そこには避けられぬ人の宿命に対する諦観のようなものが色濃く流れています。
それに対して、バッハの音楽はそう言う人間的感情からは超越した地点で成立するものであり、そこには対位法の音楽家であったバッハの本質が如実に表れています。
彼のデビュー盤でも感じたのですが、このハイメ・ラレードというヴァイオリニストは音色という点では実に豊かな色彩が盛られたパレットを持っています。ですから、ブラームスではいささか翳りを帯びた音色を使えますし、バッハではラインのクッキリした硬質な響きで全体を造形しています。
とりわけ、ブラームスのソナタでは冒頭の2楽章で醸し出される渋さと哀愁の表現はとても18歳の手になるものとは思われません。いささか、表情の付け方が大袈裟に過ぎると思う部分もあるのですが、それもまた愛嬌でしょう。
それに対して、バッハになると硬質でラインの明確な響きで、まるでバッハの音楽を彫刻刀を使って掘りだしていくような雰囲気が漂います。
おそらく、こういう思いきった弾きわけというのは若さゆえの勢いが為せる技なのかもしれませんが、それでも多彩な音色のパレットを持っている自分への自信の表れみたいなものは強く感じられる演奏です。
よせられたコメント
2020-05-17:Sammy
- 「老ブラームスの渋く深い音楽」でなくてはならない、という呪縛ではなく、みずみずしい感性で作品をのびやかにとらえなおすことで、この作品の持つ核となる部分が若々しい新鮮な響きで広がっていく。
ユングさんご指摘のラレードのヴァイオリンだけでなく、ソコロフのピアノも透明感と活発さがあってその自然で丁寧な掛け合いもさわやかさを感じさせます。
老成した人の音楽を老成した人が演奏する。それはそれの素晴らしい世界があると思います。ただ、この演奏は、本当の傑作に対しては、時に全く別の仕方があることを感じさせてくれます。
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