山田耕筰:からたちの花・のばら・忍路高島
(Cello)エマヌエル・フォイアマン:(P)フリッツ・キッツィンガー 1934年録音
山田耕筰:からたちの花
山田耕筰;のばら
山田耕筰:忍路高島
日本の歌曲
滝 廉太郎の「荒城の月」と山田耕筰の「からたちの花」に関しては今さらなんの説明も必要はないでしょう。
「荒城の月」は山田耕筰がヴァイオリン用に編曲をしたものを再度チョロ用にアレンジしたものなので、原曲をもとにしたかなり自由な編曲になっています。
「からたちの花」も同様で、山田耕筰自身が自作の歌曲をヴァイオリン用に編曲をしたものを再度チョロ用にアレンジしたようです。
さて、残りの2曲に関しては少しばかり説明をしておいた方がいいでしょう。
「のばら」は「赤とんぼ」で有名な三木露風による作詞です。
露風は「耽美的享楽的な退廃生活の根底に潜む深刻な孤独と憂愁の思い」から逃れるべく北海道のトラピスト修道院を度々訪ね、その二度目の訪問の時に修道院に向かう海岸沿いの険しい小道の端に咲く赤い野ばらに出会います。
そして、その赤い花はハマナスだと教えてもらったということです。ちなみに、三木露風は露風は1916年から1924年のあいだ、このトラピスト修道院で文学講師を務めるのですが、そこで洗礼を受けて自らもカトリック教徒となっています。露風はからは、人に見られることもないのに荒れた野に色美しく咲く花の姿(「人こそ知らね あふれさく いろもうるはし 野のうばら」)の神の心を見たのかもしれません。
野ばら 野ばら
蝦夷地の野ばら
人こそ知らねあふれさく
いろもうるはし
野のうばら
蝦夷地の野ばら
野ばら野ばら
かしこき野ばら
神の御旨をあやまたぬ
曠野(あらの)の花に
知る教(おしえ)
かしこき野ばら
そして、その時の感動を絵葉書で山田耕筰に伝えたところ、その詩に彼が作曲してこの「のばら」が生まれました。なお山田はこの歌曲を後にヴァイオリンのための作品として編曲しているそうなので、これもまたそれをもとにチョロの曲として再アレンジしたものでしょう。
続く「忍路高島」は「おしょろたかしま」と読むようで、積丹半島の小樽の近くにある、かつてニシンの漁場として有名だったところだそうです。
忍路高島 及びもないが
せめて歌棄 磯谷 まで
忍路高島に働きに行く男たちを追って行きたくても、当時の女の人は忍路高島への渡航が禁じられていました。そんな女達が愛する人のために、せめてその途中の歌棄(うたすつ)や磯谷(いそあ)までは見送って行きたいという切々たる思いを歌ったものです。
日本の民謡には賑やかな「八木節」のスタイルと情感と哀愁にあふれた「追分節」のスタイルがあるのですが、これは言うまでもなく典型的な「追分節」のスタイルで作曲されています。
昨今のつまらぬ恋歌などは足元にも及ばないほどの深い情感にあふれた音楽です。
日本的な情緒のようなものを見事なまで表現している
エマヌエル・フォイアマンの名前は、どうしてもハイフェッツとルービンシュタインとのコンビによる「100万ドルトリオ」のメンバーとして思い出されることが多いようです。ですから、何となくアメリカ出身のチェリストかと思っていたのですが、調べてみると1902年に、未だオーストリア=ハンガリー帝国の領地だったコロミヤ(現在はウクライナにある町のようです)に生まれた人でした。
何十年もクラシック音楽を聞いているのに、今頃になってそんな事に気づくとはお恥ずかしい限りです。さらに、彼が1942年に突然の出来事として亡くなってしまったことはよく知っていたのですが、その原因が痔の手術が失敗し、その合併症で腹膜炎を併発したことが突然の死の原因であったと言うことも、今回彼のことを調べていく中で知って、さらに驚いてしまいました。
そして、もう一つ驚いたのは、彼が日本とは深い関係を持っていたと言うことです。
それは、フフォイアマンは若くしてベルリン高等音楽院の教授となるのですが、その時に齋藤秀雄はフォイアマンからバッハの楽曲を学んでいるのです。そして、その教え方は自らの奏法を押しつけるのではなく、どのように演奏すべきかをフォイアマン自身も悩みながら弟子である齋藤秀雄にも考え抜くことを要求したのです。
これはとても重要なエピソードであり、彼が残したそれほどは多くない独奏曲を聴くと、それはただ端に楽譜をなぞったような演奏は一つもなく、ファイアマンでしか表現できないような音楽を常に求めていたことがよく分かるのです。
その事は、彼が1934年に初めての来日公演を行ったときに、日本コロンビアが録音を行った滝廉太郎や山田耕筰の作品の演奏にもよくあらわれています。
彼はそれらの作品をお座なりに西洋風の音楽として解釈するのではなく、その作品に潜んでいる日本的な情緒のようなものを見事なまで表現しているのです。
そう言えば、フルートのランパルも良く来日しては日本の音楽を録音していたのですが、このフォイアマンの演奏と較べるとはるかに西洋音楽の論理に従った音楽になっていることに気づきます。
なお、フォイアマンは1936年にももう一度来日して演奏会を行い、その時にもチャイコフスキーやメンデルスゾーン、シューマン、ショパンなどの小品集を録音しています。それらもまた、フォイアマンらしく良く考え抜かれた演奏であり、彼以外のチェリストから絶対には聞くことのできない音楽に仕上がっています。
彼とともに100万ドルトリオを結成していたハイフェッツはフォイアマンのことを「100年に一度の才能」と称え、ルービンシュタインもまたカザルスと比較した上で「全世代を通じて最も偉大なチェリスト」と称えたのも、決して早くして亡くなったフォイアマンへの社交的儀礼ではないのです。
それにしても、フォイアマンの痔の手術を担当した医者は絶対に許せないですね。
それから、ついでながら、この録音は日本コロンビアにとっても総力を挙げた録音だったようで、非常に高いクオリティでフォイアマンのチェロの響きを捉えています。観賞に堪えるというようなレベルではなくて、音楽の感動をしっかりと伝えるレベルに達しています。
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