R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」 作品35
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年9月録音
Rimsky-Korsakov:Scheherazade, Op.35 [1.The Sea and Sinbad's Ship]
Rimsky-Korsakov:Scheherazade, Op.35 [2.The Legend of the Kalendar Prince]
Rimsky-Korsakov:Scheherazade, Op.35 [3.The Young Prince and The Young Princess ]
Rimsky-Korsakov:Scheherazade, Op.35 [4.Festival at Baghdad. The Sea. Ship Breaks against a Cliff Surmounted by a Bronze Horseman]
管弦楽法の一つの頂点を示す作品です。
1887年からその翌年にかけて、R.コルサコフは幾つかの優れた管弦楽曲を生み出していますが、その中でももっとも有名なのがこの「シェエラザード」です。彼はこの後、ワーグナーの強い影響を受けて基本的にはオペラ作曲家として生涯を終えますから、ワーグナーの影響を受ける前の頂点を示すこれらの作品はある意味ではとても貴重です。
実際、作曲者自身も「ワーグナーの影響を受けることなく、通常のオーケストラ編成で輝かしい響きを獲得した」作品だと自賛しています。
実際、打楽器に関しては大太鼓、小太鼓、シンバル、タンバリン、タムタム等とたくさんでてきますが、ワーグナーの影響を受けて彼が用いはじめる強大な編成とは一線を画するものとなっています。
また、楽曲構成についても当初は
「サルタンは女性はすべて不誠実で不貞であると信じ、結婚した王妃 を初夜のあとで殺すことを誓っていた。しかし、シェエラザードは夜毎興味深い話をサルタンに聞かせ、そのた めサルタンは彼女の首をはねることを一夜また一夜とのばした。 彼女は千一夜にわたって生き長らえついにサルタンにその残酷な誓いをすてさせたの である。」
との解説をスコアに付けて、それぞれの楽章にも分かりやすい標題をつけていました。
しかし、後にはこの作品を交響的作品として聞いてもらうことを望むようになり、当初つけられていた標題も破棄されました。
今も各楽章には標題がつけられていることが一般的ですが、そう言う経過からも分かるように、それらの標題やそれに付属する解説は作曲者自身が付けたものではありません。
そんなわけで、とにかく原典尊重の時代ですから、こういうあやしげな(?)標題も原作者の意志にそって破棄されるのかと思いきや、私が知る限りでは全てのCDにこの標題がつけられています。それはポリシーの不徹底と言うよりは、やはり標題音楽の分かりやすさが優先されると言うことなのでしょう。
抽象的な絶対音楽として聞いても十分に面白い作品だと思いますが、アラビアン・ナイトの物語として聞けばさらに面白さ倍増です。
まあその辺は聞き手の自由で、あまりうるさいことは言わずに聞きたいように聞けばよい、と言うことなのでしょう。そんなわけで、参考のためにあやしげな標題(?)も付けておきました。参考にしたい方は参考にして下さい。
第1楽章 「海とシンドバットの冒険」
第2楽章 「カランダール王子の物語」
第3楽章 「若き王子と王女」
第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲」
「古さ」を懐かしむだけでなく、尊ぶべきものが何なのかを考えてみるべきかもしれない
マタチッチというのもほとんど取り上げてこなかった指揮者でした。
ただし、そうなってしまうには理由があって、日本ではN響との結びつきもあって「ブルックナー指揮者」として高く評価されていたのに対して、ヨーロッパではほとんど無視されていたために、録音の数が非常に少なかったからです。
調べてみると、50年代を中心にEMIなどでそれなりの録音は行っています。
しかしながら、それらの録音はほとんど顧みられることはなく、アナログからデジタルへの移行期においてもCD化されることはなかったようです。そして、それらの録音が少しずつ陽の目を見るようになったのは、それらがパブリック・ドメインになったおかげでした。
常々言っていることですが、著作権を保護することは重要なのですが、その保護期間をいたずらに延長することは音楽文化にとって必ずしもプラスにならないときもあると言うことです。今回の「TPP11」発効に伴う保護期間の延長もその様な弊害をもたらすことにならないように願うばかりです。
さて、今回マタチッチの「シェエラザード」を聴いてみて、「なるほどね」と思うことが幾つかありました。
その第一は、日本では「偉大なブルックナー指揮者」と思われているのに、50年代のマタチッチが引き受けていた役割は「ロシア音楽」の指揮者だったと言うことです。
これはどう考えても扱いが低いです。
どのレーベルにしてもカタログの本線はベートーベンなどの独襖系の音楽であって、それ故に、そう言う作品にこそ人気と実力のある指揮者を投入します。EMIであれば、それはカラヤンであり、クレンペラーだったわけです。
それにたいして、チャイコフスキーやリムスキー=コルサオフ、グラズノフやバラキレフなどの作品をあてがわれるマタチッチという指揮者の比重はそれほど大きくはないのです。
そして、そう言うライン上でも次第にお呼びがかからなくなった背景には彼の曖昧な指揮があったのではないかというのが第二の「なるほどね」なのです。
50年代後半のフィルハーモニア管と言えば、この時代のオーケストラとしては疑いもなくトップクラスの機能を誇っていました。にもかかわらず、ここから聞こえる「シェエラザード」は陰影豊かで濃厚な味わいを持ってはいるものの、全体的な雰囲気は何処かモッサリとした印象が拭いきれないのです。
逆に言えば、フィルハーモニア管ほどの高い機能を持ったオーケストラからこれほど田舎びた風情を引き出すというのは凄いのです。そして、そうなってしまう背景にはマタチッチの指揮の曖昧さがあるように思われるのです。
しかし時代はそう言う音楽を求めてはいませんでした。フィルハーモニア管にしてもEMIにしても、それは満足のいくものではなかったはずです。
やがて、時代はマタチッチを置き去りにしていき、何処のオーケストラからもお呼びがかからなくなっていきます。
真偽のほどはさだかではありませんが、全く指揮をする場が与えられないために、「ただでもいいから振らせてくれ」と頭を下げて頼みまわっていたという話も伝えられています。そして、これもまた真偽のほどは定かではありませんが、N響の事務局はそんなマタチッチの「ただでもいいから振らせてくれ」という願い(?)にこたえて、伝説となった84年の来日時には犯罪的とも言えるほどの低いギャラで招いたという噂も流布しています。
しかし、中島みゆきではないですが時代はめぐります。
私たちは、管弦楽法の大家たるリムスキー=コルサコフの絢爛豪華な響きを、この上もない精緻さで描き出した演奏と録音をすでに数多く持つようになりました。そして、それは「シェエラザード」だけに限った話ではないのですが、そう言う精緻な演奏を聞き続けている時に、ふとこのような田舎びた音楽に出会うと、そこに不思議なほどの好ましさを覚えてしまうのです。
おそらく、こういう田舎びた音楽ばかりを聞いていたときに、ショルティやマゼールのような棒で精緻きわまる音楽を聞かされたときには「好ましさ」どころではない大きな「驚きと喜び」を感じたはずです。
時代の大きな流れのなかで、その流れとは異質なものと出会うことは、それを受容するにしろ拒否するにしろ、人の心を大きく動かします。
ただし、その異質なものはこの両者においてはベクトルが真逆です。
ショルティやマゼールのベクトルが「前向き」であるのに対して、マタチッチのベクトルは明らかに「後ろ向き」です。そして、「後ろ向きのベクトル」は「後ろ向き」であるがゆえに何か新しい潮流を生み出すことはありません。
ですから、それは年寄りの「懐古趣味」で終わるだけなのかも知れません。
しかし、この世の中には「懐古」という言葉以外に「尚古」という言葉もあります。「懐古」と「尚古」は似ていながら全く違う概念です。
今という時代にあって、こういう演奏を懐かしむだけでなく、尊ぶべきものが何なのかを考えてみることは意味なきことではないのかも知れません。
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