モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1962年1月8日録音
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [1.Allegro vivace]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [2.Andante cantabile]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [4.Finale (Molto allegro)]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
「作曲家」としての視点でもう一度作品を洗い直した演奏
レイボヴィッツがモーツァルトを振ればおそらくこうなるだろうな、と言う予測を裏切らない演奏です。そう言えば、これと同じ事をマルケヴィッチのモーツァルトについて触れたときにも同じような思いを抱いたことがありました。
確かに、この演奏はピリオド楽器などというものを使った演奏をすでに耳にしている今から振り返れば、それほど尖った感じがするわけではありません。もしかしたら、時代を先取りした斬新なアプローチという感想を持つ人もいるでしょう。しかし、音楽の根っこが古い時代にあったカザルスのモーツァルトは言うに及ばず、ベームのモーツァルトをこの時代の「平均値?^^;」と感じていた耳からすれば、これは「異形」以外の何ものでもなかったことでしょう。
そして、その事が、指揮者としては高い分析力を持ちながらも大衆的な人気を獲得できなかった要因となったのでしょう。
もっとも、彼自身は、自分のことを「指揮者」である前に「作曲家」であると考えていたでしょうから、特定のオーケストラにしっかりとしたポジションを獲得する意志はなかったのかもしれません。
また、録音に関しても、「作曲家」としての視点でもう一度作品を洗い直して、それを提示する機会と考えていた節もあります。彼が残したベートーベンの交響曲全集が、ベートーヴェン自身のオリジナルなメトロノーム記号に出来るだけ従おうとした最初の録音であったことなどはその典型と言えるでしょう。
ですから、この「ジュピター」も綺麗に洗い直され仕立て直されたような雰囲気です。
そして、それはそれで十分に魅力的なのですが、その様なアプローチでは取りこぼされてしまうものがあるのがモーツァルトという作曲家の厄介なところです。その厄介さについて、マルケヴィッチのモーツァルト録音について触れたときに少しばかり詳しく言及したことがあるのですが、それと全く同じ事がこの録音にもあてはまるような気がします。
興味のある方はリンク先を参照してください。
モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 K.504 「プラハ」 マルケヴィッチ指揮 ベルリンフィル 1954年2月22日~26日録音
どちらにしても、わたしは何か物足りなさを感じてしまうのですが、最終的な判断はそれぞれの聞き手にゆだねられるものでしょう。
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