モーツァルト:「魔笛」 K.620 「第2幕」
オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団&合唱団 (T)ニコライ・ゲッダ (S)グンドゥラ・ヤノヴィッツ (Bass)ワルター・ベリー (S)ルチア・ポップ他 1964年3月~4月録音
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.9:Marsch Der Priester]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.10:Oh Isis Und Osiris]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.11:Bewahret Euch Vor Weibertucken]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.12:Wie? Wie? Wie?]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.13:Alles Fuhlt Der Liebe Freuden]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.14:Der Holle Rache Kocht In Meinem Herzen]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.15:In Diesen Heil'Gen Hallen]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.16:Seid Uns Zum Zweiten Mal Wilkommen]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.17:Ach, Ich Fuhl's]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.18:Oh Isis Und Osiris]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.19:Soll Ich Dich, Teurer!]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.20:Ein Madchen Oder Weibchen]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:1.Bald Prangt, Den Morgen Zu Verkunden]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:2.Der, Welcher Wandelt Diese Strase Voll Beschwerden]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:3.Tamino Mein! O Welch Ein Gluck!]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:4.Papagena!]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:5.Pa-Pa-Gena! Pa-Pa-Geno!]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:6.Nur Stille]
Mozart:Die Zauberflote Act2, K.620 [No.21:7.Die Strahlen Der Sonne]
ドイツ語による、一切の建前や約束事などをかなぐり捨てた、真に人間的な愛の喜びが爆発したオペラ
よく知られている話ですが、最晩年のモーツァルトは貧窮のどん底にありました。そんなモーツァルトにイギリス行きの話が持ち上がります。
当時のイギリスは貴族の社会から市民の社会へと移行し、音楽は貴族の専有物というポジションから離脱して、大きなコンサート会場を満席にするにたる市民の聴衆を獲得していました。
しかし、イギリスは音楽の消費地としては先進国であっても生産地としてはお粗末な状態でした。コンサート会場を満員にする聴衆は獲得していても、そこで演奏するための作品にはいつも不足していました。そこで、興行主たちはウィーンで活躍する有名な作曲家たちを金の力でイギリスに呼び寄せようとしました。
有名なのはザロモンに招待されたハイドンです。
ハイドンは何度かのイギリス行きで、数多くのすぐれた作品を生み出すとともに、一切の煩わしさから解放されて老後を過ごすことが出来るだけの財産を手にすることが出来ました。
これと同じような話がモーツァルトにも持ち上がったのです。
しかし、貧窮にあえいでいたにもかかわらず、モーツァルトはこの申し出を断ってしまいます。オペラの共同作業者とも言うべきダ・ポンテですら新天地としてのイギリス行きを決め、そのパートナーとしてモーツァルトを誘ったにもかかわらず、彼はウィーンに残ることを決断します。
その最大の理由は、歌芝居一座の座長であったシカネーダーとの間で始まっていた、「ドイツ語によるオペラ」という試みがモーツァルトの心をとらえていたからです。
当時、オペラはイタリア語で歌われるものと決まっていて、ドイツ語のような「粗野」な言葉は音楽には向かないものとされていました。
それだけに、ドイツ語によるオペラを書くというのはモーツァルトにとっては長年の念願であり、その実現に向けたシカネーダーとの共同作業は「経済的魅力」にうち勝つほどの心躍る作業だったのです。
「魔笛」は今までのどのようなオペラとも違う、またいかなる形式にもとらわれない自由なスタイルを持ったオペラとして完成しました。そして、そこにはモーツァルトの今までのオペラ創作のあらゆるノウハウが詰め込まれていて、まさにモーツァルトのオペラの集大成とも言うべき作品となっています。
このオペラで最も魅力的なのはパパゲーノです。
彼は、今までのオペラには絶対に登場しないタイプの人間、というか、鳥人間です・・・^^;。
まずは出だしから「俺は鳥刺し!」などと歌いながら実に陽気に登場します。さらに、「大蛇をやっつけたのはおれ様だ!」などとうそを言っては口に錠前をかけられたりします。
このオペラの主役はタミーナという王子様なのですが、このタミーノが清く正しく、ひたすら真面目に頑張るので、そのパートナーとしてのパパゲーノのあまりにも人間的な振る舞いが魅力的に輝いてしまうのです。
最初は悪魔の親分だったのに、途中から正義の賢者になってしまうザラストロから試練を命じられると、タミーノはまなじりを決して「やります!」という雰囲気なのですが、「そんなのは真っ平御免!」と言ってしまうのがパパゲーノなのです。ところが、試練をやり遂げたら彼女を紹介してやると言われるとコロッと態度を豹変させてタミーノについていってしまいます。
でも、真面目にやる気は全くないので、「お前は神に仕える喜びを死ぬまで知ることはない」などと説教されるのですが、「この世は酒さえあれば天国だ!」などと言い返し、「彼女か女房がいればさらに言うことなし!」などと言ってのけます。
このオペラでは二つの愛が同時進行します。
一つは主人公のタミーナとパミーナの愛、もう一つはパパゲーノとパパゲーナの愛です。
タミーナとパミーナの愛がどこまでも清く正しく美しい愛だとするなら、パパゲーノとパパゲーナの愛はどこまでも人間的です。
タミーナとパミーナが手に手を取り合って試練を乗りこえていくのに対して、パパゲーノはパパゲーナにあえないことを苦にして首をくくるふりをします。もちろん、本気で死ぬ気などはなく誰か助けに来てくれるを期待しながらの「首吊り」です。
そんなあれこれの苦労の末に二つの愛は成就するのですが、タミーノとパミーナの愛はどこまでも真面目で慎ましいのに対して、パパゲーノとパパゲーナは真に人間的な喜びを爆発させます。
ようやくにめぐり会えた二人は喜びのあまりに言葉も出ないので、最初は「パ・パ・パ・・・」と呼び交わすだけですが、その「パ・パ・パ・・・」が高潮していくなかで愛の二重唱へと発展していく音楽は見事としか言いようがありません。
私はフィガロは「神が降臨する音楽」だと書きました。
その言い方をまねするなら、魔笛こそは「人間が躍動する音楽」だといえるかもしれません。
だとするならば、魔笛のクライマックスは疑いもなくこのパパゲーノとパパゲーナによる愛の二重唱です。
ここには一切の建前や約束事などをかなぐり捨てた、真に人間的な愛の喜びが爆発しています。そして、私はこれ以上に素晴らしい「愛の歌」を知りません。
パパゲーノこそは疑いもなくドイツの民衆そのものです。そして、モーツァルトがイギリス行きという経済的魅力をなげうってでも表現したかったのは、ドイツの民衆の中に生き続ける人間的な喜びだったのだと思います。
もちろん、「魔笛」はパパゲーノだけのオペラではありません。
最初にも述べたように、ここにはモーツァルトが今までのオペラ創作で培ってきたあらゆるノウハウが詰め込まれています。
そう言う素晴らしい歌に身も心もひたっているだけでも十分に至福の時を味わえるんですが、パパゲーノに寄りそって聞いてみると、また違う魅力に出会えるのではないでしょうか。
「魔笛」第2幕
- 第2幕 No.9:僧たちの行進
管弦楽による僧たちの行進で第2幕がはじまります。ザラストロと僧たちのやり取りの後に三つの和音が鳴り響きます。
- 第2幕 No.10:合唱つきアリア:おお、イシスならびにオシリスよ(ザラストロス、合唱)
ザラストロは合唱を伴って「ああ、イシスとオシリスよ。知恵のこころを、あの者たちに!」とアリアを歌い出します。これはドイツ・オペラの中でもバスによる屈指のアリアと言われています。
- 第2幕 No.11:二重唱:女性のたくらみに心すること(二人の僧)
試練に向かうタミーノとパパゲーノに対して、僧たちはまたして「女のこころに気をつけよ」と戒めの歌を歌います。ここにもフリーメイソンの女性観が色濃くにじみ出ています。
- 第2幕 No.12:五重唱:おや?おや?おや?(3人の侍女、パパゲーノ、タミーナ、合唱)
試練を受けるタミーノとパパゲーノの前に三人の侍女が登場して彼らの裏切りを詰ります。そのやり取りが次第に五重唱へと発展していき、お互いの対立を見事に描き出していきます。
やがて、僧の声と雷鳴が三人の侍女を追い払ってしまいます。
- 第2幕 No.13:アリア:誰だって知っているんだ、恋のよろこびは(モノスタトス)
場面は夜の庭園に変わり、眠っているパミーナの所にモノスタトスがやってきて彼女を抱こうとします。
- 第2幕 No.14:アリア:地獄の復讐の思いが私の心臓でたぎり立っている(夜の女王)
雷鳴とともに夜の女王が登場しモノスタトスを退けます。
そしてパミーナに短剣を渡してザラストロスを殺すことを命じ、「地獄の復讐の思いが私の心臓でたぎり立っている(夜の女王のアリア)」で女王は初めてその本性をさらけ出します。
- 第2幕 No.15:アリア:この神聖な殿堂の中では(ザラストロス)
ザラストロスを殺すことが出来ないと悩むパミーナにモノスタトスが再び言い寄るのですが、ザラストロスに見つけられて追放されてしまいます。
そして、ザラストロスはフリーメイソンの賛歌とも言うべき「この神聖な殿堂の中では」を歌います。
- 第2幕 No.16:三重唱:私らは再びあなた方を(3人の少年)
タミーナとパパゲーノが登場し、試練なんてと愚痴をこぼすパパゲーノの前に三人の少年が現れて、笛とグロッケンシュピーゲル、そして食料を渡して彼らを励まします。
- 第2幕 No.17:アリア:ああ、わたしにも感じる、愛のしあわせが(パミーナ)
そこへパミーナが現れるのですが、沈黙の試練を受けているタミーノは彼女に対して何も語る事が出来ず、その姿に絶望したパミーナは「ああ、わたしにも感じる、愛のしあわせが」と沈痛な心の中を歌い上げます。
- 第2幕 No.18:合唱:おおイシスとオシリスよ(合唱)
場面は変わって、神をたたえる僧たちの合唱が歌われます。
- 第2幕 No.19:三重唱:いとしいお方、もうこれきりお目にかかれませんの? (パミーナ、ザラストロス、タミーノ)
タミーノが試練に向かう前にザラストロスはパミーナを呼び出し、タミーナに別れを告げさせます。三人のそれぞれの思いが三重唱という形で劇的に歌われます。
- 第2幕 No.20:ひとり娘か、女房が、パパゲーノ用に欲しいもの(パパゲーノ)
パパゲーノの方は試練などには全く興味がないので、「ひとり娘か、女房が、パパゲーノ用に欲しいもの」と脳天気に歌い上げます。
このような何でもない戯れのような歌が次第に天上的な美しさに昇華していくのがモーツァルトの恐ろしいところです。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:まもなく暁の到来を告げて(3人の少年、パミーナ)
三人の少年が暁の到来を告げるとパミーナは悲嘆に沈み、短剣に語りかける自殺の歌がそこに加わっていきます。そして、そんなパミーナの悲嘆を慰めるために、三人の少年はパミーナをタミーノのもとに連れて行くことを約束するのです。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:苦難を耐えてこの道を行く者は(二人の戦士、タミーノ、パミーナ)
場面が山の中に変わり、二人の戦士が試練の厳かな雰囲気を盛りあげるようにコラール風の歌を歌います。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:わたしのタミーノ(パミーナ、タミーノ、二人の戦士、合唱)
やがて、タミーノの声にパミーナが応え、そこに二人を祝福する戦士の歌が加わって三重唱に発展していきます。そして、タミーノとパミーナの二人は手に手を取って試練の場に向かいます。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:パパゲーナ!パパゲーナ!(パパゲーノ、少年たち)
場面は変わってパパゲーナを探しに来たパパゲーノは、なかなか彼女を見つけることが出来ないので首を吊って自殺しようとします。
もちろん、それは本気ではなくて、客席とのやり取りも含めてパパゲーノのエンターテナーとしての腕の見せ所とも言うべき場面なのです。
そして、三人の少年が自殺を引き留め、そのアドバイスに従ってグロッケンシュピーゲルを鳴らすとパパゲーナが登場するのです。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:パーパーパーパー(パパゲーノ、パパゲーナ)
まさにこのオペラにおける一つの頂点とも言うべきパパゲーノとパパゲーナの二重唱の場面です。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:さあ、静かに!静かに!静かに!(合唱、モノスタトス、夜の女王、3人の侍女、ザラストロス)
パパゲーノとパパゲーナが去ると、モノスタトスに導かれた夜の女王と三人の侍女が登場します。しかし彼らも雷鳴と閃光によって退けられてしまいます。
- 第2幕 No.21:フィナーレ:太陽の光が夜を追い払った(ザラストロス、合唱)
ザラストロスの神殿の場面となり、僧やタミーノ、パミーナも加わって賛歌を合唱して幕は下ろされます。
怒りをパワーにした歴史的名演だったのでしょうか。
さて、この録音に関して今さら何かを付け加える必要があるのかという気にはなります。
ただし、そうは思っても、やはり「オペラ」などと言うものはこの国ではなかなか馴染みがないのであって、その馴染みのなさというのが何処か「歌舞伎」の世界と似た敷居の高さを感じさせるものともつながっているのです。
つまりは、迂闊にあれこれ言おうものならば、哀れみを込めて「先代をご存知でしたらね」と言われてしまう、あれです。(^^;
ですから、「先代をご存知」の方々には何も付け加える必要がないどころか、いらぬあれこれは目障りでしかないとは思うのですが、それでも少なくない方々はそうはいかないのですから、お目汚しを承知の上で幾つかの点についてはふれておきたいと思います。
まず、このクレンペラー盤の特徴は全ての台詞がカットされていることです。
「魔笛」は「ジングシュピール(歌芝居)」に分類されるものですから、台詞のやり取りの間に音楽が差し挟まれるというのが本来のスタイルです。ところが、クレンペラーは視覚を伴わないレコードでは台詞のやり取りは意味がないと言うことで、それを全てバッサリとカットしてしまったのです。
この事の是非にかんしてはいろいろと意見はあるでしょうが、結果として最初から最後まで音楽が切れ目なく続くことによって非常に凝縮力の高い演奏になっていることは事実です。
次に指摘しておかなければいけないのは、通常の舞台公演では絶対に不可能な配役が実現していることです。
- (T)ニコライ・ゲッダ[タミーノ]
- (S)グンドゥラ・ヤノヴィッツ[パミーナ]
- (Bass)ワルター・ベリー[パパゲーノ]
- (S)ルチア・ポップ[夜の女王]
- (Bass)ゴットローブ・フリック[ザラストロ]
- (Bass)フランツ・クラス[弁舎/第2の僧]
- (S)エリザベート・シュワルツコップ[第1の侍女]
- (Ms)クリスタ・ルードヴィッヒ[第2の侍女]
- (A)マルガ・ヘフゲン[第3の侍女]
- (S)ルート・マルグレート・ピュッツ[パパゲーナ]
- (Br)ゲルハルト・ウンガー[モノスタト]
- (T)カルル・リーブル(Bass)フランツ・クラス[二人の戦士]
- (S)アグネス・ギーベル[第1の少年
- (S)アンナ・レイノルズ[第2の少年
- (Ms)ジェセフィン・ヴィージー[第3の少年]
「モーツァルトに端役なし」という言葉があるそうです。
しかしながら、三人の侍女に「エリザベート・シュワルツコップ」「クリスタ・ルードヴィッヒ」」「マルガ・ヘフゲン」というのは尋常ではありません。呆れるのを通りこして笑ってしまいます。
もしも、実際の舞台で大蛇に追われるタミーナを助けるためにこの3人が侍女として登場すればどのような騒ぎになるでしょうか。想像するだけで楽しくなります。
そして、その期待に違うことなく、オペラの冒頭から凄い三重唱が実現しているのです。
そして、三人の侍女でさえこの配役なのですから、それ以外の主たるメンバーに関しては何の不満もありません。
とりわけ、パパゲーノ役のワルター・ベリーこそはウィーンの名物バリトンと言われたエーリヒ・クンツの後継者とも言うべき存在でした。
それに対して、タミーノを歌ったニコライ・ゲッダの方はその様なウィーン情緒とは無縁な歌い回しなので、その対比も面白いのかもしれません。
ただ、一つ意見が分かれるとすれば、夜の女王を歌ったルチア・ポップかもしれません。全くダークな雰囲気のない若々しくも美しい歌声で、それだけならば何の不満もないのですが、何となく娘のパミーナとの区別がつきにくいのです。
そのあたりがグルヴェローヴァなどと較べられると少し物足りないかなとは思ってしまいます。
とは言え、ほとんどの歌手が何らかの問題を引き起こしてしまう難しいアリアを、ポップは全く問題もなく歌いきったと言うことですから、素直にこの歌声を楽しんだ方がいいのでしょうね。
そして、最後にクレンペラーです。
おそらく、ここには男クレンペラーの意地が爆発しています。
何故ならば、この録音の直前にレッグがEMIを去ることと、それに伴ってフィルハーモニア管を解散することを通告してきたからです。もちろん、レッグがEMIを去ることには何の問題もなかったのですが、そのことによってフィルハーモニア管を解散するという件についてはクレンペラーを激怒二人の間では怒りに満ちた電文のやり取りがかわされ、ついにはクレンペラーはプロデューサーをレッグからピーター・アンドリーに変更するだけでなく、レッグには録音現場には一歩たりとも足を踏み入れさせないこと要求したのです。
そして、この怒りに満ちた(いつも怒っているような男だったのですが)クレンペラーが尋常ならざる集中力を発揮して、この上もなく素晴らしい「魔笛」を仕上げてしまったのです。
そして、この「魔笛」の大成功が結果としてEMIにおけるレッグのキャリアにピリオドを打つことになってしまったのです。
まさに、怒りこそはあらゆるパワーの源泉なのかもしれません。
よせられたコメント
2019-02-12:ジェネシス
- 時系列を考慮するとW.レッグは既に失脚同然だったんですね。わたしはてっきり戦勝国の威をかさに集めたキャストかと思っていました。それでも、この侍女3人は凄い、プロデューサーとパパゲーノが御主人だったとしても。こんなメンツに「私が」「私が」と迫られたら萎縮してしまうんじゃないですか?特にシュワルツコップは御妃であっても侍女では有り得ないと思います。
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