クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

(P)ガブリエル・タッキーノ:アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 1959年10月1日~3日





Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [1.Moderato]

Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [2.Adagio sostenuto]

Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [3.Allegro scherzando]


芸人ラフマニノフ

第3楽章で流れてくる不滅のメロディは映画「逢い引き」で使われたことによって万人に知られるようになり、そのために、現在のピアニストたちにとってなくてはならない飯の種となっています。
まあ、ラフマニノフ自身にとっても第1交響曲の歴史的大失敗によって陥ったどん底状態からすくい上げてくれたという意味で大きな意味を持っている作品です。(この第1交響曲の大失敗に関してはこちらでふれていますのでお暇なときにでもご覧下さい。)

さて、このあまりにも有名なコンチェルトに関してはすでに語り尽くされていますから、今さらそれにつけ加えるようなことは何もないのですが、一点だけつけ加えておきたいと思います。
それは、大失敗をこうむった第1交響曲と、その失敗から彼を立ち直らせたこのピアノコンチェルトとの比較です。

このピアノコンチェルトは重々しいピアノの和音で始められ、それに続いて弦楽器がユニゾンで主題を奏し始めます。おそらくつかみとしては最高なのではないでしょうか。ラフマニノフ自身はこの第1主題は第1主題としての性格に欠けていてただの導入部になっていると自戒していたそうですが、なかなかどうして、彼の数ある作品の中ではまとまりの良さではトップクラスであるように思います。

また、ラフマニノフはシンコペーションが大好きで、和声的にもずいぶん凝った進行を多用する音楽家でした。
第1交響曲ではその様な「本能」をなんの躊躇いもなくさらけ出していたのですが、ここでは随分と控えめに、常に聞き手を意識しての使用に留めているように聞こえます。
第2楽章の冒頭でもハ短調で始められた音楽が突然にホ長調に転調されるのですが、不思議な浮遊感を生み出す範囲で留められています。その後に続くピアノの導入部でもシンコペで三連音の分散和音が使われているのですが、えぐみはほとんど感じられません。
つまり、ここでは常に聞き手が意識されて作曲がなされているのです。
聞き手などは眼中になく自分のやりたいことをやりたいようにするのが「芸術家」だとすれば、常に聞き手を意識してうけないと話は始まらないと言うスタンスをとるのが「芸人」だと言っていいでしょう。そして、疑いもなく彼はここで「芸術家」から「芸人」に転向したのです。ただし、誤解のないように申し添えておきますが、芸人は決して芸術家に劣るものではありません。むしろ、自称「芸術家」ほど始末に悪い存在であることは戦後のクラシック音楽界を席巻した「前衛音楽」という愚かな営みを瞥見すれば誰でも理解できることです。
本当の芸術家というのはまずもってすぐれた「芸人」でなければなりません。
その意味では、ラフマニノフ自身はここで大きな転換点を迎えたと言えるのではないでしょうか。

ラフマニノフは音楽院でピアノの試験を抜群の成績で通過したそうですが、それでも周囲の人は彼がピアニストではなくて作曲家として大成するであろうと見ていたそうです。つまりは、彼は芸人ではなくて芸術家を目指していたからでしょう。ですから、この転換は大きな意味を持っていたと言えるでしょうし、20世紀を代表する偉大なコンサートピアニストとしてのラフマニノフの原点もここにこそあったのではないでしょうか。

そして、歴史は偉大な芸人の中からごく限られた人々を真の芸術家として選び出していきます。
問題は、この偉大な芸人ラフマニノフが、その後芸術家として選び出されていくのか?ということです。
これに関しては私は確たる回答を持ち得ていませんし、おそらく歴史も未だ審判の最中なのです。あなたは、いかが思われるでしょうか?


知的で明晰、かつ「ロシアの憂愁」にあふれたラフマニノフ


クリュイタンスによるラフマニノフの協奏曲って話題になったことがあるでしょうか。さらに、ガブリエル・タッキーノというピアニストに関してもほとんど名前を聞いたこともなかったので、恥ずかしながら「これ!」と言ったイメージを描くことが出来ませんでした。
ですから、この録音を聞くときの興味も「クリュタンスにしては珍しいレパートリーだな」程度のものだったのですが、聞いてみてびっくり、これは大当たりの素晴らしい演奏と録音でした。

まず、冒頭の音が出た瞬間に感じたのは「軽い!」でした。
だいたい、この出始めというのはピアノにしてもオケにしても出来る限り重々しく開始するものです。ところが、ガブリエル・タッキーノのピアノも、クリュイタンスが指揮するコンセルヴァトワールのオケも、実に肩の力の抜けた響きで開始するのです。
つまりは、ここには「ロシアの憂愁」等というものは全くないのです。ですから、この第2番の協奏曲にその様なものを求める人にとっては甚だ不向きな演奏だと言うことになるのです。

しかしながらこの演奏がいいと思うのは、そう言う「ロシアの憂愁」とは手を切りながらも、アメリカ風の都会的に洗練され漂白されたような演奏とも異なることです。
知的で明晰な演奏であることは言うまでもないのですが、「ロシアの憂愁」というものに含まれている余分な雑味のようなものが取り出されて、実にスタイリッシュな「憂愁」だけが蒸留されたような音楽に仕上がっているのです。

そして、そう言う方向性はソリストと指揮者がきちんと共有しているようで、ピアニストは分厚いオケの響きを突き抜けていくような苦労はほとんど背負っていないので、実に美しい響きで全曲を弾ききっています。調べてみると、ガブリエル・タッキーノというピアニストはプーランクの演奏で有名らしいのですが(わたしは未聴ですが・・・。)、なかなかどうして大したピアニストです。
また、録音の方も、そう言う知的にして明晰、さらには「スタイリッシュな憂愁」を描き出すのに十分な優秀さで貢献しています。おそらく、ステレオ録音初期のものとしてはかなりの優秀盤に数えられるのではないでしょうか。

また、クリュイタンスは、ほぼ同じ時期にコンセルヴァトワールのオケとの共演で「Musique Russe / Cluytens」というアルバムも録音しています。
これは、ボロディン(だったん人の踊り)やリムスキー=コルサコフ(ロシアの復活祭 序曲/熊蜂の飛行)の管弦楽曲を集めたものなのですが、それらにもこの協奏曲で用いた解釈が貫かれていて、重くもなく、漂白もされていない、そしてこういう言い方は実にいい加減で曖昧な表現であることは分かっているのですが、「フランス的な粋」にあふれた音楽に仕上がって言います。

さらに、感心したのは、クリュイタンスとコンセルヴァトワールのオケとのとの相性の良さです。
あのオケは実力がありながら、何故か手抜きが出来るならば手抜きをしようといつも考えている様なところがあって、指揮者にとっは実に困った存在なのですが、何故かクリュイタンスが指揮者の時には全力を出し切るのです。
ここでも、知的で明晰に音楽を造形しようというクリュイタンスの意志に全力で応えています。やろうと思えばこれほどのアンサンブルが実現できるのならば、いつも「頑張れよ!」と言いたくなってしまうほどの出来なのです。
実に不思議な話です。

そう言えば、クリュイタンスは「オケというのは練習させすぎてはいけない」みたい事を言ってたような記憶があります。

よせられたコメント

2020-01-01:豊島行男


2020-01-20:あらい


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